第41話「命の重さは」
レイラの呼吸は微弱だ。
だが、心肺機能までは止まっていない。
早急な手当を施せば、一命を取り留めることが出来るだろう。
「よし、俺がレイラをおぶるからルーナは小さい子を頼んだ」
「分かったわ!」
アルタイルは意識困憊とするレイラを肩にのせる。
頭部から出血が見られ、止血の為にレイラの頭へ服の袖を破った布を優しく当てた。
すぐにその布は赤く染まり、出血が深刻な事を窺わせる。
レイラは身長が170後半はある長身の女子だ。
しかし、意外にも背中に乗せてみると軽いな、なんて事をアルタイルは思いながら臨時拠点に設けられている仮説診療所へ足を進めた。
「これは…早急な治療が必要だ。止血用の包帯を持って来てくれ」
「分かりました。これをどうぞ」
仮説拠点の診療所に着くと、治癒魔術に見識のある老紳士が額に汗を流しながら応急手当てを施す。
その脇を固めるのが、補助に入っている若い女性2人。
しかし、事態は局面を迎える。
「まずい!心肺機能が低下している!」
その焦燥に染まった声が聞こえると、2人の助手が慌ただしく補助に入った。
事態は深刻にあるらしい。
しかし、アルタイルには治癒に関しての見識を持たない。
学を積み重ねて来たのは、この世界で未知とされる雷属性魔法についてのみだ。
治癒魔術学の教本に手を伸ばす事が無かった為に、今の現状をこの場の治癒魔術師達に託す他なかった。
「先生、心肺停止しました。心臓マッサージを!」
その緊迫した現場をルーナと共にアルタイルは眺める。
気づけば、この場全員の額から汗が流れていた。
――心肺停止。
この言葉が意味する事態の重さを誰もが脳裏に抱いたからだ。
心臓と呼吸の停止は死に限りなく近い状態だ。
それは、目の前の命――レイラがいなくなる事を暗に意味する。
「ダメです!意識戻りません!」
「ぬぅ…強い衝撃を与える事が出来れば…!」
そんな言葉を耳に挟みつつ、アルタイルに一つの案が浮かんだ。
「あの、僕に手伝える事があります」
「……?」
アルタイルの突然の一言に場に一瞬の沈黙が訪れた。
今の状況は、素人が迂闊に関与できる状況ではない。
そんな中、治癒に関して無知な少年が手をあげたのだ。
皆、困惑の表情を見せるのも無理はない。
「何言ってるの!アルタイル?」
「強い衝撃が今は必要なんだ!それなら俺の魔法でなんとかできるかもしれない」
細かい説明は省き、取り敢えず命を救える可能性がある事を主張した。
――電気ショック。
アルタイルは現代医学の可能性に辿り着いたのだ。
前世では心肺停止の際、電気マッサージが施される事は知っていた。
それならば、雷属性魔法が役に立つと考えに至った。
レイラの心臓に向けて雷属性魔法の衝撃を与えれば、事態を好転に向かわせられるかもしれないという淡い希望だ。
「何を言ってるんだ少年?今この状況で使える属性魔法などありゃせんぞ!」
「見たら分かります!少し退いてください!」
治癒術師達は場が乱れる事を恐れ、アルタイルが何をするか分からないまま、近づく事を阻止しようとする。
それでもアルタイルは強引に3人の治癒術師達の合間に割り込むと、腕の袖を捲り上げ、腕に広がる紋様を見せつけた。
その奇怪で見たことのない紋様を目にした治癒術師達は、顔を見合わせる。
「…先生、この紋様を見た事がありますか?」
「…ないぞ」
長く生きてきた老紳士の治癒術師ですら見た事がない属性魔法使いの紋様が目の前にあった。
その際、レイラの豊かな胸の感触が手に伝わるが、下心など抱かない。
今は1秒が命取りなのだ。
胸を触ろうがどうって事ない。
躊躇なく、手を当て深呼吸。
「…一体、何をする気なんだ坊主」
「………ただの人命救助です」
体の中を流れる魔力を意識し、レイラの身体自体に影響が出ない出力に調整する。
もし、雷属性魔法の魔力自体が強力すぎた場合、かえってレイラを殺してしまいかねない。
さすれば、本末転倒。
それだけはあってはならない。
「…ふぅ、よし。それ!」
小さな掛け声と共に、紫の光がアルタイルの手から発現。
同時にレイラの身体がビクッと大きく反応した。
雷属性魔法を応用した電気ショックの開始だ。
一瞬、何をしているのか理解に遅れる治癒術師陣営だが、すぐに容態を確認する。
「…まだ、心肺停止しています!」
「…ならもう一度」
しかし、一歩及ばない。
