第25話「目覚め」
アマリアはゆっくりと瞼を上げると、紅い瞳をこちらに向ける。
「アルタイル…?どうしたんですか…そんな顔をし…ひゃっ!」
しっかりと名前を呼んでくれた。
よくある記憶喪失とかにはなっていない。
そうアマリアの意識が帰って来た事を確認すると、言葉の途中にも関わらず無意識にアマリアを抱き締めていた。
無事に救うことが出来た。
その事実が胸を縛っていた棘の付いた楔を決壊させ、緩和をもたらす。
言葉に出来ない感情が体を支配したのだ。
瞳からは涙が溢れ始めているのも感じる。
それは、頬を伝いアマリアの服を湿らせてしまった。
こんな姿を見たら情け無い奴だと思われるだろう。
前の世界でもそうだった。
感情が高まるとすぐに涙に変換されるのだ。
アニメの名シーンを見て涙。
映画のラストシーンでも涙。
転生しても自分の性根は変わっていない事を改めて認識した。
だが、そんな懸念を吹き飛ばす。
今はそんな事どうでも良かったのだ。
腕の中にいる少女が、こうして声を発してくれるだけで乾いた心は満たされる。
それで十分だ。
「よく帰ってきてくれた…良かった…本当に良かった…」
震える声で何度も繰り返した。
「はぁ…」
アマリアはその様子に最初こそ目を大きく見開いて狼狽するも、静かに溜息を吐く。
そして、アルタイルの背中に腕を回して優しく摩った。
「どうしたんですか。何かあったんですか」
と、柔らかい口調でアマリアは問い掛けてくる。
「あぁ!すまん!」
ふと我に帰ると、腕を解いてアマリアから離れる。
濡れた目元は服の裾で荒く拭った事により赤く染まった。
「アマリアが…中々意識を戻さないからな。お前を助けられる方法にこの湖の存在を知ったんだが…色々思う所があったんだ」
喉を震わせながら簡単に答えた。
だが、アマリアの問いに応えられている自信は無い。
今の不安定な心理状態では、詳しい経緯を説明する事は難しいからだ。
「私が意識を…?」
その返答を聞くと、アマリアは沈黙する。
その様子から断絶した以前の記憶を辿っているのだろう。
「ああ!そうでした!確か炎赤龍との戦闘でマナを使い過ぎて目の前の視界が白くなったんです…」
両方の掌をパンッと合わせると声を出した。
アマリアは以前の記憶を思い出した様だ。
「そうだ。そこから大変だったんだぞ」
肩をすくめると、笑みを含んだ表情で言葉を返した。
しかし、軽く言ったつもりの言葉をアマリアは深刻に受け止めた様で、視線を落とした。
「そうなのですか…。何やら迷惑を掛けてしまい、申し訳無いです…」
こうアマリアは謝罪をするが、受け入れる事は出来ない。
何故なら、謝るべきはこちらの方なのだ。
この事態に陥ったのは、アマリアが命を救おうとしてくれた結果に過ぎない。
「いや、アマリアが謝る必要は無いんだ。謝らなければならないのは俺の方だ。すまなかった」
それを聞くと蒼い短髪の髪を揺さぶりながら、アマリアは顔を横に振る。
「いえいえ!そんな事!私が迷惑を掛けたのは事実でしょう?それならお互い様って事で良いじゃないですか」
アマリアの寛大な判断には沈黙するしか無かった。
そんなアルタイルの様子を瞳に映すとアマリアは「ヨイショ」と腰を上げて周囲へ視線を移した。
「わっ!なんですかこの湖!光ってますよ!」
アマリアはいきなり大きな声を洞窟内に響かせた。
どうやら、光る湖の存在に気づいた様だ。
「ん?あぁ、その湖はたった今アマリアを救ってくれた湖だ」
「私の命を…?何を言ってるんですか?」
「つまりだ、その湖の光を飲むとマナを回復するらしいんだ」
「え?この湖そんな効能があるんですか!?」
「効能って。温泉みたいな言い方だな」
「…オンセン…?」
何か引っかかった様子のアマリアをスルーする。
だが、まるで子供の様にはしゃぐアマリアの姿を見ると心が和む。ついさっきまで数日間も生死の境を彷徨っていた彼女だ。
「アルタイル?その腕どうしたんですか?」
突然、アマリアが訝しげな瞳で見つめてくる。
その紅い瞳が映しているのはアルタイルの左腕だ。
その左腕は氷白龍との戦いで凍傷に罹っていたのだ。
肘から先は皮膚が冷たくなっており、白い斑点が浮き出ている。感覚は途切れ、まるで自分の腕では無い様に感じた。
「ん…氷白龍との戦いで凍傷に罹ったんだ」
「氷白龍!?アルタイルって龍との遭遇率高くないですか!?」
「そういえば…」
言われてみればそんな気がしなくも無い。
既に上位の龍種とは4体も遭遇している。
「炎赤龍」「氷白龍」「水碧龍」「紫の龍」だ。
その内1体は謎だが。
偶然なのか?
