12話 組長

 「なんだテメェ…人の名前を聞いた途端驚きやがって。舐めてんのか?」

ポニーテールのように結われた金髪に群青ぐんじょう色の瞳、青色基調のド派手な和柄の着物を身に纏い、足には脚絆きゃはん、腰には腰蓑こしみのと巾着し、手には釣竿を持つ男─『浦島うらしま海太郎かいたろう』が、反射的に驚いてしまった桜音木を更に睨み付ける。

「すっ…すいません、こっちの話です…」

桜音木はビクッと怯えながら返答する。

「……まぁいい。それよりもだ!俺らのシマで鬼退治をしたことの方が重要だ!赤ずきん!テメェ長年鬼退治してんなら、これがどれ程の問題か理解してんだろ!」

海太郎がレッドフードを指差しながら怒鳴る。

「無論です。あなた方がと呼んでいる区域は全てインプットしています。ですが今回は不可抗力です。そちらの到着を待っていたら、団員達が死んでいました。」

淡々とした口調でレッドフードが応対するが、

「うるっせぇ!言い訳無用だ!どんな状況であれ!俺らのシマん中での鬼退治は御法度!ちょっと入れさせてもらうぜ!」

海太郎は一切聞く耳をもたず、問答無用で戦闘態勢となる。

「……導和桜音木、あなたは離れていて下さい。こうなってしまうと、あの人達は何を言っても聞いてくれませんので。」

レッドフードは桜音木より前に出ると、徐に右手を粒子の剣に換装する。

「あ、あのレッドフード、全然話についていけてないんだけど…」

途中から完全に置き去りにされていた桜音木が説明を求める。

「説明をしたいのですが、浦島海太郎がそれを待ってくれるほどお人好しではないので、先にあの方を黙らせます。」

レッドフードは桜音木に事情説明は諦めてと告げると、自身のモードを戦闘モードへ移行する。

 海太郎は手に持つ釣竿に水を纏わせると、砂浜を蹴ってレッドフードに突っ込む。同時にレッドフードも動き出し、互いの釣竿と粒子の剣がぶつかり合う。その時に響いた音は、高い金属音であった。

「[纏硬水まといこうすい]。この水の硬さは鋼以上だ。よって今の俺の釣竿はちょっとやそっとじゃ折れねぇぜ。」

鍔迫り合い状態で海太郎が自慢する。

「承知です。過去の12回に及ぶ交戦により、あなたの戦闘データは揃っています。」

涼しい顔のまま、レッドフードが応える。

「ああそうかい…なら、これならどうだ!」

海太郎はレッドフードから距離を空けると、次の攻撃に転じる。

「[荒波あらなみ]!!」

海太郎が水纏う釣竿で砂浜を横薙ぎで斬ると、その切り口からたちまち荒れ狂う波が大量に発生した。

「新技ですか…」

初見の技のため、レッドフードは内臓さている全身を纏う形のバリアを展開して攻撃をやり過ごすことにした。レッドフードは波に飲み込まると、激流によって体が流される。加えてかなり泡立っているため、視界も奪われてしまった。

(威力はあるがダメージがない。──つまり狙いは…!)

流されながらも冷静に分析しているレッドフードが、この攻撃の本当の狙いに気付く。

だが時すでに遅し。レッドフードの限られた視界の中にニヤッと笑った海太郎が入ってきたのだ。海太郎は透かさずつ釣竿による強烈な一撃を喰らわし、レッドフードを上空に飛ばした。

(くっ…!やはり波はでしたか…!)

レッドフードは両足を瞬時にジェットエンジンに換装させると、器用に体勢を立て直す。が、立て直した時には、水柱に乗る海太郎が目の前に現れていた。海太郎が釣竿でレッドフードを砂浜に叩き落とすと、落とされたレッドフードは受け身が間に合わず、砂浜に仰向けに倒れる。強烈な二撃を受けたことにより、展開していたバリアが故障してしまった。

「追い討ちだ![螺旋水竿らせんすいかん]!」

仰向けに倒れるレッドフードに、螺旋に回る水を纏う釣竿を槍投げの如く投げる。レッドフードはすぐに回避行動をとるが、貫通力が高まった釣竿が右腕の肘に突き刺さり、身動きが取れなくなった。

