第2話 仮名

急な丘を登っていく。


日頃から運動をしなかったせいだろうか、妙に体が重い……。

「まだなのかな? ……ねえ」

「もうちょっとだからね」

何回もその言葉ではぐらかされたような、そんな気がする。


「さあ、着いたよ。お疲れ」

丘の上の家に着いてから、ロニーの笑顔が眩しい。

私は、少しイラっとしたのでペシッ! と一発、ロニーの背中を叩いた。

「あいたぁ! ッはは、面白いな、キミは。見ていて飽きないって言われたことないかい? 」

「えっと……。うーん、どうだったかな」

「そっかそっか、そういう記憶がないんだね。主に自分についてや、対人関係とかの記憶がない、不安だろうねぇ」

「それは、まあ……。でも、前向いていかないと」

「いけないよ! そんな義務っぽくしちゃ」


ロニーは真顔で言った。

「僕はね、仕事柄『頑張らなきゃ! 』 とか『していかないと! 』 って無理してる人をたくさん見てきたからね。そうやって、キミ自身がすり減り続けるのは良くない。僕はそう思うよ」


ロニーの言葉が重く心にのしかかった。


「そんな顔しなくても、僕はキミの面倒を見る事ぐらいはするから心配はいらないよ、ここ、『アローニ』 にいる間はね」

「あろーに? 」

「色々教えてあげるよ。その前に、僕の助手を紹介させてくれるかい? 」

「助手……? 」

「レイチェル! いるかい? 」


華奢ですらりと背の高い女性が家から出てきた。

彼女が、レイチェルというらしい。


「ロニー、何か用だったかしら? 」

「そうだねぇ……、どっから頼もうかな? 」

「決めてないのね!? 」

私は思わず突っ込む。


レイチェルはその様子を見て笑う。

「その人は? 」

「どうやら、稀にいるアローニに転送されてきた人らしいんだけど、本人が記憶喪失でね……。名前も分からないんだ。どこから来たのかも」


レイチェルは少し考えて、よしっ! と手を叩く。

「ずっとキミ、アナタ、みたいに呼んでおくわけにはいかないわね。とりあえず、ここでは『マリ』と名乗ってはどうかしら? 」

「マリ……? 」

「仮の名前よ。もし、本当の名前を思い出したら、マリと名乗り続けるか、あなたの名前を名乗るか、その時に決めたらいいと思うわ。どうかしら? 」

「ありがとうございます、レイチェルさん! 」


「さてと、マリ。夜はうんと冷えるんだ。中にお入り」

「ありがとうございます……」

しばらくは家には困りそうにない。


「ところで、私にも何かできないですか? 」

「じゃあ、家事手伝いを頼もうかね。ああ、レイチェルに聞いてくれればそれでいい」

「はい」


レイチェルは腕を掴む。

「さあ、着替えやマリの生活雑貨を買いに行きましょう! ずっとその服や生活雑貨もない状態で過ごすわけにもいかなくてよ? 」

「はい! お願いします」

「見立ては得意なのよ。でも、好きな服があればすぐに言ってね」


「ああ、レイチェル! ついでにセラピーの道具も買ってきてほしいんだけど、構わないかい? 」

「ああ、メモに載っていた材料ね。わかったわ」

「ところで、そのせらぴーって……? 」

「セラピーのこと、知らないのね。良いわ、買う時に一緒に教えてあげる。さあ、行きましょう」

レイチェルに連れられ、私は買い物に出た。

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