そう龍らとの戦闘を思い起こして沈黙する。
「それより、腕を早く治療しましょう。悪化したら切断ですよ」
とアマリアの声が意識に響いた。
それは困る。
「でもどうしたらいいんだ…?」
「まずはお湯をかけられれば良いのですが…」
アマリアの提案が凍傷に対する最適手段なのは間違い無いだろう。
しかし、ここは洞窟の中だ。
熱を生み出せる環境は揃っていない。
「ひょっとして湖の中に手を突っ込んだら治るか?」
「…かもしれません」
自信無さげにアマリアは答えた。
マナを回復させる事が出来るらしいが外傷にも効くのか。
ゆっくりと湖の方へと視線を向けて、左腕を水の中に沈めた。
アマリアもこの様子を見守っている。
すると不思議な感覚が皮膚を湿らせていく。
そして、暖かいのか冷たいのか分からない水が手の感覚を呼び起こした。
「…凄い」
思わず声が漏れた。
ボロボロになった腕が滑らかな皮膚に戻っていくのだ。
この湖の水は治癒に関して万能なのではないか。
少しでもいいから手持ちに残したい。
そんな欲が湧いてくる。
だが、これ以上の欲を満たそうとするのは良くないか。
アマリアを救い出せた。
今はそれでいい。
そう自分を問う。
そして、みるみると以前の状態に戻っていく腕を見届ける。
と、アマリアも完治していくこの腕に目を釘付けにしていた。
「本当に凄いです…。王国の治癒魔術師に匹敵する治癒能力ですよ」
「そうなのか?」
「はいっ」
アマリアは軽く頷いた。
治癒魔術師とやらにまだ出会った事は無い。
だが、この水の凄さはわかった。
前世では最先端医療技術を用いてもすぐにこの状態にする事は出来ない。
前世の固定概念をズタズタにする異世界の法則には感服だ。
やがて、腕は完治した。
ところで、ずっと気になっていた所があった。
広い洞窟に湖の光が届いていない暗い場所だ。
「アマリア、腕も治ったしあの遺跡みたいな所行ってみるか?」
「ん?遺跡…ですか?一体どこに?」
指を指して、その場所を示す。
湖の上にいた時は石レンガで出来た遺構を見かけたのだ。
ここからだとよく見えないが。
「行ったらわかる」
湖の周りを沿ってその場所に歩き始めた。
◆
1人で歩いていくアルタイルのその背中をアマリアは見ていた。
その場から動かずにじっと。
何故なら、アマリアは気付いていたのだ。
暗い無意識の中でもずっと暖かい何かが自分を支えていたことを。
手足が冷えようともそれは胸をずっと暖めてくれていた。
それがアルタイルだったという事に気付いた。
同時によくわからない感情が込み上げてくる。
その感情は心臓の鼓動を激しくさせてくるのだ。
何故かはわからない。
「何なのでしょうか…」
アマリアは胸に手を添えた。
そして、頬を少し赤らめながらアルタイルの言う場所を遅れて目指す。
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