(後編)
「またあったよ、手紙」
配達を進めるに連れて増える手紙やおやつの数々。その一つ一つを俺と
「かわいいよねぇ、こんなにちびっ子に感謝されるなんて初めてだもん」
おやつをもぐもぐしながら
確かにそうだ、仕事をしてありがとうとか頑張ってとかそんな温かい言葉を掛けてもらった事……俺もない。
「そうだな……」
視線を落とすと、色とりどりの手紙の山。ありがとう、おつかれさま、がんばってね、子供達からの言葉に身体の奥が暖まる。俺達のほうが優しい、プレゼントをもらっているみたいだ。
「寒いし大変だけど、これ見ると来年もやろうかなぁなんて思っちゃうよね」
「あぁ、思ったより楽しいかもな」
「ほんとに!? じゃあ来年も一緒にやろっか」
「マジかよ、来年も徹夜かぁ」
おどけて冗談を言いながら笑い合う。どこでこんなバイト見つけられるのか疑問だけどこんなクリスマスもいいかもしれない、来年も
「あとちょっとだね……」
「ほんとだな」
後ろの白い袋は中身が減ってだいぶしぼんできている。
「じゃあ、交代しよっか。今度は私が届けに行くね」
「俺、ソリの操縦なんか出来ないって」
「大丈夫、見ててくれるだけでいいんだから」
そう言うと
改めて、記憶の糸を手繰り寄せる。
そうだ……そういえば小学生の俺の隣には、もう髪を二つに縛ってランドセルを背負った
彼女は大人しい性格で口数も少なかったけど親同士が仲良かったからか、俺とはよく話した気がする。
さっきの手紙を見る笑顔……あれは小さい頃の笑顔と一緒で、なんにも変わらなくて、だから懐かしくなったんだ。やっと一つ、思い出せた。
「お待たせ〜」
「あといくつだっけ? 」
「あと8つ! 」
「わかった、じゃあ行くか」
俺と
唐突に始まった面倒くさいサンタ役は、いつの間にか楽しい時間になり始めている。
このまま終わりたくない。
たださよならなんて寂しすぎる、どうやって連絡先を聞こう、荷物を持っていなさそうだけどスマホぐらいは持っているだろうか……頭の中で別れ際シュミレーションが始まる。
「なに? なんか気持ち悪〜い」
横顔を見つめる俺にする怪訝そうな顔もまた面白い。それにしても……
また一つ、横顔で思い出した。
中学に行ってからの俺達は話さなくなっていた事。でも確か、同じクラスだったと思う。相変わらず髪を二つ縛りにして女子グループの中にいる彼女は、目立たず静かに微笑んでいる……そんな風景を思い出した。
高校、一緒だったんだっけか……。
そこで記憶はぷつりと途絶えた。
さっきまで賑やかだったソリは静かになって、星空の中、トナカイの鈴だけがリンリンと揺れている。
「よし!張り切って行ってくるね! 」
「転ぶなよ」
勢いよく駆けていく
「なんか、忘れてるような気がすんだけどなぁ……」
独り言を吐きながら夜空を見上げると、星がきらびやかに輝いている。空が近いせいか、見たこともない数の光の粒だ。
「終わった〜、あと6つ! 」
小走りで戻ってきた
「空なんか見上げちゃってなに考えてたの? 」
「あぁ……」
どうしても自力で思い出す事は出来なさそうな俺は、思い切って聞いてみることにした。
「
一瞬、時が止まったように
さっきまであんなに楽しそうにニコニコしていたのに。
「そうだよね……」
小さく消えそうな声、ここが静寂に包まれる夜空の中でなかったら絶対に聞こえてはこない声。
「やっぱり……そうだよね」
「いやごめん、何ていうかその……俺、記憶力悪くてさ。ほんとごめん」
「ううん、こっちこそごめんね。付き合わせちゃって……もういいよ、後は一人でやる」
「え!?それは別に……えっ……? 」
気付いた瞬間、俺は突き飛ばされていた。
