第6話「ルーナ・ルーカス」

「ねぇ、なーにしてるのー?ねぇねぇ、あなたがさっきまでしてたのって魔法の練習?まさか、属性持ち?」


 表情は明るく、茶色の透き通る瞳を持った少女だった。

 年は同じくらいだろうか。

 その少女は肩までかかった短い金色の髪を揺らしながら顔を覗き込んでくる。


「えっと、そ、そうだよ。まさか詠唱とか聞こえてたりした…?」


 言葉に覇気が篭っていない声で少女に訪ねた。

 家族以外と会話は実はこれが初めてだったのだ。

 他人との会話に気が詰める。


 すると少女は大きな声で答えた。


「うん!ばっちり聞こえてたよ!」


 「あぁ」とその場でひざから崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。


 相手は小さい子だ。

 しかし、厨二病丸出しの姿を見られていたのは恥ずかしい。


「ん?どうしたの?気分でも悪いの?」


 少女から心配そうな表情を向けられる。


 だが、顔を背けて一度咳払い。

 そして再び少女と向き合った。


(いや、この世界で詠唱は当たり前だ。だから大丈夫なはずだ。うん。)


 心の中で気持ちを奮い立たせると喉を震わせた。


「い…いや、別になんとも。気にしないで。」


「そっかぁ。なら安心!」


 少女の底知れない明るい表情はアルタイルの心を照らすほど眩いものだった。


 あえて触れない様にしている可能性もある。

 しかし、小さい少女がそこまで気遣いが回るだろうか。

 すなわち、純粋な心から生まれた笑顔だ。

 と判断。


 冷静さを取り戻した。

 ところで少女の名前を聞いてなかった事に気付く。


「そういえば、君の名前は?あと、属性を持ってるの?」


「ん?私の名前はね、ルーナ・ルーカス。この村に住んでるの。あなたと同じで私も属性持ってるんだよー!」


「え!そうなんだ!ちなみに何属性?」


 属性持ちの魔法を見た事がなかった。

 もし使う事が出来るのなら、見せて貰おうと考えた。


「私はね、風属性らしいんだ。でも、ここじゃ教えられる人もいないし、魔法のことも学んでないから、全然使えないの。」


「そうなんだ」


 肩を少し落としてしまった。

 だが同じ境遇の仲間がいるようで少し親近感が湧く。


「実は、俺もまだ属性魔法を学び始めたばかりで全然使えないんだよ。仲間がいて良かった」


(正確には、俺の属性が存在しなくて苦労してるんだけど)


 ルーナは仲間という言葉を聞くと、にっこりとして大きく頷く。


「ロンド村に、住んでるの?」


「そうだよ!」


 ルーナは嬉しそうに答えた。


 この村に同い年の少女が住んでいる事は初耳だ。

 どうせなら教えてくれても良かった。


 ここで初めて両親を恨めしく思う。

 今まで友達という存在を無しで過ごしてきたからだ。

 これが記念すべき初めての異世界交流だ。


 けれど女子との絡みは久しぶりだ。

 前の世界では女子と話す時は相手に失礼な言葉はないか、変な発言をして後で陰口を叩かれないか、そんな事を考えていたものだ。

 結果、前の世界で女子と話す機会がほとんど無かったのは内緒だが。


「あ、あなたの名前も教えて!」


「俺はアルタイル・オリヴァー。俺もこの村で暮らしてるよ」


 ルーナとは打ち解けたようだ。

 ルーナは透き通る茶色の瞳を輝かせながら嬉しそうにする。


「へぇ!あなたもここに住んでるんだ!アルタイルって呼ぶね!明日もここにくる?」


 明日もここで魔法の練習をする予定だった。

 そのため、ルーナと一緒に練習をする事にした。


「属性魔法ってここみたいに王都以外じゃ教えてくれる人がほとんどいないから、私たち大変だよねー」


 父からの話だと属性持ちはそこまで多くはないらしい。

 いたとしても王都の職に就く推薦状が届く。

 しかし、国防、国政につくことが多いとか。

 実質的には招集令のようなものだ。


 そのため、このような辺境の村では滅多に見かけることは無い。


(俺の属性なんか、どこに行っても教えられる人居なさそうだが)


 そう心で呟くとルーナの返事に答えた。


「確かに。だから、2人で協力して、どこまで使いこなせるようになるか楽しみだ」


「うん!それより見た目でわかるけどアルタイルが持ってるその辞書ってかなり高価な物だよね…!?」


「どうだろ?わからない。『七色魔導辞典』って言うらしい。

父が王都の知り合いから貰ってきたらしいけど。」


 ルーナが「七色魔導辞典」をじっと見ていたので渡した。


 すると両手で抱きつくように持ち、その重さから前かがみになる。


「すごい重い!こんなの持って練習してるんだぁ。すごいね!」


「今日から始めるんだよ。この本を開くのも貰った以来だ」


 関心するルーナの言葉を軽く受け流す。

 事実、文字の習得まで読む事を控えていたのだ。


 そして、辞典をルーナから返してもらうとその日はそのまま解散し帰途についた。


(一日漬けして明日、少しでもましな魔法を披露してやりたい)


 そう意気込む。


 家に戻り玄関を開いた。

 といつもの家の匂いが全身を包み込んでくる。


 すると食器を洗う音を響かせながら母セレナが口を開いた。


「おかえり。朝からはしゃいで外に出て行ったけど魔法の練習はどうだったの?」


「ん?うん。収穫はあった。あと、この村に同じ年の女子がいたの?」


「そうよ。あれ、言ってほしかった?色男さんね」


「いや、友達は必要でしょ」


 ため息が出た。

 ようやく友達ができたのだ。

 友達がいなかった身としては同じ年の友達は素直に嬉しい。

 もちろん、幼女が好きとかそういう趣味はない。


 2階の自室へ向かい、「七色魔導辞典」を開く。

 そして、火属性魔法、闇属性魔法の勉強を開始した。



 次の日、ルーナと昨日と同じ場所で合流した。


「アルタイルくん!おはよ!」


「おはよう。ルーナ」


 ルーナはこの日、村の東にある森の方へ山菜を取りに行くよう親から頼まれたらしい。


 ロンド村から東にずっと行くとサミュエル山脈が連なっている。頂上付近は万年雪が覆いかぶさっており、年中冷たい風をロンド村に届けている。


 今回はそのサミュエル山脈の麓の森が目的地だ。

 ロンド村はまさにそのサミュエル山脈の麓の近くに位置する村であり、山道の入口としての役割を担っていた。


 しかし、心の中で一つの疑問が浮かぶ。


(こんな少女に普通、あんな森に行かせるかね..)


 ルーナは自由奔放だ。

 親もそれに似ているのか。


 父シリウスが言うには、森には凶暴な魔獣が多く潜んでおり、近づかないほうが良いらしい。今のような春を迎えようとしている季節には、多くが冬眠しているらしいが。


 そんな事を思い出しつつ、ルーナと共に森の中へ進んだ。


 森の中は外よりもひんやりとしている。

 差し込む光が柱となって降り注いでいた。


 まだ溶けきっていない雪は足元に残っており、ザクザクと音を立てて足跡を残す。


 時折、自分たち以外の足音が聞こえるが気のせいだろうか。


「ルーナ、こんなとこに来て大丈夫?」


「この時期は魔獣は冬眠してるから大丈夫だってパパが言ってた!」


(うーん、素直。俺なら断るけどな?)


「あ!見つけた!あれだよ!」


 針葉樹林の中を結構歩いた先に、春の訪れを感じて芽を出したであろう山菜を発見。

 ルーナはそれをそそくさと回収する。


「よぉし!任務完了。もっと採りたいところだけどこれ以上は危険だね!ついてきてくれてありがとう!後で魔法の練習付き合って上げる!」


「俺は何もしてないよ。それよりこの森から出よう」


 ルーナは明るい少女と言う印象が自分の中で確立していく。

 

 と、大きな足音が横の茂みから聞こえてくる。

 その重く踏み締める音は明らかに人間でない。


「何だ!?」


 警戒し、腰に装着している剣の鞘に手を当てる。  

 ルーナは息を張り詰めて音のする方向へ目を白黒させた。


 暗く深い茂みから出てきたのは身長3メートルを越す大きな熊らしき魔獣だった。爪は非常に鋭利であり、切りかかれたら致命傷は避けられない。


「ウングィス・ウルスス!今は冬眠してるはずなのに!」


 ルーナは目を閉じて服を強く掴んでくる。

 その小さな手は震えていた。


「…でかい!ルーナは俺の後ろへ!」


「――うん」


 ルーナを背中に隠すと、剣を抜いた。

 銀色に光る刃が光を浴びて輝きを放つ。


(―――この展開…。俺が倒す流れだ。)


 ようやく、父から鍛えられた剣術を発揮する時が来たと感じる。

 

 ここはカッコいいところでも一つ見せるところだろう。

 理想としては一撃で撃退出来れば御の字だ。

 が、流石に現実は甘く無さそうだが。


 意を決すると、父から教えてもらった戦法を実践する。

 右足に重心を乗せ、一気に踏み込み。

 一瞬にして魔獣の足元へ接近すると、腹部目掛けて横へ一振り。


イメージ通りだ。


「決まっ…!」


 そう確信した矢先、溶け残った雪を踏んだ。

 軸足が狂う。

 

 大きく体制を崩し、世界が大きく傾いた。


「―――あ、やべ。」


 そのまま転倒し、剣が手から離れ魔獣の後ろへ消えた。


 魔獣の目の前で転倒したのだ。

 顔を引きつったまま、ルーナの方へ首を振る。


「…。ルーナ。こういう時は死んだふりすればどうにかな…」


――…


 そう言いかけると魔獣の鋭く光る爪が襲い掛かった。

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