第22話「龍の力」

 ――吹雪の音に紛れて、大きく羽ばたく音が近づいて来る。


 それに気付き、白銀の空へと瞳を見据えた。


 顔を上げた視線の先には、頭上を旋回する大きな影があった。

 それは60メートルは越えるだろう大きな翼を持っており、羽ばたく度に吹雪が掻き乱されている。


 空を飛ぶ巨大な生物には良い記憶が残っていない。


 似たような記憶を辿ると炎赤龍との戦闘が挙げられるからだ。

 その戦いでアマリアは意識を失ったのだ。


 唯ならぬ気配を肌に感じ、冷たい汗を背中に流す。


 次の瞬間、白銀の空から無数の鋭い氷塊が雨の様に降り注いだ。

 突然の出来事に雪に足を奪われている体は反応が遅れた為、「雷環」を発動する。


 雷の竜巻を展開し、壁にする事で防ぐ為だ。


 激しい炸裂音が響く中、雷の竜巻によって風向きが乱され、吹雪に僅かな隙間が生じる。


 敵の正体を明らかにしようと、その隙間を凝視した。


「――嘘だろ…」


 瞳に写した光景に思わず声が漏れた。


 吹雪の合間から見えた敵の正体は、白く長い首と尾に氷の様な翼を持つ龍だ。


 それは炎赤龍と同位に位置する高位な龍種、「氷白龍ひょうはくりゅう」。


 氷属性をつかさどり、この吹雪の舞う環境下では炎を司る同位の炎赤龍よりも厄介で、聖王国騎士団一個師団や並の魔術師連隊でも苦戦する程の大物らしい。


 ここで、山脈の天候を激しい吹雪に変えていた原因の一つがこの氷白龍だと判明した。


 しかし、問題はこの危機をどう乗り越えるかだ。

 この氷雪エリアは氷白龍にとって圧倒的に有利な環境にある。

 ――思考を巡らした結果、遠距離魔法で反撃する事にした。


 「雷弾エレクバレット」を白い空に複数放った。

 だが、華麗に回避されて氷白龍は吹雪の空に姿を眩ます。


(見えない所から攻撃を続けられるのは厄介だな…)


 瞳には焦燥の色を浮かべ、白銀の空に消えた氷白龍の跡を目で追う。


 そして、再び氷塊が吹雪の上から降り注いだ。


 「雷轟一閃」を氷塊の雨に向けて放ち、空中で両者の攻撃は邂逅する。氷塊は細かく砕けて、吹雪の中に散っていった。


 見えない所から迫る攻撃を迎撃する流れを繰り返し、戦闘は泥沼化が予想された。


 どうにかして、氷白龍を一撃で沈めるには「天雷一閃」を直撃させるしか無い。


 だが、目標の位置が不明確である上に動き回る相手となると、今のアルタイルにとって直撃させるのは至難の技だ。


 ――だが、やってみるしか無かった。 


 そう思考を巡らせていると、氷白龍から放たれた絶対零度のブレスが背後から迫る。それは、大気を凍らしながら直進し、周囲の雪を吹き飛ばした。


 直撃を免れ、衝撃で飛ばされるが雪の絨毯がクッションがとなり、着地のダメージを低減してくれた。


 しかし、ブレスを掠めた左腕は凍傷にかかり、麻痺を起こす。


 そこで、氷のブレスで氷白龍のおおよその位置を掴み、先を予測した場所に「天雷一閃」を叩き込む事を考案する。


 予測撃ちになる為、命中するかどうかは神のみぞ知ると言った所だ。


「――よし!そこだっ!」


 氷白龍は、空を旋回する癖があるかどうか不明だが、同じ軌道を飛行している。

 そこから予測すれば命中する可能性は高い。


 声と共に「天雷一閃」は発動した。


 吹雪の壁の向こうで雷が光るのを確認すると、遅れて雷鳴が耳に届いた。


――――…


 周囲の空に警戒をしつつ、淡い期待を寄せると吹雪の向こう側に意識を向ける。


 しかし数刻後、無数の氷塊が9時の方向から撃ち込まれてくる。

 間一髪それを「雷環」で防いだ。


 ――その攻撃から、結果は空振りしたという事が判明する。


 「天雷一閃」は威力が高い分、コントロールが難しい。

 取り敢えず洞窟の中への一時撤退を視野に走り出す。


 すると、再び大きく羽ばたく音が近づいて来る。

 この音は相対している氷白龍とはまた別の音だ。


「――新手か!?」


 声を漏らすと、焦燥の混じった瞳で空を振り返る。


 吹雪の中を豪風を纏って近づいて来る影を視界に捉えた。

 それは氷白龍と同様に大きな翼を広げているのが分かる。

 恐らく、氷白龍の仲間だろうと判断した。


 1体ですら苦戦を強いられる環境にあるが、さらに1体。

 悪戦必死は避けられない。


 しかし、新たな影は氷白龍よりもさらに一回り大きく、紫色の光を放っていた。


 それは、七色魔導辞典に記載されていない特徴を持っている竜だ。


(…一体どの龍種…だ!?七色魔導辞典にも記載されていない!もしくは俺が読み逃していたのか?)


 脳内で逡巡するが、洞窟へと戻る事に意識を集中する。

 その正体不明の龍の影はそのまま飛行し続けているのが、背後からの音で判断できる。

 

 やがて、洞窟の穴を視界に入れる。

 と、後ろから重低音が響き渡り、鼓膜を刺激する。

 その音につい意識が向けられ、顔を振り返った。


 ――振り返った視線の先の光景に瞳を白黒する。


 突如現れた紫色の巨龍は、氷白龍に突撃していたのだ。

 その威力に氷白龍は大きな咆哮を上げ、空中で大きく体勢を崩す。


 氷白龍は空中で胴体を捻りながら体勢を整えると、攻撃をして来た龍へ鋭い視線を向けた。


 そして氷白龍は反撃に出る。


 己の周りに複数の魔法陣を展開すると、強大な氷塊の槍を複数出現させ、紫の龍へと矛を向ける。


 やがて、豪風を纏って氷塊の槍は放たれた。


 一方の紫の龍は、滞空しながら電光を体から放ち始める。

 すると、紫の龍を中心に雷の竜巻が発生した。


 その雷の竜巻は放たれた氷塊の槍を全て粉砕し、氷白龍の元まで襲う。


 この魔法に親近感を覚え、脳内でその記憶を当て嵌めた。


(――あの魔法…俺の雷環と似ている…?)


 雷の竜巻を出す「雷環」だ。


 雷属性でしか発動する事が出来ない魔法を突如、目の前の龍が使うのだ。

 違和感がある。

 

 

 やがて、攻撃を浴びて空中で体勢を崩した氷白龍は、山脈の斜面に叩き付けられていた。


 紫の龍は上空を悠然と飛び、氷白龍を視界に捉えると、続いて雷の様な波動を口から放つ。


 その威力は凄まじく、斜面に積もった全ての雪を瞬時に融解させ、元の岩肌を露出させるほどだ。


 あまりの眩しさと轟音に目を瞑り、耳を覆う。


 その一撃で氷白龍は虫の息になり、力無く横たわった。

 吹雪が止まない事を考慮すると、完全に仕留めてはいない様だが。

 あの実力を鑑みると故意に殺していない可能性が高い。

 

 その龍の圧倒的な力を見たアルタイルは、呆然と一連の戦闘を脳裏にフラッシュバックさせる。


 この世界で龍種は人間よりも高位な存在であり、人間の基礎スペックを遥かに超えている。

 それを実感する光景だったのだ。


 人間は神から知恵と魔法を授かり、文明を築いた。優れた知恵を持ち、魔法を操る事が強さなのだ。


 しかし、巨大な体で空を舞い、人間の基礎を大きく上回る生き物が、さらに魔法まで扱い始めると人間に勝ち目はあるのか。

 そんな疑問を脳裏で抱く。


 氷白龍を圧倒した紫の龍は、アルタイルの姿を見据えると、大きな翼をゆっくりと動かしながら眼前へ降り立つ。

 それに伴う風が髪を激しく揺らした。


 この龍は近くで見るとより一層迫力があり、電光を放つ体はには、長く戦いに身を投じて来た歴戦の傷跡と呼べるような傷が多く刻まれていた。

 周囲の空気を重くする竜の覇気はアルタイルの身を硬くし、額に汗が伝う。


 味方か。それとも敵か。


 今までの氷白龍への攻撃から察するに、雷属性を操っている可能性が非常に高い。

 

 しかし、自分と同じ属性を操っている可能性があるだけで味方と判断するのは安直だ。


 どちらにせよ、この龍には敵わない可能性が高い。

 この環境下で氷白龍を瞬殺したのだ。

 だが、最後の抵抗とばかりに剣を構える。


 洞窟に退避したとしても外から先刻の波動を放たれたら、と脳裏に浮かべ、洞窟内へ撤退する選択肢を消したからだ。


 残された選択肢は、この龍と対峙するのみになる。


 しかし、次に龍がとった行動に思考を停止させる。


 絶大な力を見せつけた紫の龍はアルタイルに長い首を動かすと、こうべを垂れたのだ。 

 その姿はまるで服従の姿勢を見せているかの様にも見える。

 これまでに驚く事は幾つも記憶に刻んで来たが、初めて魔法を発動した時以来の驚きが再来した。


 1人の人間に龍が頭を下げているのだ。

 驚くのも無理は無い。


 だが、無意識に警戒を解くと、剣を下ろして龍の頭を撫でていた。

 体が勝手に反応していたのだ。


 不思議なことは重なり、腕の紋様は共鳴する様に発現している。


 魔法を発動する時のみ発現する紋様だ。

 今の状態で発現するのは極めて珍しい。

 

 ふと、我に帰ると喉を震わせて竜に問いかけた。


「――お前は…俺を助けてくれたのか?」


 その問いかけに、龍は鼻息を荒くして舐めるように顔を近づけて来る。  

 この龍が助けてくれた事は間違いない様だ。 

 

 しかし、助けてくれた理由はわからない。


 この龍と共通する所は雷属性魔法を操るという所だけだ。

 それが助ける理由にはならない。


 すると、ぼんやりと思考する脳裏に直接声が流れて来た。


『――その御魂みたま久しく。貴方の再臨に500年の時が刻まれました』


 その声は低く逞しいが、どこか気品のある男の声だ。 


 しかし、この場に言葉を話す事が出来るのは人間である自分しかいない筈だ。そこから考えられるのは第三者の存在だと判断する。


「――誰だ!」


 その声は吹雪の中に消えていき、周囲に視線をばら撒く。

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