第37話「力と力」

 大司教と神龍枢機卿。

 両者の魔法は俗人の息を遥かに超えていた。

 魔法による光の渦が王都全体を包み込み、そして照らした。


 激しくぶつかっては散り、の繰り返しだ。

 大司教は神聖属性魔法の扱いに長けている。

 老齢の体を最大限強化する事により、強力な魔法でアマデウスの攻撃を迎え撃っていた。


 その圧倒的な力と力の衝突は、大気に波紋を生み、衝撃となって地に伝播する。


千風ミールレ・ヴェンティ


 アマデウスは腕を振るい、風の刃を生成した。

 それは王階上級風属性魔法。

 並の魔術師では死を回避できない。

 それは幾千の風を巻き込み、鋭い刃となり見えない死をもたらす。

 やがて、対象を千切りにするのだ。


「ぬぅ…反魔インヴェリジョン・マギーア


 だが、大司教は反転魔法を発動。

 聖階下級神聖属性魔法であり、相手の魔法の威力を利用し、自らの魔法を強化して相殺を狙った。

 千風はグネグネと方向を狂わされて周囲の瓦礫をさらに細かく刻むに留まる。


「…やるね。お爺さん」

「お主も中々。っと言っても中身は何百歳か?」

「そう、私から見たらお爺さんの方が若造なんだなこれが」

「…死の祝福を拒んだ愚かな者よ」


 大司教の言葉の後、アマデウスは舌打ちした。

 それが何故かわからない。

 気に障ったのか、額には血管を浮き出させて低い口調で喉を震わす。

 今まで露骨な感情を見せなかった者はやっと激情の片鱗を見せた。


「…この栄光が分からない凡愚め」

「あぁ、理解出来なくて満足だ。理解したくもない」


 売り言葉に買い言葉。

 大司教は年相応の冷静さを見せつける。

 これも力ある者の余裕だろう。


 彼我の戦力に大きな差がある場合、このような態度は出せない。

 

