第39話「次のステージ」
「…一体、この魔法は?」
「これは、聖階下級神聖魔法、
アルタイルの疑問にルーナが答えた。
普通は魔法の位階を上昇させる事は出来ない。
しかし、例外として、生命力を犠牲に位階と威力を上昇させる事が出来る魔法が存在する。
それがこの「血と代価」らしい。
勿論、それを使用する事は大司教の生命を削ぐ事を意味する。
大司教自身、老い先が短い事はアルタイルにも分かる。
老齢な姿は、様々な経験を積身重ねて来た事を容易に想起させるのだ。
そして、淡い光は次第に眩く煌めく。
人々の目には暗く、陰鬱に包まれる王都に指す希望の光に映った。
「よし、今だ」
大司教が呟くと同時に光は巨大な渦となり、王都全体を包み込んだ。
それは暖かい。
人肌を優しく包み込むそれは、冷えた感情にまで届き、波紋を齎す。
そんな温もりを肌で感じつつ、
上空の風塊が唸りを見せた。
そして、光の渦の中心へと吸い込まれていく。
その光景は目に見えない。
しかし、光渦と風が軋轢を成す音が轟音となり、響いているのだ。
ルーナは詠唱する大司教を見据えながら、
両手で祈る仕草を見せている。
大司教が行うこれは、いわば切り札だ。
それに思いを託すのは当然と言える。
その光景を目に焼き付ける。
これは、聖階魔法が激突する瞬間は滅多に見る事はない。
それほど、稀有な状況なのだ。
「君達、今、大司教が行っている事をしっかりと覚えておいて欲しい。若い命の為にこうして命を削られているのだ」
セオドアが達観した表情で、アルタイル達を見てくる。
あの顔は、死地を生き抜いた顔だ。
セオドアは、化け物レベルであるアマデウス相手に蹂躙されながらも、生き残った。
そうなれば、あんな顔にもなるのだろう。
体からは、絶えず鮮血が地に流れている。
もし、大司教がこの事態を収める事が出来たなら、名のある術師から治癒魔法を受ける必要がある。
無事に生き永らえたなら、十字勲章モノだ。
「――あ、風が止んだ」
ルーナは空を見て、呟いた。
アルタイルも、その言葉を聞いて風が止まった事を肌で感じる。
そして、黒雲によって薄暗い王都には黄金の粉が降り始めた。
それは、ふんわりとした光の塊だが、雪のようにも見える。
「…大司教様。…大司教様!」
そんな黄金の雪が降る中、セオドアが一声を響かせた。
大司教は地に膝をつけつつ、動かない。
息をする様子もない。
まるで、魂の抜け殻の様にその場にいた。
そこにセオドアが駆け寄る。
優しく肩を揺らすも反応はない。
「…大司教様は天寿を全うされた。今ここに王都の災厄は終わったのだ」
その言葉が意味するのは大司教の旅立ちだ。
彼は国の趨勢を長年に渡って見届けて来た、功労者。
アルタイルもルーナも言葉を出さず、静かにその事実だけを噛み締める。
だが、アルタイルは踵を返す。
なぜなら、次にする事が控えている。
それは、神龍枢機卿によって壊滅的な被害を受けた王都の救難作業だ。
アマデウスの攻撃は風による広範にわたる被害を齎した。
空中に建物の瓦礫を浮かせ、
それが雨のように降り注いだのだ。
未だに、瓦礫の下には、多くの者が生き埋めになっている可能性がある。
「流石だ。その判断は正しい」
「でも…大司教様が…」
「気にする必要はない。大司教様は本望だろう。君のような若者を救えて」
セオドアは気兼ねするルーナを励まし、この場を任せるよう伝えた。
「待って、アルタイル!私もついて行くよ」
「良かった!とりあえず、向かう所がある!」
アルタイルが向かいたいと考えている理由がフロンターレ地区に向かったアマリアの安否。
そして、レイラの安否だ。
彼女達はアルタイルと離れてから、一度も姿を見ていない。
即ち、彼女達が被害を受けている可能性がある。
そうなれば、足を動かさずにはいられない。
一刻も早く、安否を確認しなければ、気が休まないのだ。
「アルタイル、どこに向かってるの?疲れてはない?」
「大丈夫、大丈夫。俺は平気。けれど俺の知り合いの安否が気になるんだ」
「アルタイルの知り合い…分かった。どこに向かうの?」
「フロンターレ地区だ」
あの地区の被害規模は分からない。
なにせ、王都全域が災厄に見舞われたのだ。
そこに大小をつける事は難しい。
◆
やがて、フロンターレ地区と思われる地区へ到着した。
そこでは、繁華街で軒を連ねていた商業店は殆ど原型がないまでに瓦礫に姿を変えていた。
そこに街路はない。
建物の瓦礫が道を占領し、街路としての機能はもはや無かった。
「ひどい光景だ。神龍教会め…」
「確かに酷すぎる。私が王都に来てからも神龍教会の攻撃は何度かあったけれど、今回のようなのは初めて」
ルーナは物憂げな表情を見せ、瓦礫の上を歩く。
所々には血痕の後も多く残っている。
多くの者が犠牲になったことを痛感させるその光景にアルタイルは奥歯を噛んだ。
そしてさらに地区の奥の方へと足を進めると、人だかりの声が聞こえて来た。
多くの者がそこにいるらしい。
アルタイルは急いでその声が聞こえる方へと駆けた。
視界が開かれると、そこには広場があり、多くの者が集っていた。
腰を下ろす者、手当てをしながら横たわる者、重傷者を搬入する者。
事態は既に次のステージへと移行している。
「重度な怪我をされている方はこちらのテントの下へ搬入してください!軽症の方は行方不明者の捜索の手伝いをお願いします!」
そんな呼び掛けが何度も反復していた。
すると、大きな羽ばたき音が空から聞こえ、一同は一瞬にして沈黙した。
その視線はアルタイル達を見据えている。
と、思いきや、その後ろの上空だ。
「みんなどうしたんだ?」
「あ、アルタイル。ほらあれ、見て!」
そんなルーナの声に従って、後ろの方へ視線を動かすと龍が追尾してきていた。
その迫力に気圧され、皆、口を噤んだのだ。
「なんだよ、なんなんだ、あの龍は…」
「さっきまで戦っていた奴じゃないのか?」
「そうだ、あの龍が白い奴と戦っていた!」
人々はそんな声を挙げ始めると、再び慌ただしさを取り戻して行く。
「アルタイル…?」
「…いない。アマリアがいない」
「アマリアって誰のこと?」
「………」
アルタイルは何も答えなかった。
いや、答えられなかった。
脳内は、アマリアとレイラの安否で逼迫していたからだ。
ルーナの声はその脳に届かなかった。
そもそも、こんなに目立つ龍がアルタイルの後ろに控えているのだ。
すぐに此方の居場所は分かるはず。
そう考えると、胸に嫌な感覚が鋭さを持って突き刺さる。
「よし、次行こう。隣の地区だ」
「隣は…コーラス地区よ」
「分かった」
この広場にアマリアはいない。
レイラもいない。
そもそも、レイラがどこに行ったのかも分からない。
手当たり次第に探るしかない。
「うぅ…助け…てくれ」
そんな中、瓦礫から人の声が聞こえた。
気づいて、声の方を見ると、重い瓦礫に下敷きになった者の手が覗かせていた。
「ルーナ、助けよう。何かいい魔法は?」
「
「分かった。じゃあ、やってくれ」
アルタイルは、助けのする声の元へ歩み、瓦礫の隙間へと手を差し込んだ。
そして、ルーナが滑昇風を発動。
下から風が吹き上げる。
アルタイルは、腕に力を込め、全力で持ち上げた。
「ぐっ……かっ……」
(筋肉をもっと鍛えておけば…)
そんな事を後悔しつつ、ルーナの助力もあり、瓦礫が30センチほど上がった。
「ほら、出れますか!?」
「はぁ…はぁ…すまない、なんとか出れそうだ」
中から身を捩って出て来たのは中年の男。
体中は傷だらけだが、自力で瓦礫を抜けられる力があったのが功を制した。
「助かった…はぁ…はぁ。お礼を言うよ」
「気にしないでください。他にもまだ埋まっている人がいますから、もし可能ならその救助に向かって下さい。もし、体に異変があるなら、フロンターレ地区の方で臨時の救援場があります」
アルタイルは手っ取り早く、説明した。
そして、小走りで隣の地区へと向かう。
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