お前もブレインの使用権を求めて 05
放課後、クガツは一度貸家に荷物を降ろしてから夕暮れの街へと足早に出ていた。辺りは暗いシルエットとなり、遠巻きの空は燻った炭のような赤い色をしている。
訪れた場所は路上市だ。だが、もうこの時間には活気は無く、辺りを彩る色鮮やかな果物や新鮮な魚類の切り身は出ていない。ぽつぽつと酒と何か肉類を似たようなアテが提供されている店が散見できるくらいとなっていた。
「地下、使うぞ」
不潔に髭を生やしたジャケットの中年に声をかけるクガツ。中年も、んんっと言い酒を一度煽ってから内ポケットから紙切れを取り出した。
「今日と明日の分の暗証コードだ。0時には更新。以降は2枚目の物を使え」
「ありがとうな」
「明日も学校だろ。あまり夜更かしはするなよ」
「親戚のジジイかよ」
作り笑いを浮かべてからクガツは一帯を後にし、市場の隅の隅……地下へと続く道へと進む。
歩を止めた場所は重々しく重厚な金属の扉がトンネルを封じる一室。宛ら核シェルターのようだ。タッチパネルの方へ近寄り、中年からもらった紙切れとパネルとを交互に視点を移し指を動かしていく。
ビーっと無機質な音を上げると、円形の扉が車輪運動をするようにスライドし、その先へと道を開けた。
中は独特な湿気が渦巻く暗闇だった。土埃とカビが床や筒状の壁にこびりついている不潔な一帯だ。
「下水道跡……いや、電波傍受プロテクトがされている。ただの廃屋じゃない」
眉にしわを寄せるクガツ。その視線には、土埃に刻み込まれた五本指の足跡があった。
「ク、クカカ! 次はクソガキかよ……! 相手じゃねえな!!」
開けた大広場。縦長の通常のフロアにドーム状の天井。中層階、高層階と分岐する通路。上階踊り場の柵に金色に輝く黒い影があった。中肉中背の人型。ガスバーナーのように黒い瘴気を1対の翼の様に放出している。
「
「……
「うるせぇ!!」
黒い影が黄金の光沢を煌めかせて飛び出す。鋭利な鉈のような爪を用いた攻撃を叩きつける。
クガツは上腕を畳んで頸部をカバー。そして同時に肘鉄を鉈爪の生え際に叩きつける。
「グぅぅ」
防御によって生じた一瞬の隙に、クガツは手根骨付近に力を込めた手刀を素早く数度叩き込んだ。
「むかつくぜ……ケンカ術程度じゃ俺の再生能力を上回れないけどなァ!!」
黒い影は一度退く。同時に中空で翼の出力を上げ、身体を捻った。高出力バーナーブレードがコンクリート作りの足元を割って、クガツの方へと襲い掛かる。
クガツは漆黒の刀身を紙一重で回避。同時に、クガツも指先に黒い力を込めていた。黄金に輝く黒い影よりも、深く暗くて光を捻じ曲げる黒い力──
音も起こさず鋭く伸びた暗黒の光が、黒い影を引き裂いて二つにした。
「グ、ガ」
動きを止められた黒い影に、クガツは素早く飛び出した。全身のバネと、昏い色を纏って跳躍。より一層力を込めた右腕は周囲の空間すらもグズグズにして、影へと叩き込まれた。
黒い旋風を巻き上げ、コンクリートの床へと黒い影は叩き込まれた。バラバラになった四肢……辛うじて胸郭から頭部だけは残っている。
黒い瘴気が力を失って消えた時には、やつれた顔をした少年がそこにあった。
「素晴らしい」
拍手をして現れるのはヘッドギアを被った白衣の人物……そして、その背後から現れたのは礼服の女。
クガツは内頬を噛んで二人を睨む。ヘッドギアの白衣が満足げに頷いて腕組みをしていた。
「素晴らしい……あれほどの出力を緻密にコントロールしている──そこの失敗作じゃなくて、完成されているよ」
ヘッドギアが顎を使って指すのは胸部から頭部だけとなった扱けた少年。眉に自然と皴が寄る。ハァーと1つ大きなため息をしてからクガツは切り出す。
