第8話「異世界生活」

先程まで青い空が大半を占める穏やかな天気だった。

 それが急激に性格を変える。


 漆黒の雲が青天を支配し、自分を中心に渦を形成。

 その中心から解放された膨大なエネルギーは空気、大地を震わせた。


 それは地面を抉り、大地に裂け目を作る。


 落雷だ。


 次第に暗雲は消えていき、青い空が姿を見せ始める。


 しかし、抉られた地面をみて悟った。


「しまった!!また村長さんに怒られる!」


「アルタイル凄い!昨日よりもさらに、威力が増してる気がする。村長さんには怒られてね。」


 ルーナはフォローする気が無いようだ。

 それも当然だった。


 雷属性魔法の基本を身につけたアルタイルは、月日を重ねるごとに、技を先鋭しその威力を高めてきた。

 だが、その度、犠牲にしてきたのは村周辺の大地だった。


「それにしても、詠唱無しであんな魔法を使っちゃうなんて、アルタイルってほんとすごいね。まさか天才?」


 嬉しい感情が込み上げ、胸を躍らせる。

 しかし、ポーカーフェイスを維持しつつ答えた。


「いや、ルーナのお陰だよ。あの魔獣の一件が無かったらここまでなれなかったかもしれない。」


「へー、謙虚だね!」


 ルーナは柔らかい表情で答えると、横へ座ってきた。

 座る2人に吹いた風は、ルーナの金色の髪を揺らした。


 そこで一つの話題を切り出す。


「それにしてもルーナは国立魔法学院に本当に入学しないの?」


「うーん、行きたいけど、家の手伝いしないとお父さんとお母さんに迷惑かけちゃうから…」


 国立魔法学院に入学すると、王都での仕事が見つけやすくなり、安泰な生活を送る事が出来ると言われている。


 ここの小さな村での生活とは大違いだ。

 だが、費用の問題もある。

 辺境の村の住民にはとても簡単な話ではない。


「ルーナの頭の良さなら、行かないと勿体ない気もするな」


「ふふっ、そんなこと、無いよ」


 照れくさそうにこちらの言葉を否定する。

 と、髪を耳にかける。

 そのちょっとした動作はこちらの胸を熱くし、鼓動を早くさせた。


「もし、私が行くって言ったらアルタイルは応援してくれる?」


 ルーナは肩まで伸ばした金色の髪を揺らし、その綺麗な瞳を向けてきた。


「もちろん!ルーナを応援するよ!」


 元気よく答えた。


 しかし、ルーナの瞳が曇り、視線を草原へと落とした。

 何故、その様な表情をするのか理由がわからない。


「―――」


 そこで、ルーナが小声で何かを呟いた。

 しかし、風の音が重なり、聞き取る事が出来なかった。


「ん?今何か言った?」


「…ん?え?何でもない!アルタイルがそう言うなら、お父さんとお母さんに頼んでみようかな!」


 普段の明るい笑顔を見せる彼女だ。

 でも何かいつもと違う気がした。


 ルーナの瞳は笑っていないからだ。


 ここは何か明るい話題に転換する必要があると判断。

 深く息を吸った後、口を開いた。


「よーし。俺も魔法と剣術の特訓頑張って、いつか最強の雷使い剣士を目指すよ!」


 その言葉にルーナは頬を緩めた。

 視線は発言したアルタイルを見据える。


「ふふ、昔のアルタイルとは、大違いだね。初めて会った時はあんな自信なさそうな子だったのに。今ではこんなに大きくなって。」


「思い出さなくていいよ…。昔はルーナを魔獣から守っただろ。にしてもルーナは風属性魔法を上手く操れるようになったよな。でも。それ以外は全然変わってない。昔からずっと笑顔だし」


「ふふっ。そうかな。身長もこんなに伸びて、美人になったんじゃない?あとこんなに笑顔を見せるのはアルタイルがいるからだよ」


「――え?」


 これは?


