第4話「七色魔道事典」
この世界に転生してから、5年近くの月日が流れた。
髪色は黄褐色だ。
母のセレナの様な金髪にはなれなかった。
父シリウスの影響を強く受けた様だ。
瞳は茶色く前世の面影は無い。
――どうせなら金色が良かった。
そんなことを嘆く。
今は異世界にいるんだ。
折角なら金髪を謳歌したかった。
ところで ”失われた属性”とやらの影響は普段生活において無かった。
普段生活では剣の稽古を学んだり、家事を手伝ったりと平凡な生活を送っていた。
毎朝、木刀が交える音が家の周りに響かせ、鍛錬を重ねる。
その甲斐あって剣術は上達した。
言葉も上手く話せるようになり、この世界の知識に触れる機会も増えた。
だが、文字を読む能力は不十分だ。
なので本から知識を得ることは依然として難しい。
こればっかりは自分の成長に期待するしかない。
今が暮らしてる村は「ロンド村」といわれる。
グレイス聖王国領地だ。
王都から馬で険しい道を5日ほど南下した位置にある辺境の村だ。
東にサミュエル山脈が連なっている。
山脈から吹く冷たい風の影響で農作物は十分に育たない。
その為、狩猟が活発だ。
そこの村の二階建て家屋で暮らしてる。
ある日、ふと料理の支度をしている母セレナに尋ねた。
その日の料理を瞳に映すと、今日の料理には前菜が2つ増えており、普段は食べない物まで用意されている。
やけに力が入っている様子だ。
「ねぇ、母さん。父さんって昔はどんな人だったの?」
何の変哲も無い質問を母セレナの耳に届ける。
すると野菜を切りながらセレナの口元が緩む様子が確認できた。
「あなたのお父さんはね、昔は凄い人だったのよ〜」
その声音は明らかに高い。
自慢げに聞こえる。
この様なテンションを見せる時は何らかしらの嬉しい時があった時だ。
シリウスについて何かしらの自慢話が展開されるのだろう。
「昔はグレイス聖王国の騎士団長で、悪い奴らや、魔獣から国を守ってたの。属性素質は持ってないけれど剣術は聖王国で1,2を争う実力だったのよ。」
(やっぱり。騎士団の副団長らしい人を模擬戦で一瞬で倒したもんな)
5年前の王都での記憶が脳裏に浮かび上がる。
普通なら、子供相手の誇張発言だと聞き流すかもしれない。
だが一撃で騎士副団長を倒したのをこの目で見た。
「そうなんだ。父さんって凄い人だったんだね」
乾いた返事をすると、家の玄関から扉の開く音がした。
父シリウスが帰ってきたようだ。
「ただいま。お〜、いい匂いがするなぁ。今日はご馳走だからな」
片足に体重を預け、靴を脱ぎ服を着替える。
両手にお皿を抱えたまま、セレナは返事をした。
「おかえりなさい、あなた」
「何で今日はご馳走なの?」
尋ねると、セレナはフフンと鼻を鳴らした。
「今日はね、アルタイル、5歳になるあなたの誕生日よ!」
(へー、そうなんだ。)
すっかり忘れていた。
前の世界では、誕生日について特に思うことは無かった。
そのため記憶の片隅にも残っていなかった。
しかし、喜ぶ様子を見せなければ不自然だ。
子供のように喜んだ。
◆
もう夕暮れだ。
紅い光が窓から差し込んでいた。
食卓には豪華な御飯が並べられている。
美味しそうな匂いが家を満たしていた。
3人が食卓に集うと母が大きく息を吸って、声を出す。
「それでは!アルタイルの5歳の誕生日を祝って、乾杯!!」
「乾杯!誕生日おめでとう!」
シリウスはグラスに注がれたワインを一口で飲み干す。
そして、渡すものがあると告げた。
「アルタイル、誕生日プレゼントだ」
そう言うと、布に包まれたプレゼントを貰った。
それをゆっくり布を剥がす。
姿を現したのは分厚い本だ。
「ありがとう…これはなに?」
プレゼントの中身を確認すると父に尋ねる。
子供に与えるプレゼントとしてはやけに渋い贈り物だ。
普通の子なら顔を歪めるぞ。
「
開いてみるとすごい文字数だ。
百貨辞典の面積を大きくした見た目に近い。
だが、どことなく神聖さを感じる。
何事にも興味を持たなかった前の世界の自分なら即刻、枕に大変身だっただろうが。
「普通の属性素質持ちなら、もっと一般的に流通しているもので良かったんだがな。お前の場合、”失われた属性”ときたもんだ。この属性に近い系統を勉強する必要があるから、できるだけ全属性が載ってるこれを選んだわけだ」
「参った」という表情で父シリウスは頭を軽く触る。
「聖王国法では5歳から魔法学に関する勉強を許していますからね。とても良いプレゼントになったわね。アルタイル。」
この国では、5歳から魔法学に関する習得が認められている。だが、一般5歳児には魔法学に興味のある子は少ないだろう。
転生者を除いて。
セレナの問い掛けに瞳を輝かせた笑顔で頷く。
心の底から喜びの感情が溢れたのだ。
実は魔法についての知識は喉から手が出るほど欲していた。
魔法と言えば異世界。
異世界と言えば魔法だ。
要するに異世界の醍醐味というものだ。
「七色魔導辞典」を膝に置き、ご馳走を食べ終えた。
脇に本を抱え、ニ階にある自分の部屋に駆け上がる。
部屋に入って早速、ベットに横たわりながらこの分厚い本を開いた。
目に飛び込んできたのは呪文のように書き満たされたページだ。
―――ほう。ふむふむ。わからん。
読めない。
高揚し過ぎた。
少ししか文字が読めないことをすっかり忘れていた。
先程までの熱は冷め、手と足を広げて天井に向き直る。
不意にため息が漏れた。
そこに一つの考えが浮かんだ。
(そうだ。本の内容を誰かに教えてもらおう)
そう思い立つと、一階に降りた。
シリウスは食事を終えて剣を布で手入れしている。
そこに一つの願いを父に告げた。
「ははは、そうだよな。まだお前には難しいよな。なら、少しだけ魔法に関する簡単な知識を教えてやるよ。」
父は大きな声で笑った後、テーブルで視線を交差させた。
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