 両者は瓦礫と化した広場の上で視線をぶつけて火花を散らす。

 空気は張り詰め、一瞬の緩みから次の戦端が開かれる時を待っていた。


 しかし、しばらくの沈黙の後。

 アマデウスは視線を逸らした。

 疑問の瞳をその方向へ細める。


「あの龍…。何してるんだ」


 アマデウスの瞳の先には翼を広げた龍が街から姿を現した。

 飛び立つ時の衝撃で一面は土埃が舞う。

 それを瞳に映していた。


 一方、その様子を大司教は気に留めない。

 むしろ、その時を待ってたかのように表情を緩めた。


「…龍を従える者。シリウス、お前のせがれはとんでもない素質を持っておるぞ」


 大司教は1人で呟いた。

 その様子に気付いたアマデウスは龍から視線を外して首を傾げる。


「何をぶつぶつ言ってるのか。…ボケたのかな?」

「そうかもしれんの、ほっほっほっ」

「…相変わらず不愉快な奴だ」


 まあいいか。

 と、アマデウスは片腕を空に上げて邪悪な笑みを見せた。

 破壊と殺戮を好むかのように高笑いをする。


「これでグレイス聖王国の王都は壊滅。みんな仲良く天界で過ごしなよ」

「それはごめんじゃな。余生は魔法の深淵を覗くための研究をするのじゃ」


 大司教はアマデウスの返答を茶化す。

 それを無言で答えると上空でとぐろを巻く聖階上級風属性魔法によって生み出された風の塊は地上の空気を圧縮するかのようにゆっくりと迫った。

 それは風の隕石のように。


 王都の地面に広がる街の瓦礫は重力を失い、上空へと吸われていく。

 それは王都の終末を予感させた。

 王都の外側へ散りゆく人々も絶望を噛み締める。


「…何?」


 だが、満身創痍のアマデウスは疑問を抱く。

 強大な龍の口が開かれ、鋭い牙の奥からは激しく煌めく雷光が覗かせていた。


「あいつ…ただの捕獲された龍じゃない。この膨れ上がるマナ……まさか龍王か!?」

「お前さんでも気付くのが遅かったのう。龍王は各属性を扱う生命の頂点。その強大さはわかるじゃろうて」


 次の瞬間、雷光が爆ぜる。

 その激しい光はアマデウスの元へと迫り、轟音が地を震わせた。

 そのタイミングを図り、大司教は持て余す力を振り絞り、聖階下級神聖属性魔法を発動させる。


大いなる力の加護をヴェネディクト・マグナ・ヴィクルティス


 紫電の光の周りに聖光が集い、それは大きな束となった。

 大司教の魔法により、龍から放たれた雷轟は極限まで威力を底上げされてアマデウスに襲い掛かる。

 眩い光を一身に浴びながらアマデウスは瞬きすらしなかった。

 それをずっと正面で捉える。

 そして微笑んだ。


「…万護の祝福」


 雷轟はアマデウスと邂逅した。

 地は爆ぜ、視界は光に覆われる。

 そのまま、龍は首を上にずらして雷の放射を上空の殲風とぶつけた。

 空も地上もない。

 その区別が失うほどの眩さが瞳を焼いたのだ。


「…………」


 上空を漂う風の隕石は消滅。

 沈黙が王都を支配した。



「凄い威力だ…。途中で別の魔法が加わった気がするけど気のせいか?」

「いや、私も見た。多分あれは神聖属性魔法よ」


 龍の背中の上で2人が言葉を交わす。

 それはアルタイルとルーナだ。

 アルタイルは龍の背中に騎龍して、アマデウスに対しての攻撃を命じたのだ。


「…でも驚いた。アルタイルがこんな龍を従えてるなんて…」

「従えてるってのは大袈裟だな。協力してくれてるだけだ。…何故かはわからないけれど」

「本当にアルタイルは常識を破るね。雷属性使いといい、この龍といい…どんどん離れてく」


 ルーナは感嘆する。

 と、同時に大きな溜息をついて視線を落としていた。

 どこか寂しげな雰囲気を感じつつ、余談は許されない。

 次の事態に着目する。


「…まただ」


 アルタイルの視線の先は龍が放った雷放射の跡。

 そこは地面が抉れて、そこを起点に大きな亀裂が発生していた。

 凄まじい力が炸裂した事を想起させる跡だ。

 だが、そこに1人の白い男が悠々と立っている。

 

 その様子はあの魔法を喰らった後とは思えない程ケロッとしており、それは疑問と焦燥を生んだ。


 どうしてだ。

 何をした。

 確実に命中した筈だ。

 あれを受けてどうして平然としていられるんだ。

 

 脳内に答えのない疑問が噴出する。

 それは考えても時間の無駄だった。


 なにせ、分からないのだ。


 どのように防いだかの原理がちっとも分からない。

 これまでの魔法学の知識を駆使しても答えは浮き出てこない。


「……祝福」


 苦悩する横でルーナが呟いた。

 彼女は静かに肩を落とす。

 …祝福。

 それは、魔法という事象を超える存在だ。

 

 その能力自体はまだ詳しく判明していないが、属性魔法の上位互換であり、さらに強力だという事だけは判明している。

 

「…祝福か。確かにその力なら先の魔法を打ち消す事が出来たかもしれない。…でもどんな能力を…」

「そこまではわからないわ…。でも、その突破口を見つけないと…私たちに待ってるのは絶望だけ」

 

 凶悪な瞳をこちらに向ける白い男を見下ろす。

 距離は大分離れているが、ここまで怖気をビリビリと伝わらせてくる。

 背中には冷たい血が巡ってきた。

 だが、強張る表情を崩してアルタイルは平静を保つ。


「…まだまだ序の口って事か。大司教様は!?」


 首を大きく張り出して地上を探すと膝をついている老体を見つけた。

 間違いなく大司教だ。

 あの様子だと先の魔法で力を大分消費したようだ。

 これはまずい。

 唯一の切り札であるはずの大司教ですら息切れしているのだ。


 残る切り札はこの龍に限られる。

 自分達もいるがこのレベル違いの戦に肩を並べる事は困難。

 せいぜい、サポートをする事が精一杯だと割り切った。


「…まだ行けるか?」


 龍に訊ねる。

 その問い掛けに龍は喉を鳴らして答えた。

 行ける、らしい。


「よし、行くぞ」


 胸を張り、恐怖という感情を押しつぶす。

 今は大司教の回復を待ち、時間を作ることに注力。

 見た目は人間だが、中身は化け物のような力を持つ相手にどれほどの時間を作れるかの疑問は残りつつだが。


 迎撃に燃えるアルタイル。

 一方でアマデウスは思案していた。

 先の現状、とりわけ魔法の属性について深く思考を巡らす。


「…雷属性。…あの方と同じだ」


 そして、呟いた後。

 龍と背中に乗る人影を見据える。

 

 

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