第31話「拘束」

王都内の一部地域では大きな騒ぎが起きていた。

 一体の紫の龍が空から舞い降りたと言うのだ。

 そこでは家屋が倒壊し、粉塵が空を待っていた。


 聖騎士団の半数が出動し、事態の収集に努める。


 この事態を引き起こしたとされるのが、その龍の背中に乗っていた3人の少年少女。


「……おい、アマリア、レイラ。大人しく投稿するべきだよな…?」

「当然です!反撃すれば国家転覆の罪で起訴されますよ!」

「おいおい!それはヤバすぎる!」


 アルタイル達の表情に余裕は無い。

 それほど事態は詰まっているのだ。


 「神龍教会」の動向を伝えたくて訪れたのに国家転覆の罪で捕まるのは洒落にならない。

 アマリア、レイラもそれぞれ別の目的があってここに来た。

 なんとか、弁明する必要がある。

 

 だが、周囲を一望すると見えるのは瓦礫の山。

 龍の荒々しい着陸によって被害が拡大していたのだ。

 これだけ見ると自分達が捕らえられるのに十分な理由を持っている。


「そこのお前ら!下手の抵抗をすると容赦はしない!大人しく投稿しろ!」


 聖騎士団から再三繰り返される降伏勧告。

 魔法を放たんと杖がこちらに向けられる。

 警告に従うしか無い。

 逆らった場合は……想像もしたくない。


「よし、アマリアはそのまま降りろ。レイラは大剣を下ろして投稿。俺は最後でいい」

「わかった。アンタも変な気を起こすんじゃないよ」

「わかってる。俺の本来の目的は捕まりにきた訳じゃない」

「ハハハ、当たり前だ」


 その会話を終えた後、アルタイル達は聖騎士団の指示に従うままに、龍の背中から降りた。

 王都の地面に足をつく事によって初めて旅の終焉を感じる事ができる。

 ……筈だった。


 その達成感とは裏腹に激しい焦燥感。

 まさか、聖騎士団からこんなにも冷たい歓迎を受ける事になるとは思いもしなかったのだ。


「波瀾万丈だな……。しばらくは、ゆっくり休む事も出来なさそうだ」


 アルタイルは小さく今の境遇を嘆いた。


 抵抗する様子の無い一行を騎士団が周囲から取り囲む。

 そして手首に冷たい物が付けられた。

 ……手錠だ。


 手の自由を奪われたアルタイル達は騎士団に連行されるままに、王宮の方へと向かい始める。


 周囲からは無数の視線が浴びせられている事に気づいた。

 集まった民間人がこれ見よがしに集まっているのだ。

 

 あの瞳には、アルタイル達がただの罪人としか映っていないかもしれない。

 だが、自分の目的を果たす為に

 その冷たい視線を打ち消す覚悟がいる。


 日数的に「神龍教会」がこの王都に来るのには頃合いなのだ。

 アルタイルは見てきた事実をどのように伝えべきなのか頭を捻る。

 

 

 龍の正面に仁王立ちでアルタイル達を睨む人影がある。

 …グレイス聖王国騎士団副団長、

 アブラク・コラスだ。

 彼はこの事態の鎮静を指示している。


 その様子は顎に手を添えて、

 この龍の姿に釘付けになっている。

 まるで幼い子が何かに興味を持って物を見るかのようにだ。


 その姿に一兵の騎士が声を掛けた。


「……副団長、あの龍はどうされますか?」

「見た事がないんだよなー……あの龍。…聖教会の力を借りよう。大司教様ならきっと何かを知っているかもしれん」

「わかりました。教会の方へ連絡を入れます」

「頼む。あの龍は縄でも使って縛り上げろ」

「ははっ!」


 その命令の元、太い丈夫な縄が用意され、

 騎士団総出で拘束し始めた。


 激しい抵抗を予想されていたが、

 それに龍は抵抗する事なく、大人しく縄に収まる。


 ……龍にはアルタイルから「何があっても大人しくしろ」と入念な忠告があった為だ。


 その事実を知る筈もなくアブラクは頭をかしげる。


「この龍はなんでこんなに大人しいんだ?」

「何故でしょうか?単に弱っているだけでは?」

「……そうだといいんだがな。本気で抵抗されたらひとたまりもないしな」

「何か気がかりが?」


 副団長は一つの懸念に眉を顰めていた。


 それは龍の従属性だ。

 龍が人の指示に従う事はあり得ない。

 人間は龍にとって下位に位置する種族だからだ。

 だが、この龍は大人しく人間の指示に抵抗なく従っている。


「まさか……。あの3人が従えていたとでも言うのか……?」

「……はい?」


 副団長は一つの可能性に辿り着いた。

 その呟きに、控えていた騎士が呆気の声を漏らす

 アブラクも勿論、そんなはずはないと心の中で何度も反芻はんすうしたのだ。

 だが、龍の背中に乗ってここに現れた事実は無視する事は出来ない。


「あの3人の取り調べは慎重に行え。これは何かデカいヤマになるかもしれん」

「デカいヤマ……ですか。わかりました」


 短い返事を返すと騎士は走り去って行った。


 アブラクは連行されていく3人に視線を送りながら腕を組む。


 やがて3人の姿が見えなくなった。


 今度は目の前の龍を瞳に映す。

 龍の視線は浴びるだけで体に傷が走りそうになる程、鋭いものだった。

 全身から走る電光は周囲の人間が近づく事を拒否している。


 この圧倒的な龍の覇気の前に平静を保つ事は難しい。

 龍が体を動かす度に、拘束した縄はうねりをあげている。

 今にも引きちぎれそうだ。

 その都度、「おぉ」と言う声が周囲から漏れた。


 その様子にアブラクの体は近付けない。

 近づけば目の前に死がある事を本能が訴えかけているのだ。


 少し龍から距離をとってアブラクは語り掛ける。


「……お前は、何属性なんだ?」

 


