第26話「太陽の下へ」
「遅かったな」
「いえ、少し考え事をしていただけです」
「そうか」
アマリアの到着が遅く、先に湖の岸を辿り目的地に着いていた。
アマリアの体調はまだ優れないのか。
無理もないか。
数日間も寝たっきりだったのだ。
それならあまり無理はさせるべきではない。
そう思いながら、視線を暗闇に包まれた方へと向けた。
視線の先には、均等に並んだ白く太い柱が洞窟の天井を支え、その下に苔が生えた石畳が暗闇の奥へと敷かれていた。
洞窟の中にこんな湖があるだけで理解に苦しむが、追い討ちをかける様にこの遺跡だ。
何かありそうなものだが。
そう思案しながら、ゆっくりと前へ進み始めると詳細が露わになってきた。
通路の両側を挟み込む様に柱やら模様の入った壁が並んでいた。
それはあまりにも風化していた。
触ると砂埃と共に崩れてしまうのでなないかと不安になる程だ。
湖の光はあまり届いていない為、全体ははっきり見えない。
「暗くてよく見えないですね」
「ああ、魔法の出番だな」
そう言うと、無属性魔法で光球を出現させる。
そして視線の先に溜まった闇を払い除けた。
「うわー…洞窟にこんな遺跡があるんですか」
「ロマンだ…」
2人でボソッと呟いた。
発動した魔法の光球によってある程度の視界を確保する事ができたのだ。
そこには散らばった金属器の盃、剣、木で出来た箱が散乱している。
数百年位の月日が経っているのかもしれない。
これは、歴史の教科書に載せられるのではないのだろうか。
携帯があれば、ひたすらにフラッシュを焚かせていただろう。
「ここら辺に落ちてる物って貰っていいんですかね?」
「別に大丈夫だろ」
アマリアが少し興奮気味にそんな事を話しかけて来た。
だが、別に問題はないだろう。
既に手放された物だ。
――結局、アマリアは何も拾わなかった。
生真面目な性格なのだろうか。
「拾わないのか?」
「いえ、冷静に考えたら、荷物になりますからね」
うん、正論だ。
前提としてこの洞窟を出られる事すら分からないのだ。
今はここから脱出する事を考えた方が賢明だろう。
「それにしてもアルタイルは、どうやってあの湖を見つけたのですか?」
「ん?龍の背中に乗ってたら、あの湖に転移したんだ」
「…どういうことです?」
言葉が少なかった様だ。
確かに普通に聞いたら大雑把すぎる説明だった。
敵ボスの居城まで辿り着くとボスが死んでいた、みたいな展開の早さだ。
少し、咳払いをして修正。
「インゲルス山脈の洞窟を進んでたら、積雪してる地表に出てな。そこで氷白龍に襲われたんだ。で、それを紫色の龍が颯爽と俺達を助けて湖まで連れて来てくれたって訳だ」
しっかりと要点をまとめられた説明だった筈だ。
しかし、アマリアが疑惑の目を向けてくる。
「いや、本当だって」
「私が知らない事を良い事に、話を盛ってませんか?」
詳細を語ると今度は疑われるとは。
悲しいな。
確かに龍が助けてくれたって言うのは都合が良すぎる。
事実なのだが。
助けてくれた理由はこっちにも分からないのだ。
「仮に、ですよ。例えそうだったとしたらもう一度湖から出ることが出来たんじゃないですか?」
確かにそれは一理ある。
だが、龍の言い方だとあの湖からは出られないみたいなニュアンスだったのだ。
もう一度出られるのならば、「ご武運を」なんて言わないだろう。
「えー…と、あの湖は転移する事は出来ても、出る事は出来ないんだ」
適当にそれらしい事を言った。
頼む。
これで納得してくれ。
アルタイルはこれ以上の追求が無い事を願った。
「根拠は…あるんですか?」
「…」
ですよね。
返答に困った。
そうアルタイルが苦心の表情をしていると風が吹いて来た。
微弱だが、それはこの先が行き止まりでは無いと言う事の証明でもある。
「風…ですね。どこか外に繋がってるんでしょうか」