アルタイルは再び、手から電気ショックを与えレイラの身体をビクッと反応させる。
「まだです!」
それでもレイラの心肺機能は回復に至らない。
もう一度、実行する。
「…もう一度」
再びの電気ショック。
身体は同じくビクッと跳ねる。
すぐに助手の女性が確認。
「…戻りません」
「…えぇ」
それを聞いたアルタイルの手が震え始めた。
レイラは今、生死の淵を彷徨っている。
その命運をアルタイルが握っているのだ。
その責任の重さを痛感し、手が震える。
だが、今出来る事は電気ショックを与えることのみ。
自分で言い出した事だ。
もう後戻りは出来ない。
目の前の命を救えるのは自分しかいないと奮起する。
もう一度。
「――これでどうだ!」
希望に縋りたい気持ちと震える手を抑えながら、繰り返す。
すると――
「……ゲホッゲホッ!!」
「おお!戻ったぞ、よくやった少年!あとは任せなさい!」
レイラが大きく咳き込んだ。
それは、心肺機能が回復した事を意味する。
それを見届けると、その場でアルタイルは尻餅をついた。
重圧に解放され、腰から力が抜けたのだ。
「やったね!アルタイルは凄いよやっぱり!」
歓喜の声を浴びせるルーナを見上げ、深いため息をついた。
あとは、治癒術師達に任せる事にする。
脳筋に近いアルタイルでも一応の役に立つ事は出来た事に満足の心を抱く。
◆
「これで完了だ」
「お疲れ様です。先生」
術が終わったらしい。
かなりの敏腕なのか、手際よく処置を施すと治癒魔術を掛けられたレイラの容態は安定した。
「…これで大丈夫じゃろう。たが、しばらくは安静だ。彼女の武器はこの両手剣だと聞いたが、こんな鈍重な武器を担がせてはならんぞ?」
「勿論です。迅速な手当をありがとうございます」
「ははは、気にするな。こんな若い子の救いになれるのなら本望だ」
この老紳士の治癒魔術師は、レイラの守った小さな子の治療も瞬く間もなく終えていた。
周囲には簡易的な病床が20ほど設けられており、その誰もが完璧な治療を受け安静としていた。
これからも病床が増える事を覚悟しているのか、次の指示を的確に出し、押し寄せる人命救助の需要に応えようとしている。
「ほれ、君達。あとは任せなさい。その顔からしてまだ不安があるのだろう?」
「え、あっはい」
そうだ。
アルタイルには、まだアマリアの安否が明らかになっていない。
まだ安堵の気持ちを迎える事はできないのだ。
引き続きルーナと共に捜索に向かう事とする。
「あと、もし治療が必要な人がいれば、ここを案内してくれ」
「分かりました」
診療所が必要とする人が多くいる。
その者達をここへ導く事も今のアルタイル達の出来ることだ。
「ルーナも探したい人とか、安否が気になる人がいるんじゃないのか?」
「うん、勿論そうだけど、みんなきっと大丈夫。学園じゃ、みんな私よりも優秀だもん。あと――」
「ん?」
「私が1番心配する人は無事だから」
ルーナが少し伏せるような言い方で呟いた。
だが、アルタイルにはどうしてルーナがそんな確信を持てるのかが理解できなかった。
ルーナが連絡を取っている素振りは今の今まで見られなかった。
何か特別な連絡手段で繋がってるのだろうか、なんて事を考えながらアルタイルは笑顔で答えた。
「そうか、なら良かった。勿論、気が変わったらいつでも言ってよ。」
「うん、分かった。ありがとう」
レイラと小さな子は救われた。
1時間後、レイラの容態を確認するためにもう一度ここに戻ってくる事にする。
しばらくはこの仮説診療所がアルタイル達の活動拠点になるだろう。
「ここの仮説診療所の名前はなんだっけ?」
「特に名前はないけど…何か特徴があればね…」
「なら、雷の楔でも打とっかな」
「え?何をするの?」
ルーナが怪訝な顔で尋ねる。
だが、言葉で返すのではなく、魔法で一見させる事で応えた。
「
手から膨らむ雷の光を槍の形に変化。
それをアルタイルは地面に刺して目印とした。
長さは調整可能。
出来るだけ長くして、ランドマークとする事で仮説診療所の目印を残した。
遠くから見ても印象を与える雷槍は多くの者の目に留まる事だろう。
治療必要とする人を導く役にも立つだろう。
「よし、これで大丈夫。場所に迷う事はないな」
「…やり方が凄いね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます