第24話「光る湖」
龍の背中で高みの見物をする事にした。
そして、水属性の攻撃を繰り出していた敵が、正面に姿を現した。
それは、細長い胴体に翼をしており、体の色は全体的に水色だ。まるで首長竜に翼を持たせた様な雰囲気を感じさせる。
その竜の名前は知っている。
七色魔導辞典に、その事が記載されていた。
「
これまでに遭遇した「炎赤龍」「氷白龍」に並ぶ高位の龍種にあたる。
龍は基本的に各属性ごとに系統が分かれている。
さらに各属性の系統の中に順位があり、頂点に君臨する龍は「龍王」と呼ばれるのだ。
そこから順に第二位、第三位…と人間によって位が区分されている。
下位に下がるほど個体数は増え、そして弱体していくのだ。
その為に、頂点の「龍王」は各系統で一体ずつしか確認されていない。
その眷属である「炎赤龍」「氷白龍」「水碧龍」は火属性、氷属性、水属性の各系統で第三位に位置する龍種だ。
現在、敵対している水属性系統の龍は下位の龍種だと水中で活動するが、第三位である「水碧龍」にまでなると活動域は水中を超え空を舞うようになるのだ。
そして現在の嵐のように天候に影響を与える。
この騎龍中の竜がどの位置に区分されるのかは分からない。
雷属性の系統に属している可能性は高く、実力は各系統第二位と同等、もしくはそれ以上かもしれない。
たが、雷属性は失われた属性だ。
その影響はこの龍に関係あるのだろうか。
そんな事を逡巡する内に戦端が開かれる。
水碧龍は、「
「おお!うわっ!」
その一撃を紫の龍は回避し、当たる事は無かった。
そのまま嵐の彼方へと魔法は消失していく。
龍が回避する度に体が左右に持っていかれる為、落ち着いてはいられない。アマリアは紐で縛って背負っている為、そこまで心配はいらないが。
そうして必死に背中に掴まっている最中、龍の体が光り始める。
同時に自分の腕が熱くなり始めたのを肌に感じた。
そこで腕に目を向けると、
「ん?広がった?」
腕の一部にしか表れなかったアルタイルの紋様は、皮膚の上を広がっていたのだ。
どういうことか。
と、龍の反撃が始まる。
無数の雷の槍が嵐の中に生み出され、水碧龍を全方位から取り囲む。
逃げ場を与えられなかった水碧龍はその攻撃を全て浴びることになった。
太陽の光が差し込まない薄暗い空域を、幾つもの閃光が激しく照らし、遅れて爆発音の様な低音が鼓膜を刺激する。
その後に、瞳が映した光景は水碧龍が力を失い地上へと落ちていく姿だ。
やがて、嵐は止んだ。
またも紫の龍は一撃で打ち倒したのだ。
「―――。」
ここまで来ると空いた口が塞がらない。
見てきた限り、ほとんど無傷で敵対した龍を葬っている。
そう感心していると龍が急上昇を始め、さらに天へと昇っていく。
「っ!何だ!」
いきなりの行動であった為に、脳を働かせるよりも龍の鱗に掴まる事に意識を集中させた。
凄まじい速度で雲は横を掠めていく。
それは龍の上昇速度を物語っていた。
瞼を閉じ、手に力を入れて時が過ぎるのを待つ。
やがて風を切る音は収まり、暗い瞼の裏が明るくなった。
ゆっくりと瞼を上げると眩しい光に目を細める光景が広がっていた。
龍とアルタイル達がいる場所は、嵐であった分厚い雲を超えた先。
インゲルス山脈のはるか上空だ。
眼下には、白い雲海が山脈を隠しており、遥か遠くの地平線には懐かしい太陽が姿を見せている。
久しぶりの陽光は冷え切った体を暖かい光で包みこみ、一瞬の快楽をもたらせてくれた。
だが、龍の頭はさらに上を見据えている。
それに釣られてアルタイルも顔を上げた。
