第38話「終焉への抵抗」

アルタイルとルーナ。

 彼らは龍の背に乗り、アマデウスの前に降り立つ。

 龍は荒々しい風を撒き散らしながら、翼と足で地に着いた。

 しかし、アマデウスは微動だにしない。

 白い髪をなびかせ、淡白な表情でその様子を見据えていた。

 

 周囲は惨憺たる状況だ。

 散らばった王都街の破片で地面は埋もれていたのだ。

 それは天災が街を襲った様子を彷彿とさせた。

 

 

 今から新たな戦端が開かれる。

 それを誰もが確信するような状況だった。

 事実、アマデウスは鋭い眼光を浴びせて来ている。

 しかし――


「…やめだ」

「……は?」


 アマデウスは呟いた。

 それには素っ頓狂な返事でしか返せなかった。

 アマデウスは邪険な笑みを見せる。

 凶悪な瞳はアルタイルと龍の両方を順に見据え、言葉を続けた。

 

「やめだやめだ。…君達の存在は面白い。ここで殺す訳にはいかない」

「…さっきから何を言ってるんだ?」


 しかし、一人で嬉々とするアマデウスを見て、疑問を抱かずにはいられない。

 その言葉は死戦の終焉を告げるものだ。

 疑問は当然のことだった。


 奴の実力。

 それを鑑みると継戦は余裕。

 それどころか、こちらを圧倒する可能性もある。

 なのに、戦う事を放棄するらしい。


 いや、待て。

 奴の事だ。

 素直に聞き入る訳にはいかない。

 隙を見せた瞬間、襲い掛かる可能性もある。

 アルタイル達はそれを予見し、依然と警戒を解かなかった。


 その心情はアマデウスの目にも明らかだったらしい。

 やれやれと顔を横に振り、呆れた様子で口を開いた。


「心外だな。そんなに私の言う事が信じられないのか?」

「…当たり前だろ。こんなに散々、暴れた奴の言う事を誰が信じられるんだ?」

「あっははは、まぁいいさ。…それなら、君達の想像に従ってあげよう」

 

 そして、アマデウスは高笑いした。

 当然の事を口にするだけでここまで笑われるのは不愉快だ。

 ここで悪態をつく。

 だが、アマデウスには全く効果はなかった。


 高笑いは続き、やがて終わる。

 同時に警戒を引き締めた。


「…このまま、去るつもりだった。けれど、君たちの期待に応えて、この魔法を王都に残していくよ。これを魔解できたら君達は生き残れる。もちろん、失敗した場合は…言うまでもないか」


 その言葉でルーナはアルタイルの肩を強く握った。

 彼女の感情はその手に現れている。

 震えるように。

 それは恐怖と怒りが混ざり合っている。

 

「では。終焉を待つ風フィナーレ・ヴェンティ。風の終焉は世界が消えた時だ。…さようなら。幸運を祈るよ。ここで死ぬのなら、命運もそれまで」

「………くそっ!!待て!!雷弾エレク・バレット!!」


 雷の光球をアマデウスに放った。

 円陣からは複数の光球が追撃する。


「…やっぱり、雷の属性か」


 しかし、それらは見えない風とぶつかり弾けていく。

 攻撃は奴に全く届かない。

 それをアルタイルは確信した。


「――なんでこんな事…!」

 

 ルーナは言葉を噛み締める。

 しかし、その感情も虚しく。

 アマデウスは悠然と宙に浮かび、この場から離れていく。


 高く高く。

 その姿は小さくなる。

 冷酷な瞳でずっと見下ろしながら。

 やがて…消えた。



 アルタイルもそれを見て屈辱に奥歯を力強く噛む。

 だが、それはまるで意味は無い。

 思考を切り替える必要がある。


 出来る事はなんだ。

 今できる事……!!

 考えろ、考えろ、考えろ。

 

 奴の残した魔法。

 それは、王都の上空中心に発達していく。

 雲の吸い込み、瓦礫を吸い込み、希望を吸い込み。

 やがて大きな風塊となりつつある。


 それは地に迫っている。

 焦らす様から実にいやらしい魔法である事が窺える。

 一思いに終わらせない所が特に、だ。

 

 それは紛れもなく王都の終焉を待っていた。

 このままでは迎えるのは破滅と死。

 脳をフル回転させ、打開を模索する。


「アルタイル、あれ!」

「どうしたんだ?」


 ルーナの指差す方を見る。

 そこには、弱々しく歩いてくる老人が一人。

 白い装束に白髪。

 それは、先まで死戦を繰り広げた大司教だ。


「――大司教様っ!!ご無事ですか!」

「…あぁ、気にするでない」


 …と言う大司教だが、明らかに覇気がない。

 虚な目で、ルーナの呼び掛けに軽く答える。

 ダメージは大きい。

 よほど、衰弱している様子だ。


 しかし、無理もない。

 あの人外の力を持つ神龍枢機卿と一戦を交えたのだ。

 