「
「理解がよろしいようで」
「……肉片は残した。再生は間に合うだろうな?」
「無論。戸籍と所在が一致しなければセントラルの管理が面倒だからね」
礼服の女が答える。クガツは腰に手を当てて重心を切り替えた。
「深くは聴かん。それに、依頼を請けるかどうかは"本題"次第だ」
「いいでしょう」
礼服の女は大型の情報端末を取り出し、素早く操作を起こった。一通り操作を負えてから、礼服の女は球体を3つ付近へ転がした。やや、クガツに近い位置だ。
「ホログラム……」
球体からレーザーが結ばれ、浮かび上がるのはライトグリーンをした立体映像だ。
大型のビル。高層区ではあるが、周辺には建造物が無い地形だ。やや郊外に位置する立地だと、クガツは腕を組む。
「作戦は、西櫻会の精鋭作戦実行部隊K3の鎮圧。近年、ジョウトウグループ周辺の地帯に超常現象を起こす、超常地帯が観測された。セントラルに報告がされていない、言わば”金の鉱脈”とでもいえる」
立体映像は、大型ビルから大きくスライドし荒野へと移った。
「密かにジョウトウグループはここの調査研究をしていたが、とうとう西櫻会に見つかってしまってね。だが、この時に西櫻会は取引を申し込んできた。これは研究成果と資源の大半を西櫻会に受け渡せば、セントラルへの報告は黙っておいてやるという内容で、ジョウトウグループにとって不利すぎる申し出だ」
「……」
「何度も落としどころをめぐっての駆け引きは行ったが平行線でね。ここで、第三勢力としてクラウドノースを仲介とし、3勢力で資源の分配を決めることとした」
「クラウドノースとは? 俺は知らんぞ」
ホログラムには起動兵装と、大型の大口径ライフル。それを運ぶコンテナと輸送機が浮かび上がった。
「武器商人。ノースはジョウトウグループの武闘派にも、西櫻会の武闘派にも武器の分配を行っている、両者にとって関連の深い組織だ。ジョウトウグループとしてはノースをここにワンクッション置いて、西櫻会に一方的な搾取を防ぐ」
「なるほど。でも、それは西櫻会の精鋭部隊の鎮圧とどう関連が?」
ホログラムは再び大きくスライドして大型ビルへと移った。
「ここへジョウトウグループと西櫻会、クラウドノースのトップが集まる。そして、その護衛……西櫻会トップに就くのはK3」
「おびき出すにはうってつけの口実ってワケか。それなら西櫻会の首脳を潰すのはどうなんだ?」
「そうとなれば全面戦争は逃れられない。それに、会議室となる場所には特殊な空間歪曲技術が用いられている。首脳を会議室に入ってから分断されるK3を狙う……これが一番効率的だ」
「なるほど」
「実際、この取引で”金の鉱脈”が西櫻会に全て持っていかれることは、大きな打撃となる。それでも、敵対組織として大きい西櫻会の牙をおるための撒き餌としては釣り合うに値する選択だった。西櫻会の脳でなく、先に手足を捥ぐ狙いという目的のために」
「……その"K3"の具体的な戦力は?」
ホログラムには3人の少女が映し出された。長身の少女、やや中くらいの背格好の少女と、一番身長の低い少女。
「まずはこの長身。九条・C・アイカ。氷河の
「……」
「次のこの低身長。オクサル・葉宮。掌握の
「……」
ホログラムに浮かぶ少女らの内、中背の少女がクガツの前へとスライド。
「藍河サラク。この人物だけは何一つ、超常者としての特徴が観測されていない。他の2人と同じく破壊力と応用の効くものが考えられるだろう。唯一観測できたのは、人智を越えたフィジカルだ」
「……留意しておくよ」
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