第19話 祭典の始まり
レイチェルはちらりとカレンダーを見る。
「祭典、あの日だけは、私だってロニーと対等にいられる。けど、同時に一年で少しでも腕を上げておかなきゃいけないってことよ」
「対等? 」
「ええ。ロニーは高等セラピストって言う肩書がある。私はまだ下級セラピスト、まだまだ上を目指していかないとね」
「だから、まだ香りの事をロニーには言っちゃいけないってこと? 」
「そうよ」
レイチェルは少し、嬉しそうな、緊張しているような、複雑な表情をしていた。
日に日に、レイチェルもロニーも、どことなく距離を取るようにしているのを感じた。
ロニー曰く、『お互いに手の内は見せたくない』といったところらしい。
それほどに、『祭典』は大事な事のようだ。
私はそれをどちらの視点ともいえず、見守ることしかできなかった。
いよいよ祭典前夜。
今日は買い出しした夕飯を食卓に並べている。
二人は少し、ピリピリとした様子で食事を口に運んでいた。
「僕は早めに休むよ。レイチェル、明日ばかりは君もライバルの一人だ。助手なんて甘く考えちゃいけないよ」
「わかっているわ、ロニー。ずっとあなたの背を追いかけ続けていただけじゃないって、明日教えてあげる! 」
「楽しみにしているよ」
ロニーは先に部屋に戻っていった。
私は食器を下げて、洗う。
「私もそろそろ休むわね」
「うん、レイチェル、明日頑張ってね! 」
「ありがとう、マリ。おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
レイチェルが部屋に戻っていく姿を見送った。
私は、食器を片付けてからというもの、部屋でただ色々と考えた。
どうやったら、そんな凄いセラピストになれるのだろう? と
祭典当日
レイチェルとロニーは、朝早くから先に家を出た。
私はというと、支度をしてから連絡をすることにしていた。
「あら、マリじゃない! 」
私はふと振り返る。
そこにいたのは、雑貨屋Acquamarina(アクアマリーナ)の店員でもあるミーシャだった。
「あれ? ミーシャさん」
「ミーシャで良いわよ。今日は祭典でしょ? お店はお休みなのよ」
「そうだったんですね……。祭典には来たことがなくて。どんな感じなんでしょう? 」
「アローニでは一番盛大なお祭りよ。良かったら、案内してあげるわ」
「お願いします」
「それじゃあ、行きましょう」
私はミーシャと一緒に祭典を歩いて回る。
「今日は作品のコンテストがあるの。それが一番大きな目玉ね」
「作品って……、香りの作品ですか? 」
「ええ。そうよ。今年はレイチェルが何を作っているか、私も楽しみだわ」
「作るのはなんでも良いんですか? 」
「一応、部門はあるわ。ルームフレグランス、香水、それにボディケアオイル、ヘアケア、とか色々ね。使う時はなにかと薄めたり、伸ばしたりするんだけど、コンテストはそれの素になる香りを作るのよ。」
「難しそう……」
「とても難しいと思うわ。必ずしも、すべての香りが万人受けするってことはないのよ」
「え? 」
「味覚と同じで、嗅覚も人によって好き嫌いは大きく分かれるからよ」
言われてみればそうだった。
私は甘い食べ物は好きだが、辛い物は苦手だ。
だが、ロニーは甘いよりかはほろ苦いくらいの食べ物が好きだと言っていた。
レイチェルはローズの香りは好きだと言っていたが、私はどちらかというとカモミールの方が好きだ。
そういうことなのだな、と改めて思う。
「マリ、どこから見たい? 」
「あ、じゃあ……バザーのところから」
一瞬、ズキリと頭が痛くなる。
二人の女の子を、男の人と女の人が手を引いて歩く姿が脳裏に浮かんだ。
わいわいがやがやと賑やかな……、お祭りなどに来ているのだろう。
そんな光景がなぜ……?
「マリ、バザーはこっちよ。寒いから、温かい珈琲でも飲んでいきましょう」
「あ、はい! 」
ミーシャと珈琲を飲んでから、バザーを見て回る。
賑やかな祭典に、私は少し楽しくなってきた。
「コンテストは午後からよ! 楽しみね」
「はい! 」
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