(後編)
泣き疲れて顔を上げると、いつの間にか暗くなっていた。
疲れた。
ベッドに横になりたいけれど、表情すら動かす気力がわかない。
ガハガハという、あの下品な笑い声にまだ笑われている気がする。
きっと涙で顔はドロドロ、眼はボンボンに腫れて……今の私は世界一、惨めで醜い生き物なんだろう。
私なんかが結局、何しても一緒なんだなぁ……。
おしゃれで窮屈な服や靴をたくさん買った。
眼鏡をコンタクトに変えて目が痛くても我慢した。
人見知りなのに怖い気持ちを抑えながらエステやヘアサロンにも行ったし、色んな所を引っ掻きながら爪を伸ばしてネイルしてみたり、読みたい本を我慢してファッション雑誌を読み漁った。
プレゼントだって……ちょっと高いなとは思ったけどバイトたくさん入ってご飯も減らして、必死で節約したお金で買ったのに。
こんなゴツい時計使わないし、売っても全額は帰ってこない……きっと半額か下手したらそれ以下。
何やってんだろう……私。
「
あの笑顔も嘘。
「これなんか似合うと思うよ」
「髪、染めてみない? 」
自分の黒髪、嫌いじゃなかった。でも……拓哉君が笑ってくれるなら、私を好きだと言ってくれた人の為なら、それすら変えられた。
本当は今日、髪を染めてまるごと彼好みになった私で会うつもりだったのに……その気持ちごと私はグシャグシャに丸められててポイッとされたらしい。
どんな暗い気持ちも掬い上げてくれそうな笑顔、そう感じていたのに。それどころか、無駄に悪あがきする地味メガネを一ヶ月の間、見物して嘲笑っていたんだ。
そんなことにも気づかない、不釣り合いな格好をした私を。
元々きれいだったら……彼好みのきれいな白肌や大きくてぷるぷるの唇にぱっちり二重の垂れ目だったら、彼は愛してくれたのかな。
こんな思い、せずに済んだのかな。
「
ドアの向こうからお母さんの声、悪いけど今は誰にも会いたくない。
「いらない、もう寝る!! 」
こんな態度取ったら、何かあった事なんて丸わかり。でもそれでも、笑顔を取り繕って家族と食事するなんて無理。
重い腰を上げて、ベッドに入る。
汚いのだけは嫌でメイクを落とす、こんな時でも顔を拭かなきゃならないなんて、明日からはもう一生すっぴんでいようと思った。
リンリンリン……リンリンリン……。
きれいな澄んだ鈴の音が聴こえる。うとうととぼやけていく意識の中で、優しい夢へと誘ってくれてるのかな。
「ハッハッハー!!メリークリスマース!! 」
…………。
「ハッハッハー!!メリークリスマース!! 」
…………。
「あの〜、サンタですけど」
サンタが話しかけてくる夢なんて、なんかメルヘンだな、でも眠いんだよね、例えサンタだとしても今は誰とも話したくないし。
ピシィィィン!!
「ひぃっっ!」
「ちゃんと見ておくんだ!どれだけ彼女が打ちひしがれているか、お前にはわからんのか! 」
……ん?
今の“ひぃっっ!”は、どこか聞き覚えがあるような……。
「うっせぇ!じじい!! 」
パァァァン!!
「痛ぁっ!! 」
何が起こっているんだろう……恐る恐る顔を上げてみる。電気をつけた覚えのない部屋に灯りが灯っていて、そこにいたのは大きなサンタさんとトナカイ……じゃない!
トナカイの角と赤い鼻を付けられたパンツ一丁の……拓哉君!?
四つん這いになってまるでトナカイみたいにソリにくくられている。
「やっと起きてくれたのう」
パァァァン!!
「いてぇっっ!!」
鞭で叩かれてるお尻は、パンツが破けて真っ赤な肌が丸見え……なんだかお尻だけ猿みたい。
「彼女に謝らんか」
「だからなんで俺が」
パァァァン!!
「ギャー!!いてぇって!やめろ、やめてくれ」
「お仕置きが足りんようじゃからのう」
サンタさんは私にウインクすると、目尻を下げてもう一発。
パァァァン!!
「ギャーーー……やめて、もうやめてくれぇ……」
あーあー、あの気取った顔が半ベソかいてる。でもこんなので謝るはずがないし、いまさら謝られたって、遅い。
「もう一発、行っとくかのう」
何とも楽しそうにフォッフォッと笑うと、また鞭を振り上げるサンタさん。
パァァァン!!
「ひいっっっ!!わ……悪かったよ」
「声が小さくて聞こえんのう」
パァァァン!!
サンタさんはこのお仕置きをすっかり楽しんでいるみたいに笑顔で鞭を振るう。
パァァァン!!
「ご、ごめんなさぁぁい!!」
真っ赤なお尻を抑えて泣き叫ぶ姿がどうしようもなく情けなくて……すーっと気持ちが醒めていく。
「もういいです」
「フォ?まだあと3発はかますつもりだったんじゃが……」
「サンタさん、私の他にも4人居るのご存知ですか? 」
「そんな数じゃないぞ、今年した悪さ全部だと80人は超えるんじゃ、恐らく一晩はこのままじゃなぁ」
サンタさんはなぜか嬉しそうにまたフォッフォッと笑う。
「だったら、他の悲しんでる人達の所に行ってあげてください、私はもう、いいですから」
「さっすが
パァァァッン!!
「ひぃっっっ!! 」
黙ってればいいのに調子に乗るから、またサンタさんの鞭が真っ赤なお尻にヒット。
「それならこれは貰っていくとするかのう」
サンタさんが持ったのはあの紙袋、お仕置きされてる情けないトナカイにあげるはずだったプレゼント。
「これが必要な若者がおるもんじゃから……代わりにこっちを、ちゃんと自分に使うんじゃぞ」
サンタさんはにっこり白髭を持ち上げると私に封筒を差し出す。
受け取るとサンタさんはソリに飛び乗る。
「もう二度と、くだらない奴に時間を使うんじゃないぞ、恋は容姿でするもんじゃないからのう」
パッチリ、ウインクをしたサンタさんはトナカイとともに一瞬で消えた。
リンリンリン……リンリンリン
来たときと同じように透き通るような鈴の音を残して。
ぽかんとアホみたいに立ち尽くしていた私はしばらく経って我に返ると封筒の中身を見てみる。
そこにはきっちり税込みのプレゼント購入代金と私宛の領収書が入っていた。サンタ事務局……そんな所あるんだ。
「サンタさん……きっちりしてんなぁ」
なんだか笑える。
バカバカしくて……泣き叫ぶあの人を見ていたら逆上せてた自分が馬鹿みたいに、どうでも良くなっちゃった。
“恋は容姿でするもんじゃない”
私も、見た目しか見てなかったかもしれない。その優しさが本物かどうか……知るきっかけはあったはずだから。
寝癖だらけのグチャグチャな髪にくったりしたねずみ色のスウェットの私は笑う。
明日からはまた元通りの私。
染めた髪はしばらく戻らないけど、ひっそり目立たず大学の図書館で大好きな本達に熱中する……私がいちばん落ち着く私に戻る。
「お腹空いちゃった」
そうして私はドアを開けた。
(おしまい)
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