気色悪い独占欲だぜ 05


 ここだ、と言われミザリに招かれたのは荒野。遠巻きにはクラウド・ノースの管理地区の壁と高層ビルが垣間見れるが夕暮れのシルエットと混同してその境界が定かではない。


 ニュータウン計画途中に開発を見捨てられた小さな公園と言わんばかりに鉄柵と資材が積まれた一帯に足を踏み入れたクガツとサラクに、ミザリは第1・2指を立てて合図した。


 次の瞬間には配管が張り巡らされた壁と、鉄網の足場が続く通路へと景色を変えていた。蒸気が噴出し、すさまじい熱気だ。目まぐるしく動くタンクトップの従業員らしき人物らも首にかけたタオルをビシャビシャにしている。


 「迷うだろうから着いてきて」


 知らない間に2人の付近に姿に現したミザリが招くように宙を仰ぐ。


 「何作ってるんだろ?」


 せわしなく動く人と物。それを尻目にサラクが言った。


 「ファイルの冷却だよ」

 「冷却……」


 ミザリは少しだけ考え込むように顎に指を添えて沈黙する。言葉を整理しているようだ。


 「10ページの本に20ページ分の情報を記入する技術が見つかってね。ウチらFPアーカイブスはその技術の独占をしてるわけ。そうだな……砂糖水。流れの滞った砂糖水が腐りやすいように、情報媒体を適度に転がす必要性が浮かび上がってきてね。こうやってせわしなく本の奴隷になってるってワケさ」

 「人が技術を使うのではなく、技術に人が使われているのか、なんなのか」


 人の波と配管を潜り抜けて音連れたのは鉄と油臭い景色とは打って変わってブティックのようにシックで黒を基調とした空間だった。

 余白のある物の配置と来客用の椅子。ローテーブルの上には見慣れない茶菓子があった。


 「黄仙のオジキ、来客です」


 ミザリがそういうと、まるで視覚の盲点から突如現れたかのようにして直毛の男が現れた。

 スーツ姿をしたブロンド髪の直毛の男は、見たところ壮年。落ち着いた佇まいをしているが隙が見当たらない。

 息を一つ飲んでから、クガツは切り出した。


 「久住クガツと言います。FPアーカイブス・クラウドノース南支部の黄仙さん、3~4年前にこの辺りで起動兵装の民間開発かされたかどうかの情報を教えてもらいたい」


 クガツがそう言うと、黄仙と呼ばれる男は黙ったまま顎に指を添えいくつか頷くと長い指をした手でソファの方へと指す。


 「コーヒーで良いですか?」

 「え、ええ。ありがとうござます」

 「ミザリ……」

 

 ハイ! と不意を突かれ上ずった返事をしたミザリが部屋の奥へとそそくさと向かい、コーヒーを淹れ始めた。


 「申し遅れました、黄仙と呼ばれています。偽名で申し訳ありません。要件の再確認させてもらってよろしいか?」


 物腰の低い声色だ。この手の営業マン染みた態度は、クガツの知り合ってきた人間にはあまりいない。内心苦手かもな、と言葉を飲んでから今回クラウドノースへと訪れた旨を伝えた。


 3年前のジョウトウグループVS西櫻会の抗争と、その中に実践投入された起動兵装ホワイトフロント部隊。そして、そのホワイトフロントの中に廃棄されたナンバーの物が紛れ込んでいたこと。


 「0504のホワイトフロント。これがどこで整備されたものかを知りたい」

 「なるほど……」


 黄仙は指を絡み合わせて沈黙する。


 「申し訳ないが、我々にも守秘義務というものがある」

 「タダでは情報を提供できない……と?」

 「協力したいことは山々ですが、我々を利用してくださる方々との信用問題というものがあり、協力できない事柄もあると言えばあるんですよ」

 「……難しい問題ですね。相談ありがとうございました」


 苦い表情をしながらも納得しようとしてクガツを小さく数回頷いた。

 出るぞ、と横に座るサラクに目配せをした時、黄仙は口を開いた。


 「ですが……我々のプロジェクトに助っ人という形で協力し、そこでたまたま情報を知りえてしまった。そういった形式ですと、我々は”君たちが何を見たのか”を知りえなかったと言えるかもしれませんね」

 「……どういうことです?」


 黄仙は提案した。


 「この部屋に来る前にも、せわしなく働く従業員たちを目の当たりにしたでしょう。実はここ、即興でくみ上げた仮拠点みたいなものなんですよ。クラウドノース南支部の本丸をここから数十キロ離れた場所にありました」

 「ありま……した?」

 「ええ」


 黄仙は絡めた指を解き、クガツとサラクの方へと視線を移して語りだす。


 「クラウドノース南支部の本丸の業務は、原生生物の変異体バリアントの群れの出現により運営継続が困難になってしまいました。一部の重要データだけを持ってこの仮拠点への移動を行い現在となります。何度か本部へとデータの回収を向かわせていたものの変異体バリアントの狂暴性も日に日に増していましてね。取り扱っている情報も情報で中央管理セントラルにも依頼できない状況です。口の堅い腕利さんの手を借りたい状況でしてね」

 「……信用問題ともいうが、結局はタダじゃムリって話じゃないですか」

 「大人は汚いんですよ」


 ミザリが湯気を立てるティーカップを3つ用意し、ローテブルへと並べた。

 黄仙はそれを啜るとわずかに顔をしかめた後に朗らかな表情へと変えて続ける。


 「私たちは、メディアにもある程度かかわりがありましてね。以前みられたジョウトウのリゾート地区の特撮映画めいた怪獣バトル。うら若き青少年の身柄を庇いながらアレを報道したのも、FPアーカイブスらでしてね」

 「既に前金を支払っていたってワケかよ。通りで。これじゃ断れないな」


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