第23話「騎龍」
突然聞こえて来た声は誰の声だろうか。
人間の言葉を話せるのは、自分を含めてアマリアしかいないのだ。
しかし、意識が無いアマリアが口を開くはずが無い。
それに聞こえた声は男の声。
それはアルタイル達以外に誰かがこの場にいる事を意味している。
……脳裏に響いた声は意識を乱す。
その声に敵意は感じられなかった。
しかし、自分達以外にも他に人間がいるという疑念が平静を乱すからだ。
インゲルス山脈で遭遇するイベントは基本的に厄介事ばかりで、この声の主が敵として現れる可能性は十分に高い。警戒するに越した事はないのだ。
「いない、か」
しかし、そう思案するも周囲に人影は見当たらなかった。
視線を向けた先には吹雪と戦闘で露出した岩肌の光景しか広がっていない。
一周した視線は龍の瞳と再び交差した。
アメシストのような龍の瞳は一心にアルタイルを捉えており、その痺れる視線は心臓を射抜くように鋭い。
アルタイルは、空気さえ張り詰める中、手を顎に当てた。
そして、視線を白い地面に落として思案に耽る。
一つの可能性が脳裏によぎり、沈黙したからだ。
脳に働きかけ、その可能性があり得るのかを自分に問う。
だが、答えを導くには自分だけでは情報不足だ。
最も簡単な手段がある。
「――まさか、お前か?」
アルタイルは視線を再び上げると、声を発した。
ただ、尋ねれば良い。
一人で考え込むよりも合理的だ。
その尋ねた相手は、目の前に巨大な翼を下ろす紫の龍だ。
出現した龍と声のタイミングを考えると現実味が帯びる。
しかし、龍に人間の様な声帯がある筈が無いので、先刻の声は意識の中に直接流された可能性が高い。
魔法を用いれば言語、意思疎通の壁を越える事も可能だろうが、これが事実ならばバベルの塔を崩した神も顔面蒼白だ。
しかし、依然と問い掛けに龍は沈黙。
やはり、龍から発せられた言葉では無いのか。
それならば、敵の存在を意識しなくてはならない。
しかし、
「マナを回復する湖の場所を知っていたり…するか?」
真剣な眼差しを龍に向けて口に出した内容は、インゲルス山脈を探索する究極の目標だ。マナを枯渇し、深い無意識の波に呑まれたアマリアを救い出すのだ。
その為には、不確定要素が強いが、この湖の存在に
すると、その問い掛けに龍は首肯した。
思い掛けない返答を得られたアルタイルは、瞳に光を灯す。
アマリアの一件以来、アルタイルの瞳には
炎赤龍、神龍司教との戦いで、自分の弱点に気付いていたからだ。
――それは肉体での話では無く、精神における弱さだ。
肉体は新しく構築されても元の魂はそのまま引き継がれており、その不甲斐無い精神は魂に依存する。すなわち転生前の自分が足を引っ張っているのだ。
この世界でいくら強力な肉体を与えられ、姿形を変えようと根幹となる魂が弱点となっている。
この肉体に魂が伴っていない。
そんな事を思い悩み、瞳を淀ましていたのだ。
しかし今、アマリアを目覚めさせる事ができる活路が見出せようとしている。
それ故、瞳の淀みは鳴りを潜めた。
アルタイルを瞳に映す龍は、大きな翼を地面に着けるように前に差し出した。恐らく、背中に乗せようとしているのだろう。
その眼前の光景に思わず
アルタイルは敏感になっていた。
龍の行動一つ一つに神経を尖らせる。
(空を飛ぶつもりなのか?洞窟内の何処かにあるのなら空路は意味が無いような)
山脈は血脈のように洞窟が巡っている為、湖があるとしたら洞窟の何処かにある可能性が高いと考えていた。
龍がその洞窟の近くの入り口まで運んでくれるのか?
色々な思考が脳内で飛び交った。
しかし、考えていても埒が開かない。
恐る恐る立派な翼に足を乗せて階段のように背中の方へと移った。
その背中に座ると硬い皮膚が全身を覆っているのを認識しつつ、龍の鼓動が体に伝わってくる。
竜の頭を撫でた時から気付いていたが、龍の体に触れる度に腕の亀裂のような紋様は発現して淡く光っている。
失われた属性である雷属性となんらかの関係があるのかもしれない。
(あとこれは騎乗?では無いな。騎龍になるのか?)
そんな事を考えている内に龍の翼が大きく動き出した。
いよいよ、龍の背中に乗って離陸だ。
翼は大きく動かすだけで大量の風が生み出されるのがわかる。空気と翼の摩擦する音が轟音を伴っているからだ。
と、気付くと地表部分がだいぶ離れていた。
(もうこんな所まで上昇したのか、さすが竜だ)
と感心する。
次第に吹雪によって地表は完全に見えなくなった。
竜の周りは吹雪に囲まれて視界は白一色だ。
ホワイトアウトと言ったところか。
だが、龍の背中の安心感は素晴らしい。
この猛烈な吹雪の中を一切ブレる事なく、まっすぐに飛んでいくからだ。
◆
次第に吹雪は収まり、雨が降り始めてきた。
吹雪エリアから降雨エリアに入ったのだろう。
先程まで寒冷の場所にいた為、衣服が濡れると体温が大きく奪われる。出来るだけ濡れない方法は無いかと思考を巡らせた。
しかし、その心配は杞憂だった。
横殴りの雨は龍を避けるように降り注いでいるからだ。龍の近くに雨粒が来ると、クルッと方向を変える。
今気付けば、騎龍してから吹雪も全然浴びる事が無かった。
どういった効果なのかわからない。なんらかのバリアを張っているのか。
そんな事をぼんやりと考え、景色を堪能していた。
龍の背中に乗ることなんて貴重な体験だろう。
おまけに雨風は龍を避けていく。
まるでファーストクラスの一等席、いや以上だ。
すると、次第に嵐になり始める。
雨と風の音だけを聞きながら悪天候に目を遣る。
「……ん?なんだ?」
アルタイルは前傾姿勢になりながら目を細めた。
その嵐の中に大きな影を瞳に捉えたのだ。
一瞬だったが、その影は翼らしきものを広げていた。
「また何かの龍か?」
どれだけの種類の龍がこの山脈にいるのか。
肩をすくめると、周辺を警戒する事にした。
数刻後、頻繁にその影が表れるようになった。
それは、すぐに見失ったが、こちらの周りを飛んでいるようだ。
何かを伺っている様子だ。
雲に隠れた跡へ目を細めていると、いきなり紫の龍が大きく急旋回をした。
何事かと視線を龍の頭へと向けると、前方から襲ってきた水の波動が横を掠めたのだ。
それを回避する為の急旋回だと理解する。
だが、この水の波動は見覚えがある。
アマリアが炎赤龍に使っていた水属性魔法「
それらを材料に考えられるのは、
――水属性を司る龍の攻撃。
先程までは様子を伺い、偵察していたが攻撃の段階に入ったという所だろうか。
アルタイルは深呼吸をして状況を冷静に整理する。
だが、今回はそこまで深刻に考えようとは思わない。
なぜなら「氷白龍」を瞬殺したこの竜に乗っているのだ。
「今回は任せた。紫の龍」
アルタイルはボソッと呟いた。
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