15話 組長の面子
「貴様の声、聴こえているぞ。なんせ俺の耳は大きいからな。そして極道を舐めた詫びとして、ここからは全力で相手をしてやる!」
完全復活を遂げたロウは、赤く光る瞳を
「その力、『
乙姫は余裕のある笑みを浮かべながら構える。
「散々甚振って殺してくれたお陰で、魔法の分析と解析が完了した。今度はこちらが貴様をバラバラしてやる!」
次の瞬間、ロウがジェットエンジンを点火し、乙姫に突進する。
「[
乙姫は人差し指を立たすと、指を剣に見立てて振るう。すると謎の力が発動し、ロウの両腕を斬り落とした。しかし、ロウは止まることはなく、またも血によって斬り落とされた両腕を瞬時に再接続する。
「狼ならぬ猪か…!」
猪突猛進で突撃してくるロウに対し、乙姫が再度同じ攻撃を仕掛け、次は的確に首を刎ねた。しかし、これもまた血によって瞬時に接続される。そして遂に指を立てていた腕の手首をロウに掴まれ、動きを封じられてしまった。
「貴様の魔法の正体は、『自由自在に海水を武器に変化させる事が出来る』というものだ。違うか?」
グッと顔を近付けながら問うロウに対し、乙姫は否定肯定もせず、キッと睨み付けるだけであった。ロウはそのまま話を続ける。
「武器に変化させても、海水には変わりない。故に海水内で形成すると、周囲に溶け込み目視不可能となす。その状態で攻撃すると、相手はまるで
ロウがつらつらと話している最中に、乙姫が掴まれている腕と反対の腕で拳を握り、ロウの頬に一撃を入れた。しかし、ロウはダメージを受けていないようだ。
「この拳にも今、何も装備していないように見えてメリケンサックを付けているな?だが無意味だ。どういう攻撃か理解しているなら対策も容易い。」
ロウは殴られている頬の部分だけ鋼鉄化させることにより、乙姫の一撃を防いでいるようだ。
「ハッ!例え魔法の能力が分かったところで、それで妾に勝てるとは限らんじゃろ。」
乙姫がロウの鋼鉄化された頬に触れる拳に力を込める。だが、ロウはびくともしない。
「だろうな。貴様の強さは人間の中で指折りとデータに記録されている。だが、一方的な戦闘ではなくなっただけで充分だ。さぁ…殺し合おうか!」
ロウは大きな口でニヤリと笑うと、パッと乙姫の腕を離すと同時に、乙姫の顔面を殴り返して吹き飛ばす。
吹き飛ばされた乙姫は無理矢理体勢を立て直し、ロウの方を睨みつける。その時には既にロウが目前まで迫っていた。
「[
ロウは爪を周囲の海水が蒸発するレベルまで高熱化させ、乙姫の顔目掛けて斬りかかる。
乙姫は素早く退いたことにより間一髪で回避するが、頬を掠められ、裂傷と火傷のダメージを負う。だが、ただ攻撃されるだけで終わらせず、透かさず海中に金属バットを形成すると、素早く操り、ロウの鳩尾に一撃を喰らわせた。
激しい攻防を繰り広げる乙姫とロウを、遠目から見守る
「凄い、何が起きているかさっぱり分からない…」
泡の中に待避している桜音木が、遠くで起きる激闘を見ながら呟く。
「流石にここまでくると助太刀したほうが邪魔になるな。」
海の中で器用に停滞する
「心配いりません。
桜音木が入っている泡を下から支える亀の魚人族─
「えっ!?乙姫さんってそんなに強いんですか!?」
「はい。ですが普段は怠惰なお方なので、その力をなかなか発揮されませんが。」
亀助が少し苦笑いする。
「でも指折りレベルの人が戦っているってことは、安心して見ていられるってことだな。」
桜音木の言葉に対し、両足をスクリューにして停滞するレッドフードが否定した。
「そんな簡単ではないと思いますよ。」
「何で?」
「皆様人類と我々アンドロイドでは明確に差が生まれることがあります。それは『スタミナ』です。アンドロイドの体には肉体疲労という概念がありません。故に長期戦は圧倒的に不利となります。加えてロウが発動している
「
「赤き鬼の力と書いて、『
ここで桜音木が気付く。
「成程、ロウはアンドロイド。