「オラァ!もらったぁ!」

海太郎は己の拳に釣竿と同じく纏硬水まといこうすいを纏わせると、空中から落下しながらレッドフードの顔面に一撃を喰らわした。しかし、レッドフードはアンドロイド。極端な言い方をすれば鉄の塊である為、打撃はノーダメージであった。

レッドフードは無言で左の掌を海太郎の顔面に近付ける。すると掌に銃口くらいの小さな穴が空き、何かをチャージし始める。

「[ゼロインパクト]。」

掌でチャージされたエネルギーが、空いた穴から一気に放出され、強力な衝撃波が海太郎の顔面に直撃し、放物線を描いて吹き飛んでいった。しかし海太郎も抜かり無い。吹き飛ばされると察した瞬間、レッドフードの右腕の肘に刺さる釣竿を瞬時に掴み、吹き飛ばされると同時にしっかり回収している。

「乙女の顔を躊躇なく殴るとは、男の風上にも置けないですね。」

レッドフードは起き上がり、右腕の機能チェックをしながら海太郎に毒舌を吐く。

「ゲホッ…!なにが乙女だ馬鹿野郎!乙女は掌から衝撃波なんて出すか!」

顔面に衝撃波を受けたにも関わらず、口から血を吐くだけで済ませる海太郎が、グイッと口元の血を拭う。

「もう充分なヤキ入れをしたと思います。ここで終わりにしませんか?」

レッドフードが提案すると、海太郎がハハハ!と笑う。

「もうヤキとかどうでもいい!久々に血湧き肉躍る戦いしてんだ!どっちかがぶっ壊れるまでり合おうぜ!」

完全に目的が変わっている海太郎に対し、レッドフードは内心呆れながらも粒子の剣を構える。

「最終的にこうなるから、竜宮組の者とは関わりたくないのです。良い加減うんざりです。よって、一度本気で黙らせます。」

機械的な口調とポーカーフェイスのレッドフードだが、内心はかなりご立腹のようだ。

 数秒間の睨み合いの後、全く同じタイミングで動き出し、粒子の剣と水纏う釣竿を構えた。

 その時だった。レッドフードと海太郎の間に落ちる形で、何かが空から落下してきた。その何かは粒子の剣と釣竿の一撃を意図も簡単に防ぐと、ドサッと砂浜に落ちる。

「………『亀の甲羅』?」

完全に傍観者となっていた桜音木は、突如空から落ちてきた『何か』の正体──『亀の甲羅』に対して首を傾げる。

「テメェ!『亀助きすけ』!!邪魔すんじゃねぇよコラァ!」

海太郎が邪魔をされたことにブチ切れしていると、甲羅から勢いよく手足と尻尾が飛び出し、まさかの二足歩行状態となった。そして最後に顔がニョキッと出てくると、視線を海太郎に向けた。

「浦島様、もうここまでにしましょう。あなたもレッドフード様もとても貴重な戦力です。このような無意味な戦闘で傷を負う必要はございません。」

柔らかく紳士的な口調、少ししわが目立つ顔には特徴的な白色の顎髭と髭が生え、そして片目にはモノクルが装着している年老いたこの亀は、海太郎を真っ向から説得する。

「うるっせぇ!テメェに俺を止める権利があんのか!」

しかし海太郎の怒りは収まらず、釣竿を亀助きすけと呼ばれた亀に向ける。

「『組長』直々のご命令です。」

亀助から組長という言葉を聞いた海太郎は、ピクッと反応してから釣竿を下ろし、チッと舌打ちをした。不機嫌ではあるが怒りは収まったようだ。

「申し訳ございませんレッドフード様。そちらの腕の損傷は無償で修理させていただきます。」

亀助は深々とレッドフードに頭を下げて謝罪する。

「無用です。私の体を修理できるのは、私を作ったマスターのみですので。その辺の技師には到底修理不可能です。」

レッドフードがキッパリと断る。

「左様でございますか。」

「それよりも、もう我々はこの場を離れても構いませんか?」

「レッドフード様は大丈夫です。ですが、そちらの方は我々と共に竜宮組に来て頂きたいのです。」

亀助が指差す先、そこにいるのは完全に油断していた桜音木であった。

「俺ですか!?」

もう蚊帳の外だと思い込んでいた桜音木は、突然の指名に驚く。

「はい。ご確認ですが、導和桜音木さんