16話 騎士団団長

 ここには人間はいず、様々な種類の鬼が蔓延る島。

 名は──『鬼ヶ島』。

 そんな鬼ヶ島の奥地に聳え立つ和風建築の城。その城内の一部屋で、悪戯狸あくぎりと復活したロウがある者に対して片膝をついて頭を下げていた。

「2人して何をしている?」

ある者が発した声の重みが、悪戯狸とロウに伸し掛かる。

「加えて2人とも私の力を使っての敗北。何か反論はあるか?」

ある者が凄まじいプレッシャーを放ちながら問う。しかし、悪戯狸とロウは縫われたかのように口を開くことが出来ない。いや、開けるわけがない。

「お前達が幹部という立場にいれるのは、私の力に限りなく適合したからに過ぎない。私からすればお前達も雑兵も扱いは変わらないのだぞ。いつでもお前達の中にある私の力を暴走させて殺せるということを忘れるな。」

ある者からの忠告に、2人はただ黙って頷くことしか出来なかった。

「改めて命令を下す。お前達には異世界から訪れた男─導和どうわ桜音木おとぎをここに連れてこい。死んでいなければ五体満足でなくても構わない。良いな?」

ある者からの命令に、再度2人は頷いてみせた。そしてその後、ようやくロウが口を開いた。

「あの、1つお聞きしても宜しいでしょうか?」

「何だ?」

桜音木あの者を連れてくる理由というのは何なのでしょうか?」

「それを聞けば、お前は確実に奴を連れてこれるのか?」

ある者からの皮肉な質問返しに、ロウは口籠ってしまう。ある者は口籠るロウを鼻で笑った後、答えた。

「特に教えぬ理由もないから話しておこう。私は『桜音木の魔法』に用がある。」

「あの文字の意味を具現化させる魔法のことですかぁ?」

ようやく悪戯狸も口を開く。

「ああ。私はあの魔法について知りたいことがある。だから連れてこい。」

「御意。」

悪戯狸が返事をしたその時、外から不気味な雄叫びが響いてきた。

「何の騒ぎだ?」

ある者が視線を城外に向ける。

「スキャンしたところ、どうやら『あのデカブツ』が五十年ぶりに目覚めたようです。」

ロウが答える。

「…そうか。まぁ好きにさせておけ。本能的に人間どもを滅ぼしに動くだろう。動きを制御することは可能だが、本能のままに暴れてもらう方が効率的だ。」

「畏まりました。では、自由にさせておきます。」

ある者とロウ達が会話していると、目覚めたデカブツがゆっくりと移動を開始する。

「お前達も行け。1日でも早く命を完遂せよ。」

ある者の言葉を最後に、悪戯狸とロウは今いる部屋を後にした。

「…導和桜音木。私の予想が正しければ、お前はに……」

1人となった部屋に、ある者の呟きが溶けていくのであった。




 竜宮箱りゅうぐうばこ乙姫おとひめとロウの激闘から数日が経過した。童話世界に転移してから激闘に巻き込まれ続けた導和どうわ桜音木おとぎにとって、この数日間はとても良い休養となった。


 そしてとある日の朝。いつものように目を覚ました桜音木は、ルーティーンと化した動きで準備を済ませ、自室を後にする。そしていつもの流れで司令室へと向かう途中、周囲の空気がいつものではないことに気付く。

(なんだ?周りが妙に緊張気味だな。)

どことなく落ち着かない周囲の団員達に疑問を抱きつつ、司令室へと到着した。

「おはようございます。」

桜音木の挨拶に反応したのは、ポニーテールのように束ねた黒髪に桃色の瞳をもち、白色と桃色を基調とした袴を着用する青年─桃川ももかわ凛太郎りんたろうと、髪先にいくにつれて薄くなるようグラデーションがかかった緑色のストレートヘアと琥珀色の瞳をもち、軽量化し、動きやすさを重視した十二単を見に纏う少女─竹取野たけとりのかぐやの2人であり、同時に桜音木の方へ振り向いた。

「おはようございます桜音木さん。」

かぐやが美しい笑顔で返事をする。

「あの、何だか本部内全体が緊張感に包まれているように思うんですけど。」

桜音木がここまで来るまでに感じた疑問を投げかける。

「そう言えば桜音木には伝えていなかったな。今日は会合の為に別組織が本部に来るんだ。」

凛太郎が答える。

「別組織?会合?」

桜音木がオウム返しで訊くと、かぐやが頷いた。

「はい。その組織のお名前は───」

その時、レッドフードから通信が入り、司令室にレッドフードの声が流れる。

「団長、司令室前まで到着しました。中にお通ししても構いませんか?」

「はい、お願いします。」

かぐやが許可を出すと、司令室の扉が開き、金髪のウルフテールに水色の瞳をもち、赤色基調のディアンドルに身に纏い、赤いパーカーを被る少女型アンドロイド─レッドフードを先頭に、見知らぬ2人の女性が入ってきた。

「久しいな、かぐや!元気そうで何よりだ!」

明るい声の女性が、かぐやに挨拶をする。

「はい。そちらもお元気そうで。」

かぐやが笑顔で答えると、明るい声の女性が桜音木の存在に気付く。

「おや?新顔かい?ならば自己紹介をしよう。私の名は『シンデレラ・T・クロノス』。『リブカイハ騎士団』の団長だ!」

年齢28歳。身長180cm。お団子ヘアにしたブロンドヘアに青色の瞳をもち、青を基調としたドレス型の鎧を見に纏い、足には硝子のヒールを履き、腰には一本のレイピアを下げている女性はシンデレラと名乗りながら、桜音木に握手を求めてきた。

(シ、シンデレラだぁぁぁぁ!シンデレラが騎士になって現れたぁぁぁぁ!)

桜音木は心の中で叫ぶ。そして改めて自分がいるこの世界が、童話の世界だということを再認識するのであった。

「…?どうした、緊張しているのか?」

シンデレラが目の前で固まる桜音木に少し笑いながら尋ねると、桜音木はハッと我に返った。

「はっ!す、すいません!導和桜音木といいます。」

桜音木は慌てて手を差し出し、シンデレラと握手を交わす。

「桜音木か、よろしく頼む。──こちらは私の側近、『リーフェア・カミハハ』だ。」

年齢50歳。身長160cm。ふくよかな体型で紺色のローブを見に纏い、胸元に大きなピンク色のリボンを付けているリーフェアという名前のこの女性は、シンデレラの少し後ろで丁寧なお辞儀をした。

「さて、自己紹介も済んだところで、定期会合をしようではないか。」

シンデレラが視線をかぐやに向ける。

「はい。あっ、シンデレラさん。今回の会合、桜音木さんも参加して頂いても宜しいですか?」

「……?構わないが、理由を教えてもらえるかい?」

「今回のメインテーマとなる人物になるのが必然ですので、ならば御本人がその場に居るほうが話し合いもスムーズかと思った次第です。」

「ほう。それ程話題性のある人物なのか。少し興味が湧いてきたよ。」

シンデレラが横目で桜音木を見る。

「では、司令室でするのも何なので、別の部屋に参りましょう。」

かぐやの言葉を合図に、かぐや、凛太郎、シンデレラ、リーフェア、そして桜音木の5人は部屋を変えるため移動を開始した。


 かぐやが会合に選んだ部屋は、部屋の中央にちゃぶ台、隅に座布団が積んであるだけのとてもシンプルな10畳くらいの茶の間であった。

かぐやは自ら座布団を人数分をセッティングすると、座るように促す。そしてちゃぶ台を囲むように、かぐやの正面にシンデレラ、右にアーフェリ、左に桜音木が座った。凛太郎は一度部屋から出て、人数分の湯呑みを乗せたおぼんを持ってくると、全員の前にコトンと置いていく。そして残った自分の分を持ったまま、凛太郎はかぐやの少し後ろの位置に座った。

「ははは!今回も会合の場は面白いな!」

片膝を立てて座るシンデレラは、昭和感のあるこの部屋が気に入ったらしく、部屋を見渡しながら笑う。

「気に入って頂いて良かったです。」

正座のかぐやがシンデレラの反応を見てクスッと笑う。

「ではまず、いつも通り情報交換から始めようではないか。」

シンデレラとかぐやは、慣れたように鬼の情報や周囲の情勢などの情報を交換していく。口を挟む暇もない桜音木は、シンデレラとかぐやの会話を聞きながら、時が過ぎるのを待つのであった。

