第52話 前夜の夢

シーナさんの研究所は、とても広い。

「そこに荷物を置いてちょうだい。くつろいでもらって構わないわ」

「一晩お世話になります」

「ええ、一緒に過ごせるのが嬉しいわ」


私は少し穏やかな気持ちになる。

「ただ、明日は大分朝早いから」

「朝早くから?」

「ええ。恐らく丸一日かかるの。だから、今夜来てもらうようにしたのよ」

「そういうことですか」


朝早く迎えに来る時間を節約したかった、という意味だと私はすぐに気が付いた。

シーナさんが何やらごそごそしている。


「あった、これだ。マリ、あなたに対して行う被験はこれね」

「記憶を取り戻すための……、バーチャルリアリティー?」

「ええ。あなたは寝ているだけで良いわ」


だったら今からでもできるんじゃないかな?

私は内心でそう思っていた。


「日中じゃないと、なぜだか上手く作動しないのよ。不思議なことに、ね」

「どうして?」

「私もそれは分からないの。研究中だわ」


私は不安を覚えた。

だが、これは自分が決めたことなんだ、と改めて自分に言い聞かせる。


「大丈夫、日中は上手く作動するの。それに、何かあれば私がいるから」

「お、お願いします」


シーナさんは笑って頷いていた。

「そろそろ休んでちょうだい。そうだ、ホットミルクでも用意しましょう」

「ありがとうございます」

私はシーナさんが用意してくれたホットミルクを飲んだ。


「飲んだら、マグカップはそこに置いて。ゆっくり休んでね」

「はい、ありがとうございます」

私はホットミルクを飲み干した。

なぜだか、ホットミルクは少し不思議な味がした気がする。

そして、言われた通りにベッドサイドのテーブルにマグカップを置いた。


私は用意されたベッドで横になる。

いつの間にか、ぐっすりと眠っていた……。


ガサガサ……、ガサガサ……

なぜだか、不穏な音が聞こえた。


「……か、……か」

か?

私に何か関係あるの?


「ふ……、起きて」

「ん……。なに?」


それは紛れもない。

ふと呼ばれたのは私自身だった。


マリ、はレイチェルがくれた仮名だし……。

本名に関わるらしい。


そして、可愛い、大好きで大事な女の子。

そして、シーノ、という犬。

なぜだか、夢なのか現実なのか……、鮮明に記憶の断片のような物を見た。


シーナはマグカップを下げた。

そして、マグカップを洗いながらつぶやく。

「一応、記憶を探るための薬を入れて飲んでもらったけど……、マリは気付いていなかったみたいね。あんまりこういうやり方は好きじゃないんだけど……」

明日はいよいよ、記憶を探る。


「マリ、辛いことだけを思い出すというようなことがなければいいんだけど……」

シーナはどことなく不安に駆られた。


夢の中で、私に声をかける女の子。

そして、彼女は何度も呼ぶのだ。

「……姉さん」と


そうだ、私の名は―――!

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