第32話「大司教」

アルタイルは3人の騎士に囲まれながら王宮の外に出た。

 その向かう先は大聖堂だ。


 ――かつて来た記憶のある懐かしい建物である。

 それは17年前だったか。

 アルタイルは懐かしい記憶を脳裏に浮かべる。

 当時は「失われた属性」とやらで狼狽していたが。


 ちなみにここは同じラ・ロレンス地区内の為にそこまで距離は無い。


 警護の騎士達に囲まれながら街道を進むと、すぐに大聖堂に着く。

 周囲からは一般人からの視線に晒された。


 一本の大通りに落ち着くと、真っ直ぐ進んだ先にゴシックな教会が佇んでいる。

 それが大聖堂だ。

 

 その正面入り口には、

 白い衣装に身を包んだ祭司が一人待機していた。

 

「お疲れ様です。ここからはわたくしがご案内しますので後はお任せ下さい」

「分かりました。では身柄を大聖堂へ渡します。何かありましたらご一報ください」


 騎士と祭司のやり取りを聞きながらアルタイルは中へ。

 17年前と全く変わらない内装に懐かしむ。

 高い天井に左右対称に整然と並べられた長椅子とカラフルな窓。

 その窓からは柔らかい日光が差し込み、広い空間に神聖さを齎していた。


 唯一異なる所といえば、自分を取り囲む状況だ。


 まさか17年後に容疑者として再訪するとは夢にも思わない。

 人生何があるか分からないというがその通りだと痛感する。

 そもそも異世界に転生する時点で常軌を逸しているが。


「アルタイル・オリヴァー殿。ここでお待ちを。もうすぐ大司教様がお見えになります」

「あっはい。わかりました」


 軽い会釈をすると祭司はそのまま教会の外へ消えていく。

 指示に従うまま、短い時を過ごすと前の祭壇から足音を立てて降りて来る気配がした。


 視線をその音の方に向けると、白髪の頭髪と髭を蓄えたお爺さんがゆっくりと降りて来ている。

 17年も経っているのに記憶と何ら変わらない姿だ。


「これはこれは。シリウスのせがれよ。アルタイル君久しぶりじゃな。とは言ってもわしのことは覚えていないじゃろうが」


 ……覚えている。

 アルタイルはクッキリと大司教の事は覚えている。

 当時は赤ん坊だったかもしれない。

 だが、アルタイルは転生者であり、精神は成熟した17歳だったからだ。


 しかし、遠くにいる筈なのにまるで近くにいるかのように声が脳に届く。

 これも魔法の力なのだろうか。

 アルタイルは疑問を抱くが、もう一つの疑問を先に優先して声に出した。


「シリウス・オリヴァー……俺の父は今王都のどこにいるか知っていますか?」

「シリウス……?まだこの王都に来たと言う情報はわしの耳に届いていないが?」


 大司教は、不思議そうな瞳で俺を見据えている。

 嘘を言う理由もないだろう。


 だが、おかしい。

 父がロンド村を出発してもう10日以上が経過している。

 順調に行けば既に王都には到着している筈だ。

 何かあった可能性が高い。


「大司教。お話があります」


 アルタイルは思い切って口を開いた。

 容疑者の身分で質問をするのは無礼に当たると承知はしている。

 だが、伝えねばならない。

 ここに来たのはその為だ。


 その引き締まった表情の様子を見て大司教はアルタイルの次の言葉を待つ。


「俺はこの王都に「神龍教会」が近づいている事を知らせに来ました」

「………そうか」


 大司教はアルタイルの言葉に疑う様子もなく

 素直に傾聴している。

 虚妄だと言われてもおかしくないが、最後まで話をする事にした。


「ロンド村周辺で神龍教徒を見掛けたのを始め、この王都に来るまでの間に再び神龍教徒に遭遇しました」

「……ほう。その表情から察するに誠か?騎士団からの報告とも一致する」

「えぇ、だから俺達は聖王国に対して攻撃をしに来た訳ではないのです!」

「ホッホッホ。そうか。ワシから騎士団長へ取り合ってみよう」


 柔らかい表情で大司教は返事をした。

 その言葉を聞いた瞬間、心が少し軽くなる。

 今頃どこかで聴取を受けているであろうアマリアとレイラを解放させる事が出来るからだ。

 彼女達は自分の旅に巻き添えにしたに過ぎない。

 自分と関わらなかったら彼女達はもっと効率的に聖王国へと入国して、目的を果していたのではないか?

 そんな仮定が胸を締め付ける。


「では、次はワシからの質問で良いか?」


 大司教が声を発する。

 アルタイルはその質問に首肯した。


「あの龍は一体どう言った存在か存じているか?」

「いえ……、いきなり現れて俺たちを救ってくれただけで詳しくは分かりません」

「そうか。あの龍はワシの拝見した所、「龍王」じゃ」

 

 アルタイルはその言葉を聞いた瞬間、脳内でその単語を検索する。

 「龍王」は確か各属性系統の龍種で頂点に君臨する種だった筈だ。

 各属性系統に1匹ずつ存在する。

 そして、脳の中で時間が止まった。

 そんな崇高な存在に力を借りていた事に現実を受け止めたからだ。 

 だが、一体どの属性なのか?


「………それはつまり、どれかの属性の頂点では?」

「あぁそうじゃ。しかし、既存の属性のどれにも当てはまらない。お主ならわかるんじゃないかの?」


 どの属性にも当てはまらない。

 存在しない属性という事だろう。

 アルタイルにはその属性に心当たりがある。


「つまり……雷属性」

「左様。あの龍は雷属性を操る龍種の中での頂点。それをお主は使役したのじゃ」


 アルタイルは息を呑んだ。

 何かまずい事でもしてしまったのか不安に駆られたからだ。

 崇高な存在を王都までのタクシー扱い。

 それは誇りの高い龍にとってまずい事でだったかもしれない。

 

「いやはや、お主は勘違いしておる。別にそれが悪い事という訳では無い。問題はなぜ龍がお主に隷属するかのように行動したかという点じゃ」


 大司教はアルタイルの苦悶した表情から思考している内容を読み取ったのか、アルタイルの一抹の不安を否定した。

 

 しかし、なぜ指示に従ったのか。

 それはアルタイルにとっても最大の疑問の一つだった。


「お主も分からないようじゃな?」


 理由の思考に耽っていると大司教から言葉が掛けられる。

 相変わらず大司教は表情から心理を当てるのが鋭い。

 人生経験の差だろうか。

 アルタイルは大司教の前では隠し事ができない事を悟った。


「では、話は一旦これで終わろう。お主らの身柄はじきに解放されるじゃろう。龍の扱いは騎士団に委ねられるじゃろうが」


 と、大司教から話の終わりを打ち上げられた。

 アルタイルはそれに同意。

 無理に話を伸ばして不興を買うのもまずい。


 ゆっくりと聖堂内の出口へ歩いた。


 そして、観音開きの扉から大聖堂の外へ出る。

 外では、待機していた騎士達に再度身柄を拘束されて王宮の方へ戻った。

 

 

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