すると、視線の先は水面が波打つ様に空間が歪んでいたのだ。
まるで自分が水中にいて、水面を見上げている様な感覚だ。
『
疑問が脳裏を支配する中、それらを押し退けて声が流れ込んで来た。
それは、聞いた事のある声だ。
ここで一つの事を確信する。
「声の主はやっぱりお前だな?」
この上空にいるのはアルタイル、アマリア、そして紫の龍だ。
脳裏に声を流し込む事が出来るのは、この竜しかいないだろう。
それに龍は首肯する。
毎回、こちらへの返答に言葉で返してくれないのは何でだろうか。
長らく会話をしていないアルタイルにとってこの対応は寂しいものがあった。
(だが、この先に行けば欲を満たすってのはどういう事だ?俺の行きたい所は湖だが…)
疑問を解決した所でまた新しい疑問が生まれる。
そうして、首を傾げていると龍が上昇し始めた。
水面の様な空間の歪みにゆっくりと近づいているのだ。
その様子についつい息を止めてしまいそうになる。
龍の背中に乗せられたまま、空間の歪みに髪の毛から接触し始めた。目を閉じて、それを受け入れる。
その水面の様な接触面は、頭から足の全身を順に暖かく包み込んだ。
そこを通過したのと同時に目を開く。
が、驚いた。
瞳が映した景色は、岩の壁と天井が周りを囲む閉塞的な空間――洞窟の中だ。
境界を超えたアルタイル達と龍は巨大な洞窟の中にある大きな湖の水面に浮かんでいるのだ。
だが、洞窟は光が無ければ一切の光を生まない闇だ。
それが何故、魔法の光無しで洞窟の様子を知覚する事が出来るのか。
その理由は、この湖が光っているからだ。
湖の水が発光する事で暗い洞窟内を淡く照らしてる。
原理は不明だが普通の水質では無いことは明らかだろう。
(再び洞窟の中へと戻ってきたという事は、あの空間の歪みは転移する入り口だったのか?)
そのまま龍は湖の真ん中から岸辺へと動き始めた。
その間、周りに視線を向けていると湖の周りにはレンガが積まれた人口構造物が複数残されていた。
それらは朽ち果てており、遺跡と呼ぶのが相応しいだろうか。
この洞窟の中にある湖の周りに文明が築かれていたのか。
詳しい事はもっと近付いてみないと分からない。
やがて、岸に辿り着くと龍は翼を広げてアルタイル達を陸へ上げた。
『これ以上先に私は進めません。ご武運を』
脳裏に流れる言葉は、龍がこれ以上来れないという事を意味していた。
無論、幾度も助けてくれたこの竜に不満なんてあるわけが無い。
いや、会話をしてくれなかったのは少し寂しかったが。
なんて事を思いながら声を出した。
「ありがとう!本当に助かった」
洞窟にその声が響くと、竜は光る湖の中に姿を消した。
落ち着くと、
「恐らく、ここがマナを回復させる湖…だろう」
と判断する。
確信は持てない。
だが、疑う事に恐怖があるのだ。
ここで違っていたらアマリアを救う時間も手段も無い。
心臓の鼓動が荒くなるのを感じながら、湖の中に手を入れて、光る水を掬い出した。
アマリアを背中から降ろし、肩を支えながら地面に寝かせる。
そして、アマリアの小さい口から水を流し込んだ。
息を呑み、アマリアの反応を待つ。
短い様で長い時間が胸に刻まれた。
―――…
やがて、冷たかったアマリアの体が暖かさを取り戻していく。
「――ケホッ」
アマリアから小さな咳が漏れた。
「アマリア!」
その様子に、震えた声を漏らしてしまった。
声に気付いたのか、アマリアの瞼がゆっくりと上がる。
そして、紅く綺麗な瞳が輝きを取り戻した。
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