サンタさんのお仕置き
(前編)
12/24、今日は待ちに待ったクリスマスイブ。
「こんな感じでいかがでしょう? 」
鏡の向こうの私はここに来たときより少しましになったみたい。
「雰囲気が明るくなってかわいいですよ〜、デート楽しんできてくださいね! 」
「ありがとうございます」
デート……その幸せな言葉の響きに思わずにんまりしてしまう。
この笑顔、気持ち悪くないかな。
それとなく鏡でチェックしてからサロンを出た。街はクリスマスらしく赤とグリーンで彩られていて、クリスマスソングがどこからか流れてくる。まるでドラマのヒロインみたいに、街を颯爽と歩いてみる。
夜になれば、きっともっときれいなんだろうな。
暗くなった街に輝くイルミネーション、隣には素敵な彼……人生史上最高に、絶対、幸せなイブになる。
想像しただけで顔が緩んで来るのがわかる。生まれてはじめて恋人と過ごすクリスマスイブ。
きゃー!恋人なんて言っちゃった!
私の心の声はあの日からずっと叫びっぱなしだ、正に狂喜乱舞。この私に、この私にそんな日が来たんだから!
「
「私と……ですか?人違いとかじゃなくて? 」
「人違いなんかじゃないよ、よく図書館にいるよね?かわいいなと思って見ていたんだ」
今から一ヶ月前、いきなり呼び出された私は生まれてはじめて告白された。相手は……ずっと大好きだった
カッコよくてオシャレで、学内のスーパースターと言ってもいいぐらい人気で、彼女いないのが不思議だってみんな言っていたその彼を、私はいつも遠くから見ていた。
その一方で彼とは正反対な私。
長い黒髪にメガネがトレードマーク。服だって着心地重視でおしゃれかなんて考えたこともなかった。友達も少なくていつも図書館にいて……彼が私の存在を知っていた事さえ驚くくらい、目立ったことはないと思う。
やっぱりあの時かな……。
入学したての頃、校内が広すぎて迷っていた私に優しく声を掛けてくれた。私達二人の、たった一つの接点でとっても大切な思い出。
ドキドキする。
心臓がおかしくなるんじゃないか、そう思うほどずっとドキドキ高鳴りっぱなし。
彼との待ち合わせは15時。イブのデートにしてはちょっと早い時間だけど、その分長くいられると思うと嬉しい。
「14時かぁ……」
遅刻しないように急いでいたのに、1時間も前に待ち合わせ場所に着いてしまった。人が多くて一時間もここで待つのはちょっと、居づらそう。
最後に見た目チェックもしたいし、近くにカフェを見つけて入ることにした。
ダイエットの為に美味しそうなカフェラテを我慢して馴れないコーヒーを頼むと2Fのカフェスペースに上がる。
窓際の席は思ったよりいい雰囲気を醸し出していて、待ち合わせ場所もよく見える。
静かで落ち着く。
そう思いながら紙袋の中を確認する。ネイビーの包み紙は、丁寧に保管した甲斐があってシワひとつなく買った日のままだ。
喜んでくれるといいな……。
彼の笑顔が目に浮かぶ。
「ギャハハハ、お前それマジかよ!? 」
それまで人もまばらだった静かな空間をぶち壊す騒がしい声。
「マジだって!! 」
大きく騒がしいその声が、なんとなく拓哉君のように聞こえた。
そんな訳ないよね……こんなとこでバッタリなんて恥ずかしすぎる。
幸い、少し離れた席に座ったのか、私の席からその人達の姿は見えない。
拓哉君の声に聞こえるなんて……楽しみにし過ぎておかしくなっちゃったのかもしれない。
気を取り直してスマホを取り出す。拓哉君からの連絡が無いことを確認してから、ちゅーっとコーヒーをすする。
「お前ってほんとに、えげつねぇなぁ」
またさっきの声が聞こえる。
「そんな事ねぇよ、お前だって賢く生きる術だと思うだろ? 」
「生きる術か、モテる奴は言う事が違うよなぁ、俺なんか泣いて頼んだって貢いでくれる奴なんていねぇぞ? 」
「ここの違いだよ、ここ!チョロそうな女なんていくらでもいるだろ? 」
賢いとか言ってるけど、貢ぐとかチョロそうとか……なんて失礼な人達なんだろう。
「で?今日は3人だっけか」
「あぁ……15時と17時と21時だな、時計と靴とバッグだから」
「やべーな、で、明日は? 」
「明日?明日は……バッグの女次第だけど約束は16時と20時かな」
「お前、5人も騙すなんて悪い男だなぁ」
ガハガハと雑で下品な爆笑が響き渡る。この聖なる夜になんて酷い話だろう。断片的に聞こえてきただけでもプレゼント目当てなのがよくわかる。
お金や物で……満たされるのかな、誰かから“好き”って言われるその気持ちこそが嬉しくて幸せ、私はそう思う。
好きって言われたあの日から、色んな事にお金は使ったし大変だったけど……拓哉君とクリスマスを過ごせる、それだけで頑張れた。
「でも俺には無理だわー、あの地味メガネとデート?並んで歩くだけでも無理! 」
地味メガネかぁ……その子も私みたいにそんな風に思われて辛かったんだろうな。
「容姿で差別しない素敵な人だって俺の評価が上がるだろ?お前は考えが浅いんだよ、それに少しでもマシになるようアドバイスはしたさ」
「へぇ〜、で、マシになったのかよ」
「どうかな、どうでもいい。面倒くさい種まきは充分したし後は物だけもらってさっさと退散するさ、まぁ……マシになってたら一回ぐらい抱いてやってもいいけど」
「マジでヤベェな!お前に逆上せてる女達に聞かせてやりてぇよ、
あいかわ……たくや……?
って、拓哉君の……事?
まさかね、そんな事。嘘であんな瞳できるわけない、好きでもないのに好きだなんて告白してくる意味がわからない、別に私じゃなくたって貢いでくれる女の子ならいっぱいいるはず。
きっと……そう!同姓同名とかだって。たまたま同姓同名の
「人聞き悪い事言うなよ、
「まあ、それもそうだな!」
ガハガハというあの笑いが、頭にガンガン響く……
確かに私なら、雑貨屋に並んでいる1000円のネックレスでも嬉しい。でもそれは男性にプレゼントを貰えたことがないからじゃない。
彼から……
相変わらずガハガハ盛り上がっている二人、自分が笑われている。
そこに居続けるなんて出来なかった。
音を立てないよう、気づかれないように立ちあがってコーヒーを捨てる。階段を降り、もう聞こえないところまで来た私は一目散に走った。
逃げたくなった、悪いことをした訳じゃないのに。
走って走って、髪が乱れても涙が溢れても、何にも気にせず走り続けた。
悲しい。
悔しい。
情けない、惨め……色んな感情が私を寄せる。この一ヶ月、忘れていた負の感情が一気に押し寄せる。
バタン。
家に帰ってきて扉を閉める。
そのまま部屋に閉じこもった、私の涙は止まらない。
罰が当たったんだ。
地味メガネ。
チョロい女。
時計と靴とバッグ……。
頭の中で、ずっとぐるぐる回ってる。
ぐるぐるぐるぐる……彼の顔や今までの事も回りだす。
スマホの着信音が鳴ってる、待ち合わせに来なくて怒ってるんだろう。
でもそれも、少しして切れた。
もう二度とかかってくる事はない。
もういい、どうでもいい。
何時だろうが、どうなろうが別にいい……きっとすぐ他の女の所に行くだろう。時計だって他の誰かが買ってくれる。
ただ、ただ……恥ずかしかった。
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