気色悪い独占欲だぜ 03
クガツはジョウトウグループのコンテナ管理区画の一角に部屋を借りている。船の格納庫でもあるそこはやや天井が高い。普段は空調の効くプレハブの中で衣食住を済ましているが、今日はカラっとした日の夕方。電気コンロをガレージに出し、折りたたみ椅子を2つ広げて鍋を囲む形にとった。
「何から入れるよ? アタシサバ缶のカレー煮がいいな!」
「おでん」
「おっしゃ! まずはトマトとチーズ煮込み行くぜ!」
「……で、オメェの願いってのは何だよ」
コンソメと牛乳を鍋に注ぎながら塩コショウを振る藍河サラクに、クガツは問う。
「ハイパーブレインを使用しなきゃ出て来ない答えらしいけどさ、実際どんなもんなの」
「不眠」
「は?」
ごくありふれた、平凡な単語だった。
「だから、不眠」
「……心療内科にいけよ」
「そうじゃなくて聞いて」
サラクは鶏胸肉を鍋にブチ込み、その後に箸でクガツを指す。
「何度も同じ夢を見るの」
「は、はあ」
「白っぽい空間。でもちょっと赤みがかった、アイボリー色? その空間にふわふわ浮きながら……目の前には壁があるの。その壁も、ただの壁じゃない。白鳥の翼でできたような、白い翼の壁」
「壁」
クガツは反芻する。
「その翼と翼の間から、眼が覗くの。複数バラバラに。気味の悪いその眼がアタシを捉えてるわけ」
「……」
「敵意も無い。でも、好意もない。値踏みするってか、なんてか”監視”してるみたいな」
「……それが不眠の原因と」
「そう。不定期だけど、そこそこの頻度でまぶたの裏に出てくる。その翼の壁が怖い」
「怖いんだ」
挑発するようにクガツは言った。
「ええ」
サラクは冷ややかに流した声色でそう言って食材に箸を伸ばす。鍋に野菜をつぎ込み、コンロに火を灯す。
「奇妙な悪夢だけど、それが不眠の原因にはならんでしょ」
「いーや、一回みてみろ。なるから。何度もだよ? それも」
「いやでもオレは見れねえし。けど、貯金全部切り崩すほどの大金叩くリスク背負ってまでどうこうする内容じゃないでしょマジで」
「アタシにとっちゃそれがリアルなんだもん」
「……例えば、強い睡眠薬を試すとか。睡眠薬っていうより、外科手術の時につかう麻酔とか、さ」
「それも試した」
サラクは食い気味に答える。両膝に指を絡めて肘を置き、その指に顎を乗せて続ける。
「オピオイドの過剰投与とか、電気ショックとか。専門の人員を雇って。ランニングコストはすごいことになるけど、試験的に十数日だけ。でも、浮かび上がってくるの。あの壁が。多分、肉体とか精神とかの問題じゃない。非科学的な表現になるけど”魂”とかそのレベルの話かも」
「魂……」
スピリチュアルの響きだ。クガツは脳裏でそう浮かべながら遮光加工されたビンを一つとりだす。トリップウォーターだ。
「飲むか?」
「アンタって意外と肉食系なのね」
「酔わせてどうこうなんてしねえよ。嫌な事忘れるならコレだろ。安心しろ。ちゃんとしたツテからアルコール入れる前のを仕入れてある」
トリップウォーター。アルコールを用いずに酩酊状態を起こすことのできる超常学を用いた飲料水だ。正常な判断ができなくなり、また体内からそれを飲んだ痕跡が検出できないため、アルコール含有が義務付けられた。結果的に未成年の接種はできない取り決めになっている。
クガツの取り出したのは密造トリップウォーター。ユニオンムーで裏稼業として盛んなムーンシャインの一つの形だ。
「んじゃオレも飲まね」
「酒入れたような頭で、アタシの話は聞いてほしくないしね」
「でも、よっぽどになるじゃん。そんな効果のキツい薬をつかってもその夢を見るって」
「そう。そうなの。だからどうにかしたい」
「でもそれで実害が出てるワケ?」
「不眠はシンドイよ本当に」
「ん~。まあ確かに現れてはいるわな症状」
鍋の中の白いスープが煮沸し始めている。箸をつかってサラクはかき混ぜ、鶏肉を一つつまみだした。まだ表面がピンク色だ。サラクはそれをクガツの方へと突き出すが、手のひらを振って拒否する。
「で、なにか手立ては?」
「それもないから困ってるんじゃない」
「いやぁ最もッスね姉さん」
「なぁーにが姉さんじゃ。アンタのツテとか利用して、アタシの不眠症治せって、そう言ってんの!」
「そう言われてもなぁ~」
「……」
「あ、こういう取引はどうよ?」
「何?」
クガツは人差し指を立てて言う。
「俺も最近、自分の目的のためにアツい情報を手に入れたんだ。でも、ちょっとした遠出をしなくちゃならないのと、向かう先がジョウトウグループでも西櫻会でもないん場所でな。お前さんにはちょっとした俺の用心棒として働いてもらいたいな~って」
「それ、アタシの目的が一段落ついた時の後じゃダメ?」
「逃げそうじゃん、お前さん」
「……なるほど? どっちかが譲る必要があると」
「……」
しばしの沈黙の後、一帯に衝撃が走る。
白い閃光と黒い閃光が弾けて、その中心にはサラクとクガツが供に右腕の尺骨側同士を激突させていた。まるでサムライソードの鍔迫り合いのように。
手を振りほどいて着地し、両手を上げて敵意無しの意を唱えたのはクガツだった。
「やめだ。これ以上やると引っ込みがつかん」
やさぐれたような口調でそう言うクガツに、サラクは返す。
「それもそうだ、ね」
「出発の日、俺の知り合いに連絡を飛ばす。どうせアポとってから面談の調整まで暫くは日数がかかるだろうし、その間は俺の目的に付き合え。いいな?」
「ジッしてるのも性分じゃないし、まあ一旦それでいいでしょ」
「OK。そんじゃ、メシといこうや」
クガツとサラクが鍋の方へと視線を移すと、先の衝撃波により転覆したガスコンロと金属鍋がひっくりかえっている光景がそこにあった。
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