第18話 祭典の準備

レイチェルがうたた寝していた日を皮切りに、ロニーやレイチェルは明らかに忙しそうに走り回っている。

『祭典』に出す作品制作に奔走している、と二人は言っていた。


昼下がりになると、二人はキッチンに入ってくる。

私は珈琲を淹れて、二人に出す。

「あ、ありがとね。マリ。嬉しいよ」

「祭典って、二人も結構大変なんだね……」

「ええ、ちょっと忙しくてごめんなさいね」

「祭典が終わったら、ひと段落するとは思うんだけどねぇ……」


二人にとっても、その『祭典』というものはとても重要だ、ということは私にも理解できた。

「マリ、珈琲淹れてくれてありがとう。落ち着くわ」

「こういうことのお手伝いなら、私でもできるから良かった」

「本当、助かるわ。掃除もやってくれてて、本当こう手が回らない時ありがたいわね」

私は照れて何も言えなくなる。


それほど、ロニーもレイチェルも忙しいのだ。

私はなるべくお手伝いを頑張ることにした。


食事だけは、まだ一人で用意はできない。

アローニの言葉にはまだなじむことができていなくて、読めないものも少なくないから料理ができない。

レイチェルが料理だけは何とかやってくれていた。


「これを温めて……、これを切って盛り付けて……」

今日はカプレーゼとパスタとサラダだ。

簡素だが、色々忙しい中で作ってくれるからありがたく思った。


「レイチェル、後片付けは私がやるね」

「いつもありがとう、マリ」

「ううん、レイチェルもロニーも何か頑張ってるから、応援したいの」

「その気持ち、すごく嬉しいわ」

「レイチェル、忙しい中なのに食事の支度をしてくれてありがとうね」

ロニーも疲れた様子はありつつも、レイチェルに優しい表情でお礼を言う。


三人で食卓を囲み、食事を摂る。

「ところで、進捗はどうだい? 」

「もう少し考えてみて、明日作ろうと思うわ」

「そっか……、僕も似たようなものさ」

「二人は何か作っている感じなの? 」

「うん、まあそうだね」

「来週、祭典が開かれるから……、その時のお楽しみにしておいて」

「今週いっぱいは、マリにも色々負担が大きいかもしれないけど、祭典が終われば前みたいな感じに戻るからね」

あと数日の我慢、二人は口を揃えて言った。


私も雑用でバタバタとしていたせいもあるのだろう。

記憶と思われる夢なども見なくなっていた。

いや、むしろ見ていても思い出せなくなっているのかもしれない。


もう一つ、気になることもあった。

元居た世界だ。

どんな場所だったか、どんな言葉を使うのか……。

自分はどんなことをしていたのか……。

思い出せる自信もなくなってきた。


それでも、ロニーやレイチェルが頑張っている姿を見ていると、私も落ち込んでいる場合じゃない! と気合が入る。

不安から手を止めてしまっていた掃除を、張り切って再会する。


急にドアが開く。

そこからは、柔らかい香りがほのかに漂ってきた。

「マリ、少し疲れてない? 掃除もたまには休んだっていいのよ? 」

レイチェルが声をかけてくれる。

「ううん、大丈夫! ありがとう。レイチェルも無理はいけないよ」

「ふふ、ありがとう。心配をしてくれるのは嬉しいわ」


「もしかして、珈琲を飲む? 」

「ええ。少し気分転換にね」

「じゃあ、淹れるね」

「ありがとう。最近、マリの淹れた珈琲を飲むのが楽しみになってね」

「それは嬉しいなぁ」

香りのことを言うべきか、私は少し悩んだ。

「どうしたの? 」

「……さっき、レイチェルの部屋から良いにおいがしたな、って思って」

「そう? 」

私は静かにうなずいた。

「でも、まだロニーには内緒にしていてね」

レイチェルは悪戯っぽく笑って言った。

「祭典まで、あと4日か……」

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