「え…と、何でもない!それより!ほら、練習の手が止まってるよ」


「あ、すみません」


 ルーナは溜息をつき、膝に手を掛けその場で立つ。

 凛とした立ち姿に太陽と重なった。

 眩いその姿に瞳を焼かれる。


「じゃあ、今度は私が魔法を出すね。見ててよ」


 ルーナの風属性魔法は風を操り、見えない斬撃を繰り出す事が出来る。


 つまり、攻撃型魔法だ。

 これは狩などの時に非常に便利な属性魔法となる。


 ルーナは瞑目し、深呼吸する。


 ――そして、唱えた。


風よ、インペトゥス・裂けヴェンティ


 すると、ルーナの輝く金色の髪が揺られ、見えない風がルーナを中心に生成されるのを知覚する。


 そして、次の瞬間、目の前の樹木が音も無く切断される。

 倒れる時に初めて鈍い音を立てた。

 その両断面は、まるで鋭利な刃物で切られたように綺麗だ。


「あー、私も村長さんに怒られるな。アルタイル。一緒に怒られよう」


 ルーナはこちらに振り向き、笑顔を見せる。


 この笑顔は先刻に見せた、表面だけの笑顔ではない。

 普段一緒にいる時に見せる笑顔だと確信した。


 そこで1つの事を声に出した。


「――ルーナはその笑顔が、一番似合ってるよ」


 柔らかい草原の上で座りながら、ルーナの顔を見据える。


 しかし、ルーナの頬は赤く染まっている。

 視線も合わせてくれなかった。


 ルーナはそのまま震える口調で答えた。


「ち…ちょっと何言ってるの!さっきの魔法、アルタイルに撃つよ!」


「――何で!」


 心に思った事を言葉にしただけだ。

 こんな反応をされるとは想定外だった。

 何か気に触る事を言ったのか。


 だが、深く考えることは無かった。


 次の瞬間には笑っていたからだ。

 それに釣られて自分も笑ってしまった。

 その声は風に乗って、波打つ草原に広がる。


(――これが異世界生活か…)


 心の中で呟いた。


 

 次の日、2人はいつも通りの場所で待ち合わせをしていた。


 先に待ち合わせ場所に到着し、1人で草原の上に胡座をかいていた。


 やがてルーナが姿を見せる。

 しかし、ルーナの表情は少し暗い。


「やぁ。ルーナ」


「アルタイル…。」


 口を震わせた声は何か言いたげそうな様子だ。

 しかし、こちらを見ると柔らかい表情を見せた。

 その瞳は何か哀愁の色が見える。


「どうしたの?何かあった?」


「ん…え..と。聞いて!私ね、国立魔法学院に行かせてくれる事になったんだ!お父さんお母さんもその方が良いって賛成してくれてね!アルタイルが背中を押してくれたお陰だよ」


「そうだったんだ!良かったじゃん!」


 心配は杞憂だった様だ。

 しかし、自分から幸せという感情が溢れ落ちた気がした。


「いつぐらいに王都に?」


「そうだね。入学が結構すぐみたいらしくてさ、3ヶ月後くらい。だからその時には」


「…結構早いんだね。勉強とか大丈夫か?」


「任せて。そこは抜かりなく!」


 ルーナはとても頭がいい少女だ。

 一緒に練習していてもすぐに新しい魔法を覚えてしまう。

 彼女にとって3ヶ月もあれば十分な気もした。


「じゃ、いつも通り練習しよ。授業は魔法の実技がメインらしいから!」


 ルーナは白く滑らかな手でアルタイルの手を握ってきた。

 そして馴染みの野原へ歩き出す。


 そこで魔法の練習だ。

 しかし、放った雷は地面を盛大に抉ってしまった。


「こらぁ!お主らまだ性懲りも無く!」


 怒鳴り声を挙げたのは村長さんだ。


 その日、村長から俺達は怒られた。

 最近では、それが日常の光景になりつつあり、村の住民もその様子を笑って見ている。


 そんな毎日を過ごして月日は一瞬で流れた。


 その間魔法の練習をする度に村の周辺も凹凸だらけになり、村長の怒鳴り声が村中に響き渡る。

 もちろんルーナは、アルタイルを注意しているが、魔力の制御が出来ていないアルタイルには厳しい注文だった。


 



 そして、ルーナの出発の時が来た。


 それは小鳥の囀り《さえず》が聞こえ、太陽が世界を淡く照らす朝だった。村からは多くの人達が見送りに来てくれている。

 その大衆の前に一歩前に出て、声を掛けた。


「ルーナ。頑張って来いよ。ルーナの頭脳や魔法術ならまず安心かもしれないけど」


「もちろん。頑張るよ。アルタイルとあれだけ練習したんだもん。無駄にはしない。きっと大丈夫だよ。」


 ルーナの笑顔は天使のようだ。

 毎日この笑顔を見たくて野原に行っていたとしても過言では無い。


「ルーナちゃん、向こうに着いたらまた手紙でも送ってね」


「何か、争いに巻き込まれたら俺を呼びつけてもいいぞ?」


 父シリウスと母セレナは心配そうに声をかけた。

 ルーナの両親は涙を指で払う。


「勿論です。セレナさん、シリウスさん。」


「迷子になって帰ってくるのを村の人達とみんなで笑って待ってるぞ」


「はいはい。わかったから。じゃあそろそろ行くね。ふふっ。ありがとう」


 言葉を軽く受け流された。

 しかし、緊張をほぐしている事をルーナは理解していたのだろう。


 そして、村長が用意してくれた馬車に片足をかけて手を振る。



 ――馬車は少女を乗せた。

 そのまま車輪の音を軋ませて走り出し、地平線の彼方へ姿を小さくしていく。



「…行っちゃったな。あんなに明るい子がいなくなると村が寂しくなるの」


「そうですね。いつもアルタイルくんと明るく笑ってる姿は微笑ましい光景でしたものね」


 村長と住人達は馬車が去っていった方向を見据える。


 ――だが1人の少年、アルタイルは背中を見せていた。


 しかし、その姿に誰も声を掛けようとはしない。

 1番寂しいのはアルタイルだと皆知っているからだ。


 瞳から溢れる涙を袖で拭って隠していた。


 


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