 一通りの情報交換が終え、遂に話題の中心が桜音木となる。

「さて、いつもの情報交換は終えたところで、そろそろ彼について話そうではないか。」

シンデレラから視線を向けられた桜音木に、少し緊張が走る。

「そうですね。では、ご本人から話していただきましょう。」

かぐやが桜音木に自身の事を話すように促す。

「……かしこまりました。」

桜音木としては、これ以上変に目立ちたくないという本音はあるのだが、断れる状況ではないので、潔く話すことにした。

「竜宮組は裏の情報網によってあなたの素性を知っていました。つまり、隠し通すのも限界があるということです。ここでシンデレラさん達に秘密にしたところで、いずれ桜音木さんの素性を耳にしますよ。」

桜音木の本音を表情と声色で見透かしたかぐやが、微笑みながら告げる。

「……はい。」

桜音木は完全に諦めがつき、自身についての話を始めた。



  「ふむ…現実世界に童話世界。我々の世界は本の中。そして彼の世界には我々のモデルとなるキャラクターが存在する。成程………理解が追い付かないな!」

シンデレラが諦めてアハハと笑う。

「嘘のような話ですからね。すぐに理解出来ないのは当然です。」

かぐやも釣られてクスクスと笑う。そして一頻り笑ったシンデレラが話を続ける。

「正直なところ、今ここで彼の話を鵜呑みして信じることは出来ない。すまないが一度この件については持ち帰らせてもらうぞ。」

「はい、大丈夫です。」

「ありがとう。では、今回の会合はここまでにしよう。すごい頭を使ってヘトヘトだ。」

シンデレラは残っているお茶を飲み干してから立ち上がる。

「本日の会合も大変有意義でした。」

かぐやも立ち上がり、ペコッと頭を下げる。

「こちらこそ、とても興味深い話を有難う。」

シンデレラが握手を求めて手を差し出す。かぐやがその握手に応じ、2人の握手を最後に、今回の会合は終了された。


 かぐや達はタケハエルの出入口まで移動すると、シンデレラとアーフェア、そして操作の為に凛太郎がタケハエルに乗り込んだ。

「では、またお会いしましょう。」

かぐやが頭を下げると、桜音木も同じように頭を下げた。

「ああ、またな。」

シンデレラがニッと笑い返した後、タケハエルの扉が閉まった。

 見送りが終え、タケハエルの扉前に立つ桜音木とかぐや。次の瞬間、かぐやが力なくペタンとその場に座り込んでしまった。

「だ、団長!?」

突然座り込むかぐやに、桜音木は慌てるしかなかった。

「っっっっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!」

慌てる桜音木を置いたまま、かぐやはまるで緊張から一気に解放されたかのように、天井を仰ぎながら大きくて長い溜め息をついた。

「そんなに緊張なさってたんですか?」

桜音木が尋ねると、ようやくかぐやが返答をする。

「当然です。少しでもシンデレラさんに絶鬼団がと判断された場合、リブカイハ騎士団との関係が、最低でも険悪、最悪の場合敵対関係になってしまうのですから。」

かぐやが話しながらゆっくりと立ち上がる。

「……どういう事ですか?」

桜音木が意味が分からず更に尋ねる。

「シンデレラさんが暮らす国─『リブカイハ』には、とある制度が絶対なのです。」

「とある制度?」

「それは『序列制度』です。リブカイハに暮らす者は、老若男女問わず番号が振り分けられます。そして1に近い数字であればあるほど階級は上となり、下の者は上の者に従うのが当たり前だと、幼い頃から教えられるのです。」

「……?色々と聞きたいことはありますけど、その序列制度が何でリブカイハ騎士団との関係性に関わってくるんですか?」

「シンデレラさんは幼い頃からリブカイハで暮らしている為、例外なく他の国民と同じ思考、つまり『序列』というものを一番に考えます。故に彼女は自身と対等、もしくは上と判断した組織としか良い関係を築こうとしません。もしも彼女に下と判断された組織は、徹底的な見下しと、まるで奴隷のような扱いが待っています。そんな扱いに耐えられず、仮に叛逆なんてした時には、組織ごと全てを消されてしまうでしょう。」

「成程、だから今日は基地内全体が緊張感に満ちていたんですね。」

「そういうことです。些細な過ちが組織を消す可能性がございますから、皆様下手な行動が出来なかったのです。」

「そうだったんですね。──因みに、シンデレラさんはそのリブカイハ内では何番なんですか?」

「1位です。」

「……え?」

「リブカイハ騎士団団長シンデレラ・T・クロノス、彼女の序列階級は第1位です。」

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