第4話 セラピストとは

靴屋に辿り着いて、レイチェルは手を引いて教えてくれた。

「運動靴を一足、買っておかないとね。」

「この靴ですか? 」

「ええ。それをロニーの部屋に入る時に履く靴にしたらいいわ。好きな色合いとか覚えているならそれの方が良いわね」


私はざっと靴を見渡す。

そして、一つの靴を持ち上げ、試し履きをする。

「キレイな色の靴……。なぜかこんな色の物に惹かれちゃう……」

「アクア系が好きなのね。きれいな色」

アクア色の靴を上履き用にと、普段の外履きに黒いふくらはぎまであるブーツを買う。


レイチェルが、ブーツを薦めてくれた。

「編み上げブーツ、やっぱり似合うわね! 可愛いわよ、マリ」

「ありがとう、レイチェルさん」

「さん付けだなんて他人行儀ね。レイチェルって呼んで、普通に話してほしいわ」

「え……? 良いの……? 」

「ええ。マリとはもっと親しくなりたいもの」

「ありがとう、レイチェル」


レイチェルは、他のお店へと連れていく。

「ここがセラピスト御用達のお店よ。今日はロニーから頼まれた、大事なエッセンスっていうものを買い足しにね」

「えっせんす? 」

「セラピーには欠かせない物よ。主に植物から採取されているわ。マスター、いる? 」

「おや? レイチェル、来ていたのかい。いらっしゃい」

「こんにちは。早速でごめんなさいね、ロニーからこのエッセンスを頼まれているんだけど……、あるかしら? 」

長身の男性……、マスターと呼ばれている男性が、レイチェルからメモを受け取る。


「ああ、これはあるね。ただ、すまないね。指定の量は無いから少し少なくなるよ」

「ロニーには伝えておくわ。恐らく大至急ってわけじゃないと思うから」

「それは良かった。また入荷したらすぐに連絡しよう」

「他のエッセンスはどうかしら? 」

「他のは指定量もあるから、用意してこよう」

マスターは奥へと向かった。


「いろんなものがある……」

「マリ、ここから先の物は触っちゃダメ。この先の物は、セラピストしか触ることが許されていないの。」

「そうなの? 」

「アローニでは、セラピストは国家資格よ。免許なくセラピーをすることや指定外の道具を触ることは禁じられているの」

「レイチェルはセラピストなの? 」

「一応はね。資格自体は持っているから、ロニーのお使いもできるけど、まだ独立するには経験が足りなくてね。それで、ロニーに助手って形で色々教わってる、って感じかな」

「そうだったんだね・・・・・・。国家資格かぁ」


「待たせたねぇ。一緒に確認しておくれ」

「ええ、お願い」

「じゃあ、まずこれは『ハナハッカ』のエッセンスだよ。それから、こっちが『オレンジ』のエッセンス、それとこれが『ラベンサラ』のエッセンスと、これが今うちにあるだけの『ジャスミンEX』のエッセンスだ」

「確かに確認したわ。お代、ここに置いておくからね」

「ああ、ありがとう」

レイチェルは台の上にお金を出した。


「ところでレイチェル、あの子は? 」

「マリよ。ちょっと訳があって、しばらくロニーの家で一緒に暮らすことになったの。セラピストにも興味を示してくれているわ」

「なるほど。よろしく頼むよ。セラピストになりたくなったら、いつでも声をかけとくれ」

「マスターさんに言って、セラピストになるんですか? 」

「いやいや、セラピストだけではない。適正検査ってものがあってな」

「セラピストの他にも、様々な資格があるの。この検査がいわば分岐点ね」

「マリ、君にこれをあげよう。そして、本気で学びたいと思うのなら、またレイチェルにでも頼んでここに来ると良い」

私は小さい冊子をもらった。


レイチェルと外に出て、初めて気づいた。

外の空気が澄んでいて、冊子からほんのりと優しい香りがしていることに。


「ねぇ、レイチェル……、これって、なんの香りなのかな? 」

「これ……?ああ、これはサイプレスね。爽やかな香りがするでしょう? 」

「ええ、私、こういう香りが好き」

「きっと、マスターがそっと冊子に香りを付けたのね。結構薄くついてたけど、感じ取れてったことは、もしかしたら才能あるのかもね」

「セラピストのかな? 」

「かもしれないわね。でも、まずはアローニの言葉を覚えて、生活に慣れてからにしましょう」


私は少し嬉しい気分で、レイチェルと共に雑貨屋さんへと向かった。

その香りが、のちにアローニでの生活を大きく変えるとも気付きもせずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る