第40話「捜索」

アルタイルとルーナはコーラル地区へと来た。

 しかし、この地区も甚大な被害を免れる事は不可能だった。


 地面に散らばる瓦礫は不安定な足場を形成し、進行を妨害するのだ。

 その道なき道を進む。


「ここも…酷いな」

「このコーラル地区はお店が沢山ある賑やかな所だったのに…。それがこんな事に…酷い…」


 ルーナは目の前の光景に唇を噛む。

 ここもつい数時間前は日常の光景が広がっていたのだ。

 通りを奏でる人々の活気がここにあった。

 何気ない明日が来る事を疑わず、ここを多くの人々が往来していたのだ。

 その光景は今となっては見る影もない。

 生々しい血痕が残り、惨憺たる光景が脳裏を過ぎる。


 アルタイルは神龍枢機卿の規格外さを再認識する。

 奴はたった1人で王都に乗り込み、王国最高峰の力を誇る大司教をも葬った。

 そして、その戦闘は街に大きな傷跡も齎し、まるで災害が通り過ぎたかの様な光景を彷彿とさせる。


 そう、神龍枢機卿は殺戮の意思を持った災害なのだ。


 大司教の犠牲が無ければ、その被害はさらに拡大し、王都は更地に還っていただろう。

 今日は国史に刻まれる程の厄日だ。

 例え、生き永らえたとしても。


「ルーナ、もし助けを求める声が聞こえたら教えてくれ」

「分かったわ。けれど、どうやって助けるの?」

「…んー、俺の魔法は救助には使えないよな…。雷属性魔法は攻撃色が強すぎる。だから、魔法頼みじゃなくて自分の腕でなんとかするつもりだ」

「なら、私も風属性魔法で最大限力を貸すね」


 雷属性魔法は攻撃に特化している。

 救助活動、とりわけ、瓦礫の下敷きになった者を救助するとなる場合、全く期待はできない。

 かえって、魔法の衝撃で状況を悪化させる可能性の方が遥かに高い。

 

 風属性魔法は攻撃色の強い魔法でもあるが、雷属性魔法程、特化はしていない。

 滑昇風を起こし、瓦礫の重量を軽くする事くらいなら可能だ。

 その場合、アルタイルの腕力が肝となる。

 アルタイルが瓦礫の除去に腕力を奮い、それをルーナが補佐。

 その形が現在、最も最適な手段だ。


 そこでアルタイルに不安があった。

 それは筋力があるのか、だ。

 建物の瓦礫の質量は、人が持ち上げるには非常に鈍重だ。

 

 しかし、アルタイルは自分を信じる。

 前の世界とは違う。

 今の肉体は筋力に溢れている。

 武が罷り通る世界に転生して以来、父シリウスから鍛錬を受け続けてきたのだ。

 前の世界の柔らかい体とは訳が違うのだ。

 十分に救助活動に貢献する事は出来るだろう。


 そんな事を考えている内にコーラル地区に仮設されたであろう臨時拠点に到達した。

 そこは、先と同じく重症の者、意識困憊の者、全身から血を流している者が密を成していた。

 

「ここがコーラル地区の臨時拠点だな」

「そうね。アルタイルが探している人はいる?」


 ルーナの問い掛けにアルタイルは視線を周囲に巡らせる。

 人は多い。

 しかし、アマリアの姿は無い。

 アマリアの服装は、黒いローブを纏ったとんがり帽子、膝丈くらいまでのスカート。

 それに該当する少女はいなかった。

 

 勿論、レイラの姿もない。

 レイラは胸に軽装鎧を纏い、ミニスカート。 

 かつ両手剣を背中に掛けたポニーテール少女だ。

 その存在感は異彩であり、この場にいれば、すぐに見つける事出来るはず。

 しかし、いない。


「ダメだ。ここにもいない」

「…そうなの。次の地区に…行く?」

「そうしよう。取り敢えず足を動かしていないと気が済まない」


 アルタイルは事前に彼女達の行方を訊いておくべきだと後悔した。

 こんな事になると想像するのは無理があるが、些細な事を怠ったツケだ。

 今、どこで何をしているのか。

 無事に生きているのか。

 そんな不安が胸を掻き毟る。


 グレイス王国の王都は広い。

 広大な領土を収める為の官庁が揃う、

 国の心臓だった。


 人口は100万人余りが居住し、それに伴う建物の数も計り知れない。

 その建物群の多くが瓦礫に変わった今、

 行方の分からないアマリアとレイラを探すのは苦難だ。


「これからこの国はどうなるんだ」

「分からない。でも、もう以前みたいな繁栄はないよね…。王都が壊滅したから…」


 王都は壊滅。

 国の趨勢を導く存在が欠けた。

 これから国がどの様な顛末を迎えるのかを予測できる人はいない。

 目の前の生にしがみつく事だけでも精一杯なのだ。



 隣の地区、サザール地区。

 建物も人口も少ない地区だ。


 人の影は見当たらず、アルタイル達はここを通り過ぎようとした。

 助けを求める声も聞こえない。

 足は次の地に向かおうと一歩を踏み出しそうとした。


「誰か……誰かいるか……」


 そんな時、ある声が聞こえた。

 声に覇気はなく、掠れた声だ。


「ルーナ、聞こえたか!?」

「うん!あっちの方から聞こえた!」


 聞こえた声は少女の声。

 間違いなく助けを求めているのに違いない。

 アルタイルは、ルーナと共に声のする方向へ駆ける。

 

 それは、一つの煉瓦造りの古屋が倒壊した跡だ。

 屋根から崩落する様な形で原形を失っており、上空から降り注いだ瓦礫に潰された事が容易に想像できた。


 勿論、中に人がいた場合、重傷になり得る事もだ。

 一刻も早期な救助が求められる。

 その為にアルタイルは事前の打ち合わせ通り、ルーナの魔法と自らの腕力に任せた救助活動を始める。


「よし、ルーナ、頼む」

「わかったわ。じゃあ気をつけてね。滑昇風アナバティック!」


 地面から風が吹上げたのを合図にアルタイルは両手に筋力を込め、崩れる支柱を上げる。

 その僅かに開いた隙間からルーナが顔を覗き込んだ。

 奥は暗くてよく見えないが、間違いなく少女1人が瓦礫に押し潰されているのを漏れる外光で確認。


「アルタイル、ここから2メートル先の所にいるよ!」

「分かった!ルーナ、潜れるか!?」

「大丈夫よ!私が彼女の手を引っ張るからそれまで頑張って!」


 アルタイルはその声を聞いて体に鞭を打つ。

 ここで腕を下ろせば、ルーナも瓦礫の下敷きになりかねない。

 そんな事を考えながら奥歯を噛み締めた。


「大丈夫、もう大丈夫だから手を伸ばせますか?」

「……分かった。………でも先にこの子を頼む」

「この子?」


 ルーナは少女の胸に抱かれている小さな人影に気付いた。

 そこには、頭から血を流した3〜4歳くらいの女の子が抱かれていた。


「アルタイル!2人よ!この瓦礫の中には2人怪我をしてる!」

「ますます、手を緩められないってことか…」


 アルタイルは腕が震え始めるのを感じつつ、依然と支柱を維持する事に執着した。

 3人の無事が確認出来るまでの辛抱だからだ。


「じゃあ、先にこの子を助けますね…。それまで耐えて下さい」

「………分かった」


 暗い瓦礫の中で行われるやり取りに耳を澄ませながらアルタイルは、ルーナが出てくるのを察知した。


「……んん、よいしょ……はぁ」


 そして、ルーナが小さな少女を抱いて出てきくる。

 確かに女の子は頭から出血し、ぐったりとしていた。

 だが、まずは1人。

 その事実に安堵を覚える。

 あと1人だ。


「今からもう一度行きますからね!待ってて下さい!」

「…………」


 ルーナに対する返事がなかった。

 それは、生命の危機が差し迫っている事を意味する。

 ルーナは、事態を悟り、すぐに瓦礫の隙間から暗い奥底へと体を捻じ込んだ。


「もうすぐですから…はぁ…はぁ…」

「ルーナ!まだか!」

「掴んだ!今からこの人を引っ張り出すからアルタイル、もう少し支柱を上に上げれない!?」

「…これ以上…。わかった」


 アルタイルは、全身の筋肉を奮い立たせ、支柱を10センチほど上げた。


「んん……よいしょ!」


 ルーナの踏ん張る声と共に、瓦礫の中から1人の女性が引っ張り出された事を確認。

 女性の全身が光の下に照らされたのと同時にアルタイルは支柱を上げていた両腕を豪快に降ろした。

 瓦礫の崩れる音と共にその場で呼吸を乱して腰を下ろす。


「はぁ…はぁ…もう限界だった」

「ありがとう、アルタイル。それと、この人たちも早く拠点に連れて行かないと!拠点なら応急処置くらいは出来るよね…?」


 ここに来るまでの道中で見かけた仮拠点では大勢の負傷者が運び込まれていた。

 簡易的な医療設備が整備されている事は確かだろうが、そこに戻るまでに救助した2人の容体が悪化しないとも限らない。


 しかし、幸いにも小さな子には大きな怪我は見当たらない。頭部の擦り傷のみだ。

 


「小さい子の怪我は軽症か。多分、この女性が小さい子を守っていたのか…って――」


 そこでアルタイルは気づいた。

 この女性の身に付ける軽装鎧と腰に掛かる両手剣。

 乱れる長い銀髪。

 焦燥に駆られ、気付くのが遅れたが、それは他人ではない。

 既視感を覚えた。


「――レイラっ!!レイラじゃないか!!」

「どうしたの!?知り合い?」


 そんな声にも微小な反応すら見せず、レイラは深い意識に沈んでいた。

 

 

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