13話 シノギ

 「お、乙姫…!?」

浦島海太郎の名前を聞いた時や、亀助きづけという名の亀が現れた時など、随所随所で察する場面はあった。

 そして今、組長の肩書きをもつ女性─『竜宮箱りゅうぐうばこ乙姫おとひめ』の名前を聞いた時、導和どうわ桜音木おとぎの中にあった予感が見事に的中した。

 この極道チックな面々のモデルとなっている童話は、助けた亀に連れられ、竜宮城へと招待されるかの有名な『浦島太郎』だと。

 「ふむ…少し気になる反応じゃがまぁ良いじゃろう。桜音木とやら、お主をここに呼んだのは他でもない。妾の情報網でお主が異世界から来たという情報を入手してのう、その真偽が気になって呼ばせてもらった。なぁに、所謂興味本位じゃ。」

青色の瞳に、飛仙髻ひせんけいに結った美しい長い白髪をもち、青色と薄紫色を基調とした高貴な漢服かんぷくと、光の加減によって僅かに虹色に光る被帛ひはくを身に纏う女性─竜宮箱乙姫が、新しい玩具を前にした子供のような目で桜音木を見詰める。

(どういう情報網があれば俺の正体を突き止めるんだ…。──それはそうと、興味本位と言っていたな。つまりまだ確信をもっているわけではない。まだ誤魔化せるか……)

桜音木は頭の中でこの場を切り抜ける為の虚偽の返答を考える。理由は単純。バレると後々面倒になりそうだからである。

「えっと……」

桜音木が答えようとした時、乙姫がそれを遮った。

「待てお主、嘘をつこうとしておるな。」

桜音木の心臓が大きく脈打ち、反射的に目が泳ぎ動揺を見せた。その僅かながらの動揺を逃さなかった乙姫が、ニヤッと口角を上げた。

「フフッ、素直な人間じゃのう。お陰でお主が異世界の者ということが確信したわい。」

「なっ…!?」

「言っておくが妾は別に相手の思考を読み取る力とか持ってらぬ。お主がただ勝手に反応しただけじゃ。本当に嘘をつことしていないのなら、動揺する必要なんてない筈じゃろうて。」

クスクスと笑う乙姫に対し、桜音木は心の中で叫んだ。嵌められた、と。

「さぁて、改めて訊こうかのう。お主は異世界から来たのか?」

乙姫が楽しそうな笑みで尋ねる。桜音木はこれはもう言い逃れは出来ないと観念し、現実世界と童話世界の事、乙姫達が浦島太郎という童話に登場する人物だという事を話した。


 「ふーん、現実世界に童話世界…いきなりこの世界が本の中と聞いても実感は湧かないのう。」

桜音木から話を聞いた乙姫が顎に少し指を当てて考え込む。

「おい聞いたか亀助きすけ!俺が本の主人公になっているんだってよ!」

竜宮組若頭─浦島うらしま海太郎かいたろうが、二足歩行亀の亀助に嬉しそうに話す。

「それは良かったですね。ですが最終的に老体になってしまいますよ。」

亀助が孫を相手にするかのように優しい笑みを浮かべながら応える。

「へっ!それは浦島太郎って奴が弱いだけだ!俺だったらそうはならないね!」

本の登場人物と理解不能な張り合いをする海太郎。それに対し、亀助がうんうんと優しく相槌を打つ。扱いに相当慣れているようだ。

「さて、お主がここにいる理由はなくなった。もう帰ってよいぞ。」

満足気な顔をする乙姫が桜音木達に告げる。

「なっ…!?訊くだけ訊いてもう帰らせるつもりですか!」

「そうじゃ。言ったじゃろ、只の興味本位じゃと。内容は非常に興味深いものじゃったが、これ以上お主を問い詰めてももう新情報は出てこなさそうじゃし、妾も満足した。ならばもうお主がここにいる理由はない。」

「まだこちらからあなた達についての情報を何も訊いていません!」

「妾達の事なら隣にいる赤ずきんにでも訊くのじゃな。妾がここで直々に話す義理はない。」

「義理はないですが、俺も情報を聞ける権利はあると思いますよ。」

内心心臓バクバクの桜音木ではあるが、このままではただ乙姫の気まぐれに振り回されただけになってしまう。それは何だか後味が悪いと感じたため、勇気を振りぼって交渉に臨む。

「……フッ、お主意外と度胸があるようじゃのう。気に入った。今は妾も気分が良い。答えてやるから問いてみよ。」

桜音木を気に入った乙姫は、桜音木の交渉に乗ることにした。

「ではまず、あなた達はどういう組織なのか教えていただきたいです。」

まぁ薄々察してはいるけど、と桜音木は心の中で呟く。

「妾達は、一言で表すと『極道』じゃ。」

予想的中、と桜音木はまた心の中で呟く。

「やはりそうでしたか。極道ということは、金と暴力を使った仕事をしているのですか?」

「う〜む…あながち間違えはないのう。じゃが、妾達が暴力を振るう相手はヒトではない。『鬼』じゃ。」

「鬼?」

「そう。妾達が行っている仕事シノギは『用心棒』。妾達に一定額を月一で支払う代わりに、妾達は人や土地、家や町を鬼から守ってやっておるのじゃ。」

「用心棒……ですか。」

桜音木はてっきり理不尽な金貸しや非合法賭博、暴力による支配など、極道らしい仕事の名前を聞くと予想していた為、思いの外まともそうな内容に少し驚いた。

「シノギの詳細は亀助の方が詳しい。亀助、頼むぞ。」

乙姫が亀助に内容説明を頼むと、亀助は承知しました、と乙姫に頭を下げた後、桜音木に対して説明を始めた。

「まず契約者の方に、鬼から守ってもらいたいかをお訊きします。個人、家族、土地、建造物、町など、対象は様々です。そして守る対象のによって、我々に支払う月一の上納金を決定します。」

亀助の説明は続く。

「例えばごく一般的な建物を守るのと、歴史的貴重な建物を守るのとでは、歴史的貴重な建物の方が上納金は高くなります。理由としましては、重要度の高い対象は万が一守れずに失ってしまった場合、その後の周囲への影響力が高い為、それ相応の戦力で守る必要があります。故に費用がかさむのです。」

「では、1番上納金が高くなるのは、やはり町などの大規模なものになるのでしょうか?」

桜音木が素朴な疑問を投げかけると、亀助がゆっくりと首を横に振る。

「いいえ。最も上納金が高くなるのは、『人』です。」

「人?」

「はい。人を守るということは命を守るということ。万が一守れなかった時、失った命だけはどうすることも出来ない。故に我々側も契約者側も覚悟を決めるため、上納金は最大額とさせて頂いています。」

そう告げる亀助の顔は自然と真剣な面持ちとなり、言葉に重みが増す。

「では、もしも対象を守りきれなかった場合はどうしているのですか?」

桜音木が次の質問をする。

「その際はそこまで払って頂いた上納金を二倍して返金します。それでも契約者様が納得しない場合は他の方法も取りますが、最終手段として、守れなかった一番の要因を作った者の償います。」

「えっ!?それって…殺す、ということですか?」

唐突の極道思考に、桜音木が困惑する。

「はい。それが責任というものであり、極道としての筋というものです。」

まるで当然の事に語る亀助。紳士的な見た目と口調であっても、思考はやはり極道のようだ。

「だからって、命が軽すぎるんじゃ……」

「うだうだとうるせぇ!これが竜宮組俺等のやり方なんだ!余所者且つカタギのテメェが口出しすんじゃねぇ!」

桜音木の反論にイライラしていた海太郎が口を挟む。そして次に口を開いたのは乙姫であった。

「抑えよ、海太郎。それが一般的なカタギの思考じゃ。ガキの頃から極道の世界にいるお主と考えが同じなわけがなかろう。」

乙姫は海太郎を制止した後、桜音木に話しかける。

「桜音木よ、お主の言いたいことはよく分かる。じゃがな、命での償いというペナルティは、妾達が半端な覚悟でこの仕事シノギをしていないという意思表示でもあるのじゃ。故に、どれだけここで説得したところで、このペナルティを排除する気は毛頭ない。諦めるのじゃな。」

乙姫が小さくほくそ笑む。

「……どうやら本当のようですね。」

乙姫の態度から嘘偽りはないと察した桜音木が告げる。

「ああ。これが生きてきた環境による価値観の違い、というものじゃ。」

「……よく覚えておきますよ。」

乙姫と桜音木の間に僅かなわだかまりが出来た時、竜宮組本部全体に警報音が鳴り響き始め、血相を変えた1人の黒スーツの組員が、謁見の間の扉付近に現れた。

「何事じゃ?」

乙姫が立ち上がり、階段を下りながら黒スーツの組員に尋ねる。

「はぁ…!はぁ…!しゅ、襲撃です!鬼が襲撃してきました!」

黒スーツ組員が必死な形相で伝達する。

「なんじゃと!?」

桜音木達と同じ床まで下りてきた乙姫が驚く。

「おうおう!いきなり本部に殴り込みたぁ舐められたもんだな!どんな鬼だコラァ!」

一気にいきり立つ海太郎が釣竿を構えながら尋ねる。

「それは──!!」

黒スーツ組員が鬼の正体を言おうとした。瞬間、一切の音を立てることなく、黒スーツ男の首が刎ねられた。その断面からして、とてつもなく切れ味の良い刃で斬られたようだ。

 そして首がなくなった組員が倒れていく影から、首を刎ねたが目にも留まらぬ速さで動き、一直線に桜音木へと突進する。

 この一連の動きにいち早く反応したのは、桜音木の隣でずっと待機していたレッドフードであった。レッドフードは桜音木を庇うように前に立つと、による一撃を右腕で防御する。しかし、現在レッドフードの右腕は肘部分に海太郎の攻撃によって風穴が空いている為、装甲が脆くなっていた。よって一撃を防いだことにより右腕は無惨にも斬り落とされてしまった。

だが、レッドフードは一切怯む事なく、残った左腕での首を掴むと、そのまま力任せに投げ飛ばした。投げ飛ばされたが、先程まで乙姫が座っていた椅子を破壊しつつ壁に激突すると、壁と天井の一部が崩落し、砂埃を発生させた。

そして全員が注目する中、砂埃の中からが正体を現した。

 全長約180cm、細身で筋肉質な体、全身を覆う銀色の毛、鋭い牙と爪がギラリと光り、頭には鬼の証となる2本の角が生えている。そして、鋭い橙色の瞳がギロリと桜音木達を睨みつけた。

「……狼、なのか?」

桜音木の呟きの通り、桜音木達の前に現れたのは『二足歩行をする狼』であった。

「これは驚いた。『幹部』直々に襲撃とは、前代未聞じゃぞ。」

乙姫の言葉に、桜音木が反応する。

「幹部…!?てことは、悪戯狸あくぎりと同じレベルの…!」

驚く桜音木に対し、失った右腕の代わりに粒子の剣に換装するレッドフードが告げた。

「そうです。あいつは悪戯狸あくぎりと同じ神鬼じんき級であり、幹部でもあります。そして何より、『鬼になったアンドロイド』でもある狼です。私と同じく真の名はなく、『code(コード) name(ネーム):ロウ』と呼ばれています。」

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