第23話 その香りは

これが予選ラスト、そう言っていたというのに。

純白の白衣の人は高等セラピストと言っていたが、勝ち上がっていたのはロニーだけだ。


「ロニーって、本当に凄い人だったんですね……」

「ふふ、本当よね」

ミーシャも笑って答えてくれる。


舞台上に並んだセラピストたちの中に、ロニーと同じく純白の白衣を着ていたのは、たったの二人だった……。


いかに高等セラピストとは狭き門なのか、改めて知った気がする。

元より、セラピスト自体は国家資格だというのだから、取得そのものだけでも一苦労しそう!と改めて思ったけれども。


だが、何故だろうか? 

私は、何かを思い出すことができたのなら……。

さほど難しく考えることなく取れるような、そんな気がした。


ミーシャはツンツン、と肩をつつく。

「始まるわよ、予選最後のカードが! 」

私はハッとして舞台を見る。


ふわりと風に乗っていい香りが漂う。

「これはなんの香りなのかしら? 」

ミーシャはぼそりという。

「この香り……。どこかで……。」


私は思い出そうと必死に記憶を漁る。

ローズにも似たような、かと言ってローズほど甘くない香りで……。

なおかつほんのりと独特な感じのある……。


「あ! 思い出した! 」

「何を!? 」

ミーシャは私の声にビックリしたようだ。

「ゼラニウムの香りです! 」

「ああ、これゼラニウムだったのね……。」

「たまにレイチェルがラベンダーと合わせているのを見たことがあって。それで思い出したの! 」

「そうだったのね。」


香りという物は、不思議だ。

鮮明な記憶がなくとも、何となく記憶に残っているのだから。


私はひそかに、『記憶も連れてきてくれたらいいのに』と思った。

早く本当の自分を知りたい、そう言った思いはやはり少なからずある。


そして、記憶と言えば。

私に調香の現場を見せてくれたレイチェルは、よくラベンダーを主力に使う。

あの香りに癒されるからだ、と教えてくれた。


だが、身も蓋もないことを言うと……。


私はラベンダーの香りを夜中に嗅いで、とんでもなく後悔をしたことがあった。

お腹が空いてしまったのである。

盛大にグーグーと鳴るお腹を寝てごまかして事なきを得た。


その話をレイチェルにしたことがあった。

もちろん、レイチェルに爆笑された。

「アハハハ! そうね……、ラベンダーはシソ科のエッセンスだから……、そう思ったのかも……。 マリったら本当に面白いわね! 」

「お腹がうるさくて、なかなか眠れなかったよ」

「それはごめんなさいね」


だが、いまだになぜお腹がああもうるさくなったのか、私は分からない。

だが、明らかにどこかであの独特の香りを嗅いだのだ。

それも、おそらくは食事に関わることで……。


そんなことを思い出している間に、予選は終わっていた。

二人の純白の白衣をまとった女性と青年が喜んでいたのはよく見えた。

「ヴェルデとブルだったのね……。」

「結構有名な感じですか? 」

「ええ、双子のセラピストでね。ヴェルデが姉、ブルが弟よ」

「双子かぁ」


突如、チクチクと頭が痛む。

何かの記憶を刺激したらしい。


『さあ、今日は……が好きな……のふりかけでお結びを作ったからね』

『わぁい! 私これ大好き! 』

いつもの二人の女の子だ。

片方の子は、紫色の小さいふりかけを施されたお結びに喜んでいる。

あのふりかけ、確かどこかで……! 

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