第33話「結束」

アルタイルは広い講堂の真ん中で待機を命じられた。

 そこは大理石の柱が高い天井を支え、豪奢なシャンデリアが吊るされている。

 王宮の正面玄関らしく、視界の前に観音開きの扉が堂々と構えていた。

 そのあまりの広さに空気は暖まらず、

 ひんやりとした空気が体を包む。


 地面には赤いカーペットが敷かれ、上流階級に相応しい装飾が凝らされていた。

 各階段が中央、左右のそれぞれの階へと導かれ、

 埃やチリ一つ見当たらない様子から徹底的な清掃が施されている様だ。

 

 アルタイルはそんな格式の高い雰囲気に馴染めず、視線を周囲に振り撒いていた。

 よく壁面に飾られた絵画と視線を交差する。

 

「……アルタイル!無事でしたか!」


 と、透き通った少女の声が講堂の中を反響して脳裏に届い

た。

 その幼ない声音であり、丁寧な言葉遣いは一人しかいない。

 階段の上からその姿を表した。


「アマリア!お前も無事だったか!ひどい事とかされなかったか!?」

「……あわわ、い、いえ、その様な事はされていませんよ」

 

 アマリアは階段をスタスタと降りてくる。 

 やがてアルタイルと合流を果たした。

 そんなアマリアの両肩に手を乗せて揺さぶる。


 その行動は不安に駆られたからに過ぎない。

 取調室でのやりとりを脳裏に焚き出し、アマリアの身を心配したからだ。

 自分の記憶だと取調室ではひどい扱いだった。

 少なくとも好待遇とは言えないだろう。

 アマリアも劣悪な対応をされたかもしれない。

 さらにアマリアは可愛い少女。

 抵抗できない事をいい事にもっと酷い事をされた可能性もある。


 アルタイルは辛酸を飲まされた、

 あの担当官の顔はしばらく忘れないだろうと確信。

 思い出しただけで腹の虫が治らないのだ。



 だが、自分の応対人物が特殊なだけであった可能性もある。

 止めに入った騎士がいなければ親父にも殴られた事の無いアルタイルは鉄拳を喰らっていただろう。

 今度、あと担当官を見掛けたら雷魔法をお見舞いする事を固く誓う。


「……確かに無事そうだな。それとレイラは知ってるか?」


 アマリアの身なりに特に変化は無い。

 傷も付けられていないし綺麗な白い肌だ。

 アルタイルは胸を撫で下ろす。


「レイラですか?部屋を別々に分けられてからはさっぱりです……」


 アルタイルの疑問にアマリアは首を傾げる。

 検討がつかない様子だ。


 だが、アルタイルは何となく予想がついている。

 レイラの性格だと激しく抵抗してそうな気がするのだ。

 そう簡単に解放してくれるのか?

 

 一応、「変な気を起こすな」と警告した彼女である。

 思慮分別がある筈だが、それは相手によって結果は異なるだろう。


 額に汗を流しながら、今後の展開を予想する。

 担当官が恫喝タイプなら……

 レイラが担当官の逆鱗に触れて釈放取り消し。

 レイラが担当官を返り討ちにして投獄……

 

 勿論、最も好ましいのはレイラが大人しく応じて釈放される事だ。


 と、正面のアマリアが突然手を振り始めた。

 アルタイルはそれに釣られて腕を上げようとしたが違和感に気づいた。

 アマリアの赤い瞳は後方を見据えている。

 それはアルタイルに対してではなく、その背後に誰かが来た事を意味している。


 アマリアの視線に釣られて後ろを振り返った。

 

「あぁ!アルタイルとアマリア!あんたらも解放されたんだ

!」


 声を張り上げたのは長身でスタイルの良い銀髪の少女。

 短いスカートを揺らしながら、長い足を動かして近付いてくる。

 

 ――レイラだ。

 明るい表情でアマリアに手を振って応じた。

 あの様子だと取調室で不測な事態を招かなかったと一安心。


「これで全員か。みんな無事に釈放か……。でもどういう風の吹き回しだ?」


 アルタイルは一息つくと、迅速な釈放劇に疑念を抱く。

 それも当然の帰結だ。

 

 一般的に見れば、自分達の起こした騒ぎは大事だろう。

 未知の巨龍で王都を飛来して建物を破壊。

 普通は弁明を含めても数日感、投獄は免れない筈だ。

 もしくは大司教の権威がそれほど高いのだろうか?

 それとも泳がされている……?


 素直に現状を受け入れる事が出来ない。


「君達、今回の件は公には伏せる事になる。特にアルタイル君。君の父親の名誉に感謝するんだ。アマリア殿も父君に迷惑を掛けないように。レイラ君。君はまず人の話を聞きなさい。担当官にも横柄が合ったとはいえ、治癒室送りはやり過ぎだ」

 

 側で3人のお目付役を任されていた騎士が言葉を並べた。

 それは思案に耽っていたアルタイルの思考に大きな判断材料の提供でもある。


 ここでシリウスの名を借りる事になるとは。

 アルタイルは心の中で父に感謝の言葉を反芻した。

 

 そしてアマリアの父親も名がある方のようだ。

 一体どういう関係があるのかは興味があるが、家族の話題に首を突っ込むのは野暮だろう。

 追求するのは好ましく無い。


 しかし、レイラは……予想通り話を聞かずに抵抗しまくったらしい。

 しかも治癒室送り……?

 どれだけ返り討ちにしたんだ?


 騎士も疲れた顔をしてレイラの方へ視線を送っていた。


「じゃあ、私達はもう街へ出て良いって事ですか?」

「そうだ。騒ぎを起こさなかったら私達騎士団の世話にもならないだろう。さぁ、腕を上げて」


 アマリアの問い掛けに騎士のお兄さんは肯定した。

 その手には鍵が握られており、3人に手首を差し出すように指示。


 その指示に従い、各々腕を上げると、

 手に掛けられた手錠からカチャっと音がする。

 手錠が外された音だ。

 3人は手首をグリグリとほぐすと、両手を肩の上いっぱい上げて伸びをした。


 すると、召使いのメイドと思われる女性が3人現れ、

 腰を折って深くお辞儀をする。


 視線を彼女達の掌へ向けると、取り上げられた武器を持っている。

 恐らく、返却しに来たようだ。


 アマリアは小さいポーチのような鞄。

 アルタイルには父から譲って貰った片手剣。

 レイラはずっしりとした両手剣と軽装甲の鎧だ。

 メイドの人もレイラの所持品運搬だけには苦労しただろう。


 3人はそれぞれ所有物を肩に掛けたり、鞘に納める。

 やがて、観音開きの正面入り口が軋んだ音と共に開かれた。



 扉の合間から光が差し込む。

 その方向へ3人は歩き出すと、噴水が設けられた広い庭園に出た。

 その先には鉄格子の城門が見える。

 ここを進めば、無事にシャバへ出られるという事だ。


 庭園が3人を迎えいれる。

 

「綺麗ですねー!先まで取調室にいたのが信じられないです」

「俺もそう思う。何か裏があるんだとは思うが、今はこうして外の空気を吸えただけでも有難いと思おう」


 アマリアは軽快な足取りで庭園の中を歩んでいく。

 その様子をアルタイルは柔らかい表情で見届けていた。

 童心に帰ったかのような彼女は、

 まるで庭園ではしゃぐ子供だ。

 

(やっぱり見た目も心も幼いな)


 と、心の中で呟きながら胸を撫で下ろしていた。

 たまにアマリアは自分よりも冷静に物事を判断したり、精神を落ち着かせたりと大人の雰囲気を感じさせる時がある。

 その時に限ると自分がまだまだ未熟な者だ、 

 と痛感させられるからだ。


 一方でレイラは重い両手剣を片手に持ち、剣先を上げ下げして肩慣らしをしている。

 空気を切り裂く音を鳴らしながら、それは背後に近づいてくる。

 物騒極まりない。

 このままだと剣先が接触するが……

 

「いってぇな!レイラ!剣先が俺の背中に当たったぞ!」

「あ、こりゃ失敬。ごめんごめん」


 その剣先はアルタイルの背中を掠めた。

 咄嗟にレイラに向けて苦言を呈す。


 レイラは片手でゴメンと、手刀を切る仕草をしてくる。

 が、その顔には反省の色が感じられない。

 きっとわざとだろう。 

 だが、そんな突っ掛かりも今ならではこそだ。

 

