第6話 香りに包まれて

家に着くなり、私は自分が寝ることになる部屋へと連行された。

「ちょっと待っててね! 」

レイチェルは大慌てで部屋から出ていく。


『私、……になりたいんだ。……を可愛くしたいから』

私の記憶の断片だろう、と私は仮説を立てることにした。


何になりたいのか……。

誰を、もしくは何を可愛くしたいと思ったのか……。

そして、いつ言ったのか……。

そこを思い出すことができない。


「記憶の手掛かりになると良いんだけどなぁ」

「マリ、お待たせ。早速だけど、カエルの加湿器を起動させて」

「え? どうやって?」

「ああ、そうだった……。じゃあ、起動の仕方を説明するわね」


レイチェルは加湿器の説明書を取り出した。

そして、丁寧に説明してくれる。


「ここに水を入れて、あとこのシートの部分にこれを少し付けてくれる? 」

「こう? 」

「そうよ。それからここにコードを差して、このボタンを押したら……これでよし! 」


少し経って、蒸気と一緒にふんわりと良い香りが広がる。

「これって、なんだか癒されるね……。なんの香り? 」

「これはね、オレンジとマジョラムを混ぜてみたの。ロニーじゃなくて私が作ったんだけど、どうかな? 気に入ったかしら? 」

「ええ、とても。良いにおい……」

「リラックスできる香りにしてみたわ」


レイチェルによると、香りによっても雰囲気という物は大分違うらしい。

確かに、マスターからもらった冊子に付いていたサイプレスの香りは爽やかだった。


「マリはどんな香りが好きか、私も知りたいわ。良かったら付き合ってくれない? 」

「もちろん! いろんなことを知りたいな」

「セラピーの事も、教えられることは教えてあげる。ゆっくりでいいから、一緒に勉強頑張りましょう」

「うん、よろしくね」


思い出したように、レイチェルはハッとした顔をした。

「そういえば、頭痛は大丈夫? 」

「少し座って休んでたらだいぶ楽になったよ」

「そう……。よかった。けど、今日はゆっくり休むのよ」


レイチェルは部屋を出ていって、私はごろりとベッドに寝転がる。

「好きなもの……。好きな香り……。どんなだろう? そういえば、私何かを勉強したいって言ってたけど、何を勉強したかったんだろう? 」

ぐるぐるぐるぐる謎が周回した。


「ああ、ダメ……! 考えれば考えるほど訳分かんなくなってきた! 考えるのは一旦やめよう……」

私は自然に身を任せることにした。

無理に考えても、何も思い出せないのだから。


ぼんやりとしていると、妙にうとうととしてくる。

オレンジとマジョラムの香りに癒されて、私はいつの間にやら眠ってしまっていた。


『……はさ、本当に……が好きなんだね』

『うん、大事な相棒だもの』

ぼんやりと深い霧に包まれたように姿は見えない。

それでも、そこそこ大きいものがいることは、感じ取れた。

そして、『ワンッ』という声も聞こえた。


「シーノ……」

「シーノって何? 何か思い出したのかい? 」


私はその声に驚いて飛び起きる。

ゴチンッ! と鋭い音が部屋に響いた。

「あいったたた……! 」

「石頭だね……、これは痛かった……」

私は飛び起きた拍子にロニーの顎に頭突きを食らわせてしまったようだ……。

ロニーが痛がっているけど、もちろん私の頭もかなり痛い。


「ところで、なんでロニーさんがいるんですか? 」

「ロニーでいいよ。夕飯になるから呼びに来たんだよ」

「そうだったの……」


ロニーに連れられて、ダイニングへと辿り着く。

「お待たせ、レイチェル」

「あら、ありがとう。さあ、夕飯をいただきましょう」

レイチェルの作った料理を目にして、私は驚いた。

それは昔からの大好物だったからだ。

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