「…ところで、今の状況は?…芳しくないか」

「…はい、奴はとんでもない置き土産を…」


 大司教は空を見る。 

 その瞳の先の上空には、依然と風魔法の脅威が存在していた。


 どうすればいいんだ。

 あの脅威を打ち払うには。

 そんな悩みがアルタイルの脳を渦巻く。

 

「…あぁ。あれは、聖階上級風属性魔法だ。これ程までの力を有するとは……。流石は龍の使徒と言った所か」

「聖階上級風属性…。次元が違う」


 大司教の嘆きに近い呟きにアルタイルも同調する。

 それは英雄級の魔術使いが扱えるクラス。

 稀に見ることしか出来ない強力な者の証だ。

 大司教が繰り出せる魔法の最高位は聖階下級魔法。

 つまり、アマデウスには一歩劣る。


 故に、終始不利な状態で王都を守りきった事実は称賛に値した。

 それでも、策がない事に変わりは無いと思ったが…。


「…じゃが、あれを魔解させるには一つの手がある」


 しかし、大司教は一つの解決策を示唆した。

 それにアルタイル達は一抹の希望を抱かずにはいられなかった。

 アルタイルの口から言葉が先走る。


「…それはなんですか!?」

「ワシの命を削り、魔法の階位と魔力を高める。…それで、あの終焉を待つ風フィナーレ・ヴェンティを魔解させるのだ」


 その答えに沈黙するしかなかった。

 力には力を。

 しかし、それに代価を払う必要があるのだ。

 その責務を果たそうとするのが、大司教だった。



 基本的に発動された魔法を消滅させるには3つの手がある。

 1つ目は、より上位の魔法をぶつける。

 これが最も確実な手段だ。

 魔法は優勝劣敗の世界。

 常に強力な魔法が優先される。

 

 次に魔力量だ。

 同じ階位の魔法、または上位の魔法に対しても魔力の量によって打ち勝つ事が可能なのだ。

 低位の魔法でも魔力量が多ければ、上位に匹敵する。

 

 最後に魔法そのものを消滅させる魔法だ。

 魔法には対象を消滅させる魔法も存在する。

 それを用いて、発動すれば魔解が可能だ。

 しかし、それは3つの選択肢の中で最も難易度が高く、実現は低い。


 相手魔法の階位、魔力が高まる程、

 詠唱に掛かる時間と術は高度になる。

 ましてや、成功する可能性も万全ではないのだ。

 そこに時間を浪費する訳にはいかない。

 


 その為、今この場で最適な手段。

 それは力でねじ伏せる事。

 つまり、命を削り、階位と魔力量の上昇で迎え撃つのだ。

 それを大司教は提案している。


「――大司教様!!なりません!」

「…おお、セオドア。無事で何よりだ。貴公の作った時間はこうして、希望を生んだぞ。アルタイル君の参戦を間に合わす事ができた」

「…光栄です。しかし、今はそれどころではありません」


 瓦礫の中から姿を現したのはセオドア・ブランケット。

 アマデウスに蹂躙された聖騎士団長だ。

 纏った鎧はベコベコに凹み、覗かせる皮膚からは血が流れていた。

 そんな彼は重い足を引きずって近づき、言葉を挟む。


「…大司教様はこの国にとって偉大なるお方。

 ここで命を削るということは、死を意味します。…そんな事、認められません」

「お主の言いたい事もわかる。

 …だが、それしか方法は無い。見ろ、あの空を。

 …終焉を待つあの風を見てもそれが言えるのか?」

「……っ」

「騎士団は大きな損害を受けた。

 動ける者も、実力のある者もいない」


 大司教の一言でセオドアは黙る。

 確かに手段を案ずる時間は少ない。

 騎士団は壊滅状態。

 残存部隊も王都民の救難活動を始める必要がある。


 今、こうして話す間にも終焉は近付いているのだ。

 ここに秩序は無い。

 あるのは、恐怖のみ。


「…大司教様。俺達に何か手伝える事はありませんか?」

「なぁに、若い者は気を使う必要は無い。あとはこの老人に任せてほしい」


 笑顔を見せ、そう言い残す。

 アルタイルはそれに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 身を犠牲にしつつ、人々を護ろうとするその姿は騎士団長が敬う程の器だ。


「聖なる力よ。我と偉大なる神脈を繋ぎ、祝福を齎されよ。そして、血と魂の献上により、より大きな力となれ」


 そして、大司教は両手を空に向ける。

 詠唱が始まり、シワれた手から光が漏れ始めた。

 

 

 

 

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