 アルタイルは柔らかい表情で許した。

 ここには今、良い雰囲気が生まれている。

 良い傾向だとアルタイルは確信した。


 陽気なレイラが加わった事により、互いの不足を補う要素が揃ってきたように感じられるからだ。


 ――一人で事を成し遂げるのは何事も苦難である。

 しかし、それを仲間と手を取り合うとどうか。


 2人だと2倍、3人だと3倍の事を成し遂げる事が出来る。

 3人よれば文殊のなんたらだ。


 だが、この簡単な事が意外と難しい。

 この関係に至るまでには信頼が必要となるが、その構築が最も難儀だからだ。

 

 一方で、ここまでの旅と拘束という体験からの緩和から、アルタイル達には、互いに信頼関係が芽生えていた。

 緊張と緩和の効果だろうか。


 そこでアルタイルはアマリア、レイラとも深く関係を築きたいと考えていた。

 だが、一つの憂虜がそれを拒む。


 そのまま3人は庭園の真ん中に敷かれた一本の石畳の道を進む。


 そして、鉄格子の城門をくぐった。

 鉄の擦れる甲高い音を響かせながら開門。

 左右には門番が構えているが、こちらには一切感知しない。

 関与する気は無いらしい。

 

 これで名実共に解放だ。

 ここでアルタイルが一つの事を切り出そうと足を止める。

 その様子にアマリアとレイラは懸念の瞳を向けた。


「どうしたんですか?アルタイル?」

「あぁ、どうしたんだよアルタイル」


 アマリアとレイラから疑問の声を浴びる。

 しかし、アルタイルは沈黙で答えた。

 そして静かに唇を動かす。

 

「それぞれの目的を果たしたら、アマリアとレイラには早く王都から出て欲しいんだ」

「はぁ?……何言ってるんだよ。苦難を経験した仲じゃないか。もう少し王都を一緒にいても良いんじゃないか?散策やら何やら」


 アルタイルの突拍子の突いた発言。

 それはこれきりで関係を断絶を遠回しな言い方に変えただけだ。


 レイラの言う事も納得できる。

 ここまでの経験を出来た関係も中々無いだろう。

 しかし、アルタイルは未来に恐れていた。


 それは「神龍教会」の動向だ。

 もし、このまま王都に滞在していては「神龍教会」とのいざこざに巻き込まれるかもしれない。

 それは死をも脅かす。

 決して生温いものでは無いだろう。


 勿論、確証は無い。

 だが、可能性は極めて高く、憂虜すべき懸案だ。


 この2人には安全でいて欲しい。

 という考えがアルタイルの胸中を支配したのだ。

 いや、関係を深める程、失う時の喪失は大きい。

 ……失う恐怖から逃げようとしているのかもしれない。


「何言ってるんですか。私はアルタイルについて行きますよ」


 それは一瞬の間もない即答だった。

 灰色のもやが掛かった脳裏をその言葉が綺麗に払って行く。


 アマリアは柔らかい表情で赤い瞳をアルタイルに向けて応えた。


 真っ直ぐでブレない眼差し。

 その瞳はアルタイルの胸中を見透かし、それでもって苦難を共に乗り越えようとしている強い意志を孕んでいる。

 ――アルタイルはそんな感覚を抱いた。

 

「私も付き合っていいさ。アンタらと一緒にいると面白い事を経験出来そうだしな!」


 迷いも無いハッキリとした口調でレイラが続いた。


 裏も表もない。

 そんな声音だ。


 ここまで潔いと、曇った表情をした自分が馬鹿らしくも感じられた。


 一体何を恐れているんだと。

 失う恐怖?

 失わなければいい。

 失う事の無いようにガッチリと手を掴むのだ。


 それが仲間だろう。

 短略的な考えだが、今のアルタイルにはそれしか思い付かない。


 レイラとアマリアが口を揃えた返答は内心、アルタイル自身が願った事でもある。

 その様子にアルタイルは大きな溜息が出た。


 だが、それは落胆からでは無い。


 表情には出さないが、

 それは喜びの感情が孕んだ溜息だった。


「……ありがとう」

 

 その一言は、唇から漏れるように呟く。

 だが、それ以上に大きな感謝の意が込められていた。


  

 

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