「その通りです。他にデメリットがあるかは不明ですが、こちら側が知る限りのデメリットをロウは受けません。ですので、結論は変わらず、長期戦は竜宮箱乙姫側が圧倒的に不利です。」
「おいおい、俺等の組長を舐めんじゃねぇ。
海太郎が自慢げに告げるのを最後に、桜音木達は乙姫とロウの戦闘の行末を見守るのであった。
ロウと乙姫の死闘は続いている。だが、レッドフードの予想が的中し、スタミナが原因で動きに僅かながら差が生まれ始めた。
「攻撃にキレがなくなってきたな。疲れが出始めたか?」
ロウが乙姫の攻撃を回避してから挑発気味に告げる。
「戯け。これくらいの戦いで妾が疲れるわけなかろう。」
乙姫は顔色一つ変えず言い返す。だが、内心は若干の焦りが生まれていた。
(このまま長引くと、体力よりも先に魔力が枯渇しそうじゃ。
乙姫は海水で複数の鞭を形成すると、ロウに巻き付け拘束する。
「今更動きを止めたところで──」
ロウが余裕をもって拘束を解除しようとした時、乙姫は鞭を操り、ロウをとある方向に思い切りぶん投げた。そして透かさずパチンと指を鳴らし、足首が浸かるほどの海水を残す形で、乙姫達を長く包み込んでいた大海の空間─
謁見の間に残された桜音木達は、
「おい!俺等も追うぞ!」
と、いう海太郎の一言に乗り、全員で乙姫達を追いかけるのであった。
投げ飛ばされたロウは、空中で己の体を高熱化させ、拘束状態から解放はされたが、勢いを止めることは出来ず、近くのビーチに隕石の如く落下する。落下による衝撃音と巨大な水柱の発生により、ビーチで楽しんでいた観光客達にパニックが走り、瞬く間に大パニックへと発展した。
観光客達がビーチから大慌てで逃げる中、ロウは勢いよく海から飛び出して、空中に停滞する。そこに海水の道の上でどんどん加速をする乙姫が、まるで滑走路から飛び立つ戦闘機の如く海水の道から飛び、一瞬にして目の前まで距離を詰めてきた。そして瞬時に海水の道を集め、巨大な大鎚へと形を変えると、そのままロウを殴り飛ばし、再度大海に叩きつけた。
乙姫は海水巨大大鎚を大海に還すと、海面にスッと着地する。数秒後、海中からロウが飛び出してきて、海面近くで停滞した。
「成程、あの空間を作る為の魔力を節約するのに、本物の海に移動させたのか。」
ロウが乙姫の行動の意図を理解する。
「町やカタギに被害を出したくなくて躊躇っていたのじゃが、そうは言っておられぬと思ったのじゃ。」
ロウと乙姫が会話していると、桜音木達もビーチに到着した。そして亀助の指示の元、他の竜宮組組員達が避難誘導を始める。
「さて、カタギや町の被害を抑えるのは優秀な部下達に任せて、妾はそろそろお主との戦いに決着をつけるかのう。」
乙姫がコキコキと首を鳴らしてから、魔力を一気に高め、海水から一振りの刀を形成する。
「ああ。同意見だ。」
ロウも赤鬼力を高め、鋭い爪を高熱化する。
そして乙姫とロウは数秒の睨み合いの後、全く同じタイミングで動き出し、海水の刀と高熱化の爪が激しい金属音を立ててぶつかり合う。そして恐ろしく速い攻防を繰り広げた後、乙姫が少し距離を空け、瞬時に何機も機関銃を生み出した。機関銃が一斉にロウへ射撃を開始し、無数の弾丸がロウを襲った。堪らずロウは距離を空けて回避に専念するが、機関銃の射撃精度が優秀で、ロウがどんな回避行動を取ろうと、的確に命中させる。
「…っ!鬱陶しい!」
ロウは舌打ちをした後、自身の体から小型ミサイルを発射させ、機関銃を全て破壊した。
だが破壊する際、ロウは乙姫から数秒間意識を逸した。それが乙姫の策略だと気付いたのは、乙姫に視線を戻した時であった。乙姫の魔力は手刀を構えた右腕に集中されていた。
「[
乙姫が手刀を縦に振り下ろした瞬間、ロウの体がスパッと真っ二つとなった。だがそれ以上に衝撃的な光景が、ロウの背後に広がっていた。なんと、モーゼの如く海が真っ二つに割れていたのだ。
「ガッ…ギッ…!」
ロウはすぐに再生しようとするが、血が右半身と左半身を繋ぎ止めるだけで、なかなか再生が出来ない。
「どうやらお主にも赤鬼力によるデメリットは存在するようじゃな。再生が追い付いてないではないか。」
ロウに近寄る乙姫が見下すような笑みを浮かべる。
「さぁ…これで終いじゃ!」
乙姫がロウに止めを刺そうとした時だった。乙姫は頭上からとてつもない殺気を感じ、反射的にロウから距離を空けた。すると、先程まで乙姫が立っていた所に何かが降ってきた。その何かは水面に触れると巨大な水柱を立て、ロウの姿を隠した。そして水柱が消えた時、ロウの姿はなく、代わりに一本の棍棒が水面に突き刺さっており、乙姫が目視した瞬間に、その棍棒は虚空へと消滅した。
(今の棍棒……幹部をみすみす見殺しする気はない、ということか。)
乙姫が魔力を弱めると同時に、パックリと割れていた海がドドドドと轟音を鳴らしながら元の状態へと戻り、静かな海が広がった。
乙姫は額から流しつつ、海面を歩いてビーチの方に戻ると、そこに海太郎と亀助が真っ先に近寄り、頭を下げた。
「「お疲れ様です!組長!」」
「うむ。お主等も避難誘導ご苦労であった。──しっかし、久々に本気を出したらえらく疲れたのじゃ。」
乙姫はコキコキと首を鳴らしてから、大きくため息をついた。
「後でゆっくりお休みなさって下さい。ですがその前に傷の手当てからです。」
「そうじゃな。──ん?」
乙姫は顔が曇っている桜音木を発見する。
「どうした桜音木?そんな顔をして。」
「いや…俺が狙われてしまったばかりに、竜宮組に大きな被害を…」
「なんじゃ、責任を感じておるのか。安心せい。お主を責める気は毛頭ない。」
「え?」
「確かにきっかけはお主かも知れぬが、被害の原因はお主ではなくロウなのは明白。故にここでお主を責めてもそれはただの八つ当たりにしかならぬ。そんなみっともないこと、組長の妾がするわけなかろうて。じゃから、今回の件に対してお主に何かしらの贖罪を要求することはない。加えて、先程までの戦いは、奴が極道を舐めた発言をしたことによるヤキ入れに過ぎぬ。つまりじゃ、お主が気に病むのは無意味な行動、ということじゃ。」
乙姫の言葉に、1組織のトップの器を感じた桜音木は、その器に甘え、ペコッと頭を下げるのであった。
「さて…後の処理は全てこっちでやる。お主らはもう帰還するのじゃ。」
乙姫が桜音木達に帰るように促す。
「いいのですか?」
桜音木が確認をとるように尋ねる。
「ああ。お主も精神的に疲労しておるじゃろうし、レッドフードも片腕を直さねばならぬじゃろ。」
「ですが、少しでもお詫びを…」
桜音木が食い下がろうとすると、何かを察したレッドフードが前に出て遮り、
「了解しました。では、素直に従い帰還させてもらいます。」
と、言って乙姫達に背を向けて去っていった。桜音木はレッドフードの行動に少し戸惑った後、取り敢えず乙姫達に一礼してから慌ててレッドフードを追いかけた。
「お、おいレッドフード!いいのかよ?迷惑をかけたのは事実なんだし、少しくらいは手伝った方が…」
「向こうは元から贖罪は求めていません。それに……」
「それに?」
「『組長の面子』、というのも守らせてあげないといけないと判断したまでです。」
レッドフードの言葉に、桜音木はハッと意図を理解する。
「成程。組の長たるもの、例え他の組織の者にでも弱い部分は見せられない、ということか。」
「そういうことです。極道というのは、金と暴力、そして
「はは、大変な業界だな。」
「全くです。」
そんな会話をしながら、レッドフードと桜音木は絶鬼団の本部へと帰還するのであった。
竜宮組本部へと戻った乙姫は、自身の部屋と入ると、そのままベッドへとフラフラとした足取りで近付き、仰向けに倒れ込む。そして気を張っていた状態を解除すると、一気に疲労が襲いかかってきた。自然と激しくなる呼吸を無理矢理整えると、そのまま泥のように眠りについたのであった。
海太郎と亀助は、部屋の扉の前で、無事に乙姫が眠りついたことを気配で感じ取ると、荒らされた本部の後処理を始めるのであった。
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