イブの夜空を真っ逆さまに落ちていく俺が見たのは、寂しそうな悲しそうな……何とも言えない
「
呼ぶ声も虚しく、空が遠くなっていく。
ビルが、家が、そして地面が……。
「わっっ!! 」
アスファルトに叩きつけられる寸前、慌てて跳び上がる。
「あれ? 」
そこはイブの街角でもソリの上でもなく朝日の射し込む、見慣れた自分の部屋だった。
「何時だ? 」
咄嗟に手首を見つめるけれど、あの腕時計はない。
起き上がり、ぼんやりした頭でトイレに行く。部屋は昨日寝る時のまま……窓も外れてないし、プレゼントと差し出してくれたあの箱も見当たらない。
夢……だったのか。
味気ない、雑に散らかった部屋。
「んなわけないよな」
おかしいと思った、あんなの現実なわけがない。クリスマスイブの夜、現れた可愛らしいミニスカサンタと一緒にプレゼントを配るなんて……。
“来年も一緒にやろっか”
一緒に……か。
夢だった、全て。懐かしい気持ちも楽しさも、一緒にいたい、そう思う気持ちも。寂しい、でもそのおかげで俺は思い出すことができた、全て……
彼女は幼なじみだった。近所に住んでいて小学生の頃まではよく一緒に遊んだ。中学に行ってからは冷やかされるのが嫌で話さなくなっていたけれど……それでも俺はこっそりノートを借りたりしていた。
彼女のノートは整えられていて分かりやすく、同じ授業を受けたとは思えない程だった。遊びまくっていても成績が良かったのは彼女のおかげだ。
高校も一緒だった、1年までは。
勉強についていけなくても、相変わらずこっそりとノートを借りてはなんとかしのいでいたんだ。
そんなある日、帰ろうとしていた所を俺は
「話があるんだけど……」
どことなく暗い雰囲気を伴った彼女の話より、俺は友達を優先した。
「わりぃ、今急いでんだ。また今度な」
それが、
はぁ……。
心のどこかで眠っていた後悔があんな夢を見させたんだろうか。わからないけど気になって仕方ない。
今、どうしているんだろう……。
SNSでも検索すれば出てくるのだろうか。
テーブルに置かれたスマホを手に取る。検索すれば連絡先ぐらい簡単に見つかるかもしれない、でもいきなり連絡したとして何て言えばいいんだ、夢を見たからなんて、頭がおかしいと思われるに決まってる。
やめよう。
夢の中で、突き落とされた時の
結局いつも同じだった、俺は……あいつを悲しませてばかり。あの事、後悔したはずなのにそれすらも忘れるようなバカ男だ。
“下に着いた、まだか?”
スマホに届いたメッセージは健吾からだ。もうそんな時間か……。憂鬱ながらも適当に着替えて外に出る。
寝たはずなのにまるで徹夜明けのように朝日が眩しく刺さって痛い。
「クリスマス最高だな!! 」
クリスマスセールで限定品のスニーカーが安くなるとかで、健吾は朝からうるさいほど浮かれている。
面倒くさいな……。
友達には悪いけど、今はスニーカーどころではない。昨晩の事が頭から離れない。
俺ぐらいのバカになるとあの夢も、いつか忘れてしまうのかもしれない。
こんな気持ちも……。
「いらっしゃいませ」
賑やかな店内に入ると、スタッフが俺達に話しかけてきた。
「限定のスニーカーってどこですか?」
「こちらです、ご案内しますね」
健吾はスニーカーのある棚に連れられていって俺は置き去り。仕方なくその辺の服とかを眺めてみる。
「何かお探しですか? 」
声を掛けられて振り返る。
「あ……」
「あ……」
俺達は同時に言葉を失った。
「また、会ったね」
俺の目の前には、遠慮がちな笑みを向ける……
〈終わり〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます