推し降る聖夜
(前編)
「いらっしゃいませー、ケーキいかがですかー」
12/24、イルミネーション輝く街角、楽しそうに家路を急ぐ人達。スーパーで働いてたはず、でも今日の私はケーキ屋みたい。
閉店1時間前……看板を手に外に出て最後の追い込み。残るケーキはあと10個。早く売って店に戻りたい。店長にむりやり着せられたサンタコスは防寒なんて1ミリも考えられてないペラッペラの安物で、ありったけのカイロを貼っても足りないほど寒い。
「いらっしゃいませー! 」
「しーちゃん、頑張るねぇ」
「寒いんですよ! 早く売ってこれ脱がなきゃ」
「おっ、エロしー発動。俺が脱がせてあげようか」
「このドスケベ。新妻に言いつけてやる」
ついこの間、結婚して新婚旅行の写真見せつけてきたくせに、最近はもう浮気相手を探しているゲスな副店長。スマイルを絶やさない店員がこんな下品な会話してるなんて、お客様が聞いたらどう思うだろう。
「ケーキ、まだありますか~? 」
「はいっ、もちろんです。どうぞこちらへ」
腕を組んで歩いていたカップルを店の中まで案内する。しばしの暖と店長の目配せ、暖まりたいのに気まずくて出てきてしまう私。
少し前まで……店長とはそういう仲だった。クリスマスに腕を組んで歩けなくても、奥さんがいても私だけを好きでいてくれるなんて、思ってた。
“ごめん、子供できた”
今でもその言葉が忘れられない。
「いらっしゃいませー! クリスマスデコレーションあと9個でーす!! 」
しぃだけが好きだよ……別れ際の言葉と、ただ遊ばれただけだと思う冷静な自分が戦うけれど、今は仕事中。荒れる心をかき消すように声を張り上げた。
「残ったな……」
20:30、閉店した店内で余ったクリスマスケーキが私達を見ている。
「店長、持って帰ったらどうですか。奥さん、喜ぶんじゃ」
「家は……あいつが焼くって張り切ってたから。じゃあ、いつも頑張ってる副店長に」
「いや、こんなデカいケーキ一人で食えないっすよ」
「一人? まさかスピード離婚か? 」
「か? 」
「ち、違うって。つわりひどくて食えないんだって、匂いもだめだとかあたってくんすよ。こんな爆弾、持って帰ったらそれこそ離婚だわ」
結局、余り物のケーキは私のところに来た。
「はぁ……」
体の奥底から漏れる溜め息。一人で食べれるわけないけど、余り物の5号のケーキが、かわいそうすぎてもらってきてしまった。
「ごめんね……全部は食べてあげられないかも」
このケーキみたいに、私も余るのかもしれない。
ゴン!!
「わぁっっ!! 」
とっさにケーキをお腹に抱えて守った。でも自分はドスンとお尻から着地。
「ったたた!! 」
「大丈夫? 」
怒ってるけど、本当に怒ってるけど、差し伸べられた手を取るしかない。暖かい手に引き上げられて立つと、ぶつかってきた人が私の顔をじっと見てる。
「なんですか」
「決めた! 今夜はあなたのお家でパーティーねっ!! 」
「は!? 」
また見つめてくる。
クールな黒髪ボブにラベンダーのカラコン、有名ブランドのパーカーと首元の黒いチョーカー……似てる。
いや、でもこんな所にいるはず。
“こことはまた違う場所に羽ばたきます”
グループから卒業して一年、今はゆっくりどこかで羽根を伸ばしているはずの憧れの
まさか……まさかね。
「ね~ぇ~、寒いよ。早くお家行こ」
「何であなたとパーティーなんか」
「もしかして、彼と過ごすとか? 」
他人なのに声まで似ていてドキドキする、彼女の視線はケーキの箱。
「バイト先でもらってきたんです……一人で食べます」
「一人で? 」
「はい」
口に出して気づく。平気なふりしてる自分がどれだけ惨めかって。こんな日に一緒にいる恋人も家族もいなくて一人で平気だなんて、大きなケーキの箱抱えて俯いて歩いている自分が。
「だいたい、あなた何なんですか!? いきなりぶつかってきて人の家上がるとか言い出すし、パーティー!? クリスマスだからって誰もが楽しいわけじゃないんです!! 」
怒鳴ってしまった、見ず知らずの人に。
驚いたのかきょとんとしてる。
「えっと……とにかく」
「あーっ!! 」
周りが注目する程の大きな声、私の腕をつかんでどこかに。
「え、ちょっとどこに」
「ゆい、あれたべた~い! 」
「あれって……あれ? 」
「そう、おじさんの!! ゆい、食べた事ないんだ! あ! あれもあれも」
「ちょっと、あんな大きなツリーどこに置くのよ」
「だってすっごいきれいだよ、金ピカだし、キラキラ光ってるし」
結局、勢いに乗せられてチキンを買って大きなツリーを買おうとするのをなだめて小さなツリーにして、両手いっぱいの荷物とすごく楽しそうな(自称)ゆいちゃんを連れて、家にたどり着いた。
詐欺……とかなのかもしれない。
でも、チキンもツリーもゆいちゃんが払ったし……そんな詐欺師いる?
それとも“俺の女に手出しやがって”なんて後から怖いおじさんが乗り込んできたりして……でも私、女だしな。
「わぁ、いいなぁ~。一人暮らししてるんだぁ」
「そんないいもんじゃないよ、まぁ、自由だけどね」
電車の音がうるさい家賃4万の部屋。お風呂とトイレは一応付いているけど、たまに壊れる。歩けばミシミシと音を立てるし、隣の部屋に音は筒抜け。静かにと念を押すけど、聞いてもいない彼女は一人で勝手に歩き回る。
「わぁ、すごいすごい。あれ? ここは何が入ってるの? 」
「あ! そこはだめ!! 」
時すでに遅し。
扉を開けた彼女の動きが止まる。そこに広がるのは趣味全開、私だけのYUI様ワールド。
「これ……初ツアーの時だ」
「もしかして……あなたもファン? 」
「2018年秋のバースデーで、2019年幻の冬のもある……この時、悔しかったなぁ。初めてセンター任されてさ、それも大好きなDestinyで。たくさん練習したのに中止なんて。振替も結局できなかったし」
「え……あの……」
「知ってる? YUIが消えた本当の理由」
「え……」
「もし私が、本物のYUIだって言ったら……おねぇさん信じる? 」
思考が追いつかない、目の前にいる彼女がずっと憧れていたYUIだなんて。そんな事……でも、振り返った彼女の瞳は。
間違いなく、ACCESSのYUIと同じ輝きを放っていた。
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