「きっとそうだろう。うん。間違いない」
風に助けられた。
曖昧な言葉でこの場を切り抜ける事に成功だ。
内心、この道が行き止まりだとどうしようかと思っていた。
興味本意で遺跡の様な所に来てみると道が続いていただけに過ぎないからだ。
そんな事を脳裏に抱えながら、風の吹く先の方へ進む。
◆
「また凄い景色ですね…」
アマリアが小さく呟いた。
その声を裏に言葉が詰まる。
風の導くままに進んだ先には、巨大な円筒の様な空間が広がっていたのだ。
半径は50メートルは行く程の巨大な円筒空間だ。
視線をあげると、天井は高すぎて見えない。
かと言って、下に目を向けるとどうか。
そこには底なしの谷が口を開いている。
だが、行き止まりという訳では無かった。
この巨大な円筒空間の中央には石材で出来た螺旋階段がある。
それは見えない天井へと突き抜けるように上へと続いていた。
同時に円筒空間の深淵にも続いている。
どちらに行くのが正解か。
こう言う時は取り敢えず上に行く方が安心だと相場は決まっている。
進むは上だ。
多分。
しかし、その螺旋階段までには一本の細い石橋が続いている。
「―――はぁ」
まただ。
嫌な記憶が蘇る。
アルトゥス渓谷で似た様な経験をした事を思い出したのだ。
一本の橋を渡るのを躊躇し続けた結果、炎赤龍と遭遇。
そしてアマリアの昏睡。
今回ばかりは腑抜けた姿を見せる訳にはいかない。
またあの時の様な悪夢を起こすかもしれないからだ。
「アルタイル、大丈夫ですか?どうせなら私が手を繋いであげましょうか?」
深刻な表情のアルタイルを見兼ねてアマリアが声を掛けた。
一見、馬鹿にされている様だがアマリアの顔は真剣そのものだ。
少女にこんな心配をされるとは。
つくづく自分が情け無く思う。
「いや、大丈夫だ。むしろ俺がアマリアを背負って渡ってやりたいくらいだ。ここに来る時までみたいに、な」
そう言うとアマリアの顔が急に紅潮していくのがわかった。
それは怒りか、それとも恥ずかしさからなのか。
少し言い過ぎた事を反省した。
しかし、アマリアは何も答えなかった。
「ムッ」とした顔をしたまま1人で橋を渡っていく。
相変わらず肝が据わっていると感心した。
こちらも小心のままではいられない。
そう心を入れ替えると足を踏み出した。
◆
「アルタイル!やりましたね!この橋を渡れましたよ!」
「ん…あ、あぁ」
2人は円筒空間の中心、螺旋階段の手前にいた。
何事も無くすんなりと渡り切る事ができたのだ。
アルトゥス渓谷の時の様にぐずらずに、だ。
自分でも少し感心していた。
たが、何か腑に落ちない。
アマリアの対応は子供に対するそれなのだ。
あんなにみっともない姿を見せたとはいえ、ここまで過保護にされるのは心外だ。
「まだゴールじゃないぞ?この螺旋階段の上に着くまで何が起きるか分からないんだ」
「それは勿論です。ですが。これは大きな一歩ですよ。自分の弱い所を克服できると言うのは素晴らしい事です。簡単な事じゃないんですから」
アマリアはやけにベタ褒めだ。
何か裏を探ってしまう気持ちにすらなってしまう。
ただ、人の厚意を疑うのも失礼な事か。
ここは素直に受け入れておこう。
このやり取りの後、上へと視線を向けた。
高い。
ただその言葉だけしか出なかった。
高層ビル何階立てに匹敵する高さだろうか。
下手するとあの東京スカイツリーよりも縦の長さがあるんじゃないのか。
踏み外したら命は無い。
「死んだら…元の世界に戻されるのか?」
小さく自分にだけに聞こえる様に呟いた。
しかし、そんな事無いだろうと鼻で笑い飛ばした。
「――ん?何か言いましたか?」
「いや、なんでも。上を目指すか」
「そうですね」
その受け答えを合図に階段へと片足を掛けた。
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