 石の壁で包まれた殺風景な部屋に鉄格子の窓が付けられた場所でアルタイルは連れ込まれた。


「…いったいな。もっと優しくして下さいよ」

「黙れ。貴様にはこの扱いがお似合いだ。贅沢な待遇を受けられると思うなよ?」


 帰ってきたのは粗暴な対応だ。

 まるで聞き耳を持たない様子である。


 アルタイルは体格の良い騎士団数人に体を抑えられながら、そのまま汚い机の上に座らされる。


 刑事ドラマで似たような状況を何度も見てきた。

 犯人が刑事達に蹂躙される恐ろしい現場だ。

 それが自分にも降り掛かると考えるだけで汗が止まらない。


 真実を語っても果たして聞き入れてくれるのだろうか。

 1番の問題はそこだ。

 訴えも向こうの怒鳴り声で打ち消される可能性が高いのだ。

 

 正面には強面の男1人が座り、

 後ろに紙と筆を持った人物が控えている。

 担当官と書記係と言ったところか。


 これから、アルタイル、アマリア、レイラは個々の部屋に移されて、取り調べが始まろうとしていたのだ。

 重い空気がのしかかる中、鋭い視線がアルタイルを捉える。


「貴様の名前は?目的は何だ?」

「……俺の名前はアルタイル・オリヴァー。王都に来たのは親父に続いて「神龍教会」の動向を伝えに来ただけだ」

「オリヴァー、だと?貴様の父の名は?」

「シリウス・オリヴァーだ」

「……なに?」


 父の名前を出すと、担当官と思われる人物は外部の者との連絡をとる為に部屋を一時退出した。

 シリウスの名前に何か意味があったのか?


「……おっほん。続ける」

 

 すると、再び担当官が部屋に帰って来る。

 先程と表情は寸分も変わらない。

 卓上に肘をついて取り調べを再開した。


「貴様の話を詳しく聞こう。「神龍教会」と言ったな?それはどう言う意味だ?」

「俺の故郷はロンド村だ。だが、その小さな村の近辺で神龍教徒が現れたんだ」

「……何だと?それは本当か?」


 担当官の硬派な態度は、部屋に戻ってきてから

 少し柔らかくなっていた。

 こちらの声を聞き取る姿勢に変更したのかもしれない。

 行ける。

 アルタイルは一筋の光が降りてきた事を感じた。


「あの龍はどうした?」

「インゲルス山脈で出会ってここまで乗せてもらった。俺とあの龍は友好関係にあるんだ。何度も助けてもらってる」


 その一言を放った瞬間、机が宙に舞った。

 俗に言う「ちゃぶ台返し」だろうか。

 こんな前時代的な光景を実際に瞳に納める事が出来るとは。

 

 担当官が激情の瞳で机をひっくり返した際、

 その突然の出来事に思わず肩は浮く。


「貴様っ!いい加減な事を言うとその舌を捻じ切るぞ!」

「………」


 何かの琴線に触れたようだ。

 恐らく、アルタイルの言動があまりにも信用できなかったのだろう。

 その態度は入室直後よりも硬化した。

 顔面には血管を浮かべて、こちらを見下ろしている。


 だが、アルタイルも真実を言ったまでだ。

 覆すつもりは無かった。

 恐怖で従えられると思っているのなら間違いだ、

 とアルタイルは強気の姿勢を崩さない。

 

「何度でも言うぞ。俺は龍と友好関係にあって……」

「舐めるなよ!龍と人間が意思疎通を図れるか!」


 担当官の拳が強く握られ、上から振り下ろされようとする。

 あの一撃を喰らったら意識が飛ぶ事を確信しながら、

 アルタイルは、身構えた。


「――おい!何してる!」


 突然、扉を開けて声を上げたのは騎士だ。

 その一言が振り下ろされる鉄拳を未然に阻止してくれた。


「邪魔をするな!元団長のせがれでもこうまで舐められるたぁ黙っていられねぇ!」

「そんな横柄が認められるか!査問委員会に突き出すぞ!」

「……ぐっ!」


 気の早い担当官だ。

 今まであの態度で問題を解決してこようとしてきたのだろうか。

 その浅ましい考えに溜息を吐く。

 

 そんな担当官を騎士は一蹴。

 事態は収束した。

 黙らせると、騎士はアルタイルに視線を移す。


「大司教様がお呼びだ。君、来たまえ」

「………え?」


 騎士が手を招いて部屋を出るよう誘導する。

 なにより、大司教直々にお呼び出しらしい。


「……大司教?」


 そこでふと、脳裏に記憶が蘇る。

 17年前、王都で面会した髭面のお爺さんだ。

 気の優しいそうな人物だった。

 しかし、取り調べ中のアルタイルを呼び出せる程の権限を持っているらしい。


 アルタイルは席を立ち、出口に差し掛かる。

 奥歯を噛む担当官を尻目に部屋から解放された。


 

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