(後編)
YUI様の所属していたアイドルグループACCESSは、公開オーディションを勝ち抜いて選ばれた14人グループで、パフォーマンスに妥協を許さないプロ集団。
その中でも特にYUI.NANA.ALISAの3トップはグループにとって欠かせない存在、卒業なんて……何年も先の事だと思っていた。
「売上……低かったんだよね」
笑いながら、でも目が泣いている。
「アクスタもチェキ会も握手も、みんなのブースにはすごく並んでるのに、私は隅っこでポツンとしてるの。ボーカル磨いて歌割りもらってもさ、目障りだって……飽きたから早く卒業してほしいとか、後輩が育たないとか言われてさ。実際、辞めてからの方がグループ売れて出たかった番組全部出てて、今夜はNステのChristmasフェスだって。すごいよね」
確かにデビューした時の挨拶でNステに出たいって、YUI様は言ってた。お金をあまり使えない分、視聴者投票たくさんしてた時期もあったけど、それでも……卒業まで一度も、YUI様はそのステージに立つことが出来なかった。
「でもYUI様の貢献だってあったはずでしょ……だって、めげそうなあの子達を励まして一緒に練習したり、CDが出る度にショップに挨拶回り行って、Nステ出演決まったって運営に悪質ドッキリされた時だって、握手会の告知でみんなに会える方が嬉しいって気持ち抑えて笑顔でいてくれて……そんなの、YUI様のおかげに決まってるのに……なんで……」
気づいたら泣いていた。
「そんな事まで知ってるんだ……」
「知ってます、お金なくてこんな生活しててLIVEも握手も一回も行けなかったけど、せめてグッズはってアクスタだけは買ってて。こんな、こんな役に立たない一人だけど、いつか頑張ってYUI様に会いに行こうって……You◯ubeぜんぶ見ました。あなたの歌と笑顔に救われたんです。学校辞めて、就職うまくいかなくても人生投げちゃいけないって、いつか運命の出会いが待ってるって」
これが一番好きって、汚したくないって言ってたパーカーの袖で涙を拭ってくれるYUI様。
「あったでしょ」
「え……? 」
「運命の出逢い」
“私じゃなかった? ”
そう言って微笑んでくれる聖母のようなYUI様。そうだ、近くで見るとわかる……強めアイメイクのないYUI様が、あどけない素顔を持つ“ゆいちゃん”と重なる。
「さぁ、もう泣かないで。パーティーしてくれる約束でしょ? 」
やっぱりYUI様は、いつも私に魔法をかけてくれる。
「おねぇさんの名前、まだ聞いてなかったね」
「しいな……
ラベンダーの瞳がまた、きらり輝いて強くなる。
私の知ってる、YUI様の眼差し。
「1日だけの超限定復活LIVE、元ACCESSのYUIがしいなちゃんの為に歌います! 」
見える、左手にマイクを持ち、右手を高々と天に掲げてステージで輝く姿。
いたずらなウインク、軽やかにターンして始まるショータイム。
“始まるShow time 君と出逢えた”
YUI様だけのボーカルで聞く一番好きな曲。
“きっとこれは運命 迎える朝は眩しくて 輝き吸い込み弾けるんだ”
一緒に……LIVEと同じふりに思わず声を出す。
“今 解き放て”
こんな贅沢な夜、かわいそうな私に神様がくれたプレゼントなのかな。いつの間にか何曲も一緒に歌って、身体もひとりでに動いて。
LIFE、暁─AKATSUKI─、忘れたりしない……布団の中で声を殺しながら歌っていた神曲たち。悔しい夜、寂しい夜、ひととき現実を忘れて。いつかLIVEで生歌を……それが今、叶っている。
シンクロするように声を合わせ、リズムを刻み、目配せをして。アップテンポなダンスナンバーでボルテージは最高潮に。やりきった、計6曲を歌い終えたYUI様は深く深く頭を下げた。
「それでは、最後の曲……いつも私の運命を動かしてくれる“Destiny”を歌います」
華やかな“動”の空気が“静”に変わり、YUI様が両手でマイクを包み込む。
ピアノの旋律、すっと息を吸い込んで伸びるYUI様の高音、エンジェルボイス。背後に教会が見える……聖母と悪魔、子供と大人、両方の顔を持つ奇跡のアイドル。
“胸の中に ともる明かりを
そっと 包みこんで守りたい”
すっと全身に沁みる歌声、メロディも全部……一年間、私はずっとこれが欲しかったんだ。他の人はどうかわからない、でも私はYUI様のこの歌声じゃなきゃだめ。
泣けなかった。
「しいなちゃん、また泣いてる」
涙でぼやけ揺れていた視界がクリアになる。ラベンダーの瞳がじっと私を見てにこっと笑う。
「お腹空いちゃった」
彼女はもうゆいちゃんに戻っていた。
「チキン、温めますね」
「ねぇ、なーちゃん」
「は!? なー……ちゃん? 」
「うん、しいなだからなーちゃん」
「そんな呼ばれ方したの初めてだわ」
ゆいちゃんは笑っていた。友達しようって敬語で喋るのを嫌がって、トースターでチキン温めるのを面白がって。
「もう、復活しないの? 」
「う~ん、わかんない。顔もスタイルも自信ないし」
「そんなこと……」
「歌は好きだけど、そんなの全然大事じゃないってわかっちゃったんだよね」
色々あるのよと笑う、あれだけ実力があって努力を重ねた人でもどうにもならない事があるのか。
「なーちゃんは? 」
「え? 」
「どんなお仕事してるの? 彼氏は? せっかくの私のアクスタ隠してるってことは、誰か来てるんでしょ? 」
色々2人分あるしと笑うめざといゆいちゃんに、境遇を話す。同じ街で違う世界を生きる私達、こんな私のくだらない話を楽しそうに聞いてくれた。
「来年も一緒にチキン食べようね」
そんな約束、無理だってわかる。
「うん」
でもそんな未来があったらいいな、来年もこんなふうに街で出会って……心地よい眠気がすーっと降りてきて……。
「なーちゃん、またね」
そう聞こえた気がしたけど、なぜか重くて目が開けなかった。
そして目覚めたのは昼。
「そりゃ、そうだよね。あるわけないよ、こんなボロい家にYUI様降臨なんてさ」
ぼやきながら片付けをする。チキンもケーキも少しずつ残っていたし、缶チューハイも空いていた。きっとYou◯ube観ながらハメ外したんだ。軽い胃もたれを感じながら、いつも通りの憂鬱な朝。
「まぁ、いいや。仕事休みなだけ救いだ」
座ったまま寝ていたせいで体のあちこちが痛い。寝直そうと布団に潜り込む。
ブブブ……。
スマホが音を立てて震える。
“今、誰もいないんだ。来ない? ”
店長から。無視して目を閉じる。
“愛してるよ……しぃ”
起きて着替えていた。きっと会えば抱きしめられてそのまま……もう抜け出せない。悪い男でもすがられてしまえば髪を撫でてしまう。
ドンドンドンドンドンドン!!
ドアを叩く音。
もしかして苦情……呼吸を止めて居留守を使う。いないと思えば帰ってくれる。
「なーちゃん! いるんでしょ、早く開けて」
開けるとゆいちゃんが立っていた。
「なーちゃん、遅くなってごめん。準備できたから行こっ! 」
「行くってどこに」
「こっちの世界。なーちゃんのいる地獄よりマシでしょ? 」
「それ……どういう意味? 」
「二人でデュオやろう。なーちゃんと一緒に歌いたい」
突然の誘いに戸惑う私。後ろにはマネージャーさんらしき人まで。
「私、熊井と申します。YUIがあなたとどうしてもやりたいと。ここではなくもっと広い所で歌ってみませんか? 」
今の居場所と決別してほしい、事務所の寮で暮らしデビューを目指す。正式なスカウトらしい。
「目指すのはデビューじゃなくてNステ、単独武道館だからね」
どうかしてる、お金持ちの同情か気まぐれか……どうせ、また飽きたら捨てられる。
「お断りします。貧乏暮らしに同情したのかもしれませんが、バイトでも仕事には誇りを持ってるんです。それを地獄なんて言われる筋合いは」
「あんな男達に振り回される地獄より、こっちのがマシだって言ってんの」
瞳にYUI様の輝き。
「ついてきなよ、人生捧げる価値はあると思うよ」
愛しの推しからのプロポーズだった。
─1年後─
「それでは歌っていただきます。YUNAのお二人で“運命の続き”です、どうぞ」
1.2.3…リズムを刻み、イントロが流れスポットが私達を照らす。
神と憧れた人とステージで歌う私。
「お二人のハーモニーは本当に心地よいですね」
「いやぁ~、久しぶりにこういうの聴いたね、いいね! 」
NステChristmasフェス、今、目指していたステージに立っている。ずっとTVで見ていた大物にコメントをもらって、他のミュージシャンもすごい人達ばかり。
競争の激しい、厳しい世界。
「なーちゃん、チキン食べよ! 」
「また太ってマーさんに叱られるよ」
ケーキを売る声に惹かれて、その時から一緒にやりたいと思って声を掛けた、ゆいちゃんは雑誌のインタビューにそう答えていた。
でもさみしくはない、本当に自分を認めてくれる人と歩む道だから。
永遠にYUI様を推し続けるから。
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