第21話「白銀」

 

 背後で洞窟の崩れる音が、鼓膜を振動させる。


 間一髪、左の道へ駆け込むことにより広い洞窟の崩壊から免れられ、地面に倒れ伏していた。

 魔獣は崩壊に巻き込まれただろう。


 静かに瞼を上げると、瞳に映るものは無い。

 目の前には漆黒の闇が広がっているからだ。


「っ…この道は外に繋がってるのか…?そうじゃなければ洞窟内で野垂れ死にだ」


 この洞道はネイサンのくれた地図には記されていない。

 そのため、最悪の事態を脳内で浮かべると奥歯を噛み締めた。


 先刻までの魔法で生み出した光は、追従に間に合わずに岩石の下敷きとなって消滅したようだ。

 その為、光球を生み出す魔法を再発動する。


 魔法の光球で淡く照らされた粉塵の舞う洞道は、深い奥まで続いている。


 それは坂道の様に上へ傾いていた。


 しかし、微かな風が洞道ほらみちの奥へと流れて行くのを肌で感じる。


「外に…繋がってる?」


 淡い期待を寄せると、地面を踏み締め、背中のアマリアを太い紐で安定させ、落としていた剣を背負い直す。


 「んんっ…」


 アマリアから苦しそうな声が漏れた。

 これまでの戦闘を潜り抜ける中でずっと背中に背負ったままだ。

 それ以外に良い手段が浮かばない為、これが精一杯だったのだ。


 そこで、優しい声音で話し掛ける。


 「――ごめんな。もう少し、我慢しててくれ」


 そして、風の導く方向へ足を進めた。



 洞道の奥へ進む程、周囲の空気が冷たくなり始めるのを肌で感じる。

 さらに口から漏れる息が白い霧へと昇華するのを瞳に映した。


「寒すぎないか…」


 震える唇でボソッと心の声を呟くと、視線の先には朽ちた剣、鎧が散乱している事に気付く。

 多くの者がここで命を落としている様だ。


 視線を洞道の奥へと戻すと、小さな光が漏れている事に気付いた。

 恐らく、ようやく外に繋がる出口が見えてきたのだろう。

 足を早め、息を乱しながら出口へと近づいた。


 光は次第に大きくなり、出口が近づいている事を示している。

 やがて、光の元へと到着した。

 その光の外に広がる光景に目を細めると同時に、寒さの理由を理解した。


 洞道の外は一面、銀世界が広がっていた。

 激しい吹雪が世界を覆っていたのだ。

 見渡す限りの雪の世界が瞳を焼く。


 数十メートル先は吹雪によって、視界は通らない。

 気温も洞道の中より一層低くなっており、肩が震え始める。


「さささ寒い…!な、何か、う、上着が欲しい…!」

 

 インゲルス山脈で降雪している地帯と言えば、山脈の標高が高い地表部分だ。


 つまり、この洞道はそこに繋がっていた。


 そう思案した矢先、白い吹雪の中に見慣れた赤い光点がこちらを睨んでいる。


 (また魔獣か…)


 確信して、白い溜息を吐く。

 正直うんざりだ。


 アルタイルは積もった雪に足が埋れつつも、震える足を動かして雪の上を歩き始めた。


 次第に赤い光点――魔獣の瞳は吹雪の中に増えてくる。

 群れを成している魔獣に違い無いだろう。

 自分を取り囲む様に現れる。


 瞬間的に吹雪が止むと魔獣の全貌が明らかになった。


 それは、狼の様な体に白い体毛を纏った赤い瞳の魔獣だ。

 まるで、ロンド村を襲った狼型魔獣の色違いのようだ。

 もちろん、全く同じ種族という訳では無いだろうが。


 思考していると、30匹程の狼の魔獣達は牙を浴びせる為に、一斉に飛び掛かろうと駆け出した。



 しかし、雷属性範囲魔法「狩雷」で1匹も逃さず瞬殺した。


 魔獣は白い雪の中に体を力無く沈める。

 吹雪がその亡骸へ蓋をする様に、雪の中に呑み込んでいこうとしていた。


 「――!」


 そこで、一つの名案を脳裏に浮かべた。



「――やっぱり!暖けぇ!」


 魔獣の毛皮を複数体から拝借。

 それで己とアマリアを満遍なく包んだ。


 遠くから見たら、その姿は魔獣と区別がつかない程、分厚く着込む。

 その毛皮は毛布の様に温かく、先程までの寒さが嘘の様になった。


(よしよし、これで吹雪の地表でも大丈夫だな)


 と、頬を緩めると脳裏に疑問が浮かんできた。


(――どこに行けばいいんだ?)


 それは致命的な問題である。


 洞窟から出たのは良かった。

 だが、マナを回復する湖を見つける目標には一歩も進んでいない。 


 顎に手を当てて思案を巡らそうとした刹那、遠くから巨大な雪の塊が投擲される。


 吹雪に紛れたその一撃は、意識外から襲い掛かった。


「がぁはっっ!」


 正面から、その一撃を喰らうと背後へ吹き飛ばされた。

 咄嗟にアマリアは上にして、雪の上に倒れるが、雪がクッションとなった事で、そこまでダメージは負わなかった。

 しかし、何が起きたのか分からない。


 急いで体勢を立て直し、雪の塊が飛んで来た方向へ目を細める。


 すると、視線の先には吹雪の中に巨大な影が浮かんでいた。


「ビッグフット…?」

 

 真っ先にビッグフットの存在を脳裏に浮かべる。

 前の世界でビッグフットの存在を一切信じなかったがこの瞬間、信じてしまいそうになった。


(でも、異世界なんだから何がいても不思議じゃ無い…か)


 そう冷静に思考すると、影に意識を集中した。

 と、また雪の塊が飛んで来る。

 しかし、不意打ちでは無い一撃は容易に回避できる。


 攻撃を横に避けて吹雪に隠れる影に接近すると、その正体が判明した。

 

 ゴーレムだ。


 白く氷で出来た硬質な腕と胴体。

 氷雪地帯にいる事から推測するにアイスゴーレムと言ったところだろう。


 今まで戦ってきた魔獣より手強そうだ。


 しかし、先程の不意打ちの一撃を喰らわせてきた事を思い出した。

 怒りが込み上げて来る。


「よくもさっきは…」


 と、全高は6メートルはあるであろうアイスゴーレムの正面に対峙すると、大きな拳が飛んで来る。

 だが、それは後ろへ飛んで回避すると静かに呟いた。


天雷一閃てんらいっせん


 白銀世界の上空から紫の光が下り、振動と轟音が響いた。


 アイスゴーレムの周囲の雪は蒸発して水に還り、強烈な雷撃を浴びたアイスゴーレムは音も無く崩れた。


 アマリアの協力もあったが、炎赤竜を一撃で沈めた魔法だ。

 この一撃はアイスゴーレムでは耐えきれない。


 ひと段落して肩をすくめると、積雪した斜面の上部から音を響かせて、大量の雪が滑り落ちて来るのを視界に捉えた。

 目を細める。


 雪崩なだれだ。


 先刻の「天雷一閃」による衝撃が原因だろう。


 だが、雪の波が自分を呑み込もうとする光景に動揺する事無く、抜刀して雪崩を正面に向き合う。 


 そして、ゆっくりと冷たい空気を吸い込む。


 「――雷轟一閃!」


 声と共に剣を水平に薙ぎ払うと、雷魔力の衝撃波が大質量の雪崩と邂逅する。


 その一撃は、雪を溶かして水から蒸発させるでは無く、水に変わる過程すら与えない。


 雪崩は、雪から水蒸気へと直接蒸発。

 白い霧へと姿を変えた。


 そして、吹雪と共に大気中に消えていく。


「はぁ…やっと落ち着いたか」


 次から次へと降り掛かる災難を対処していき、インゲルス山脈の険しさを身を持って実感したアルタイルは白い溜息を吐く。


 だが、インゲルス山脈の試練はこれで終わらない。

 白銀の空から大きな翼を羽ばたく音が近付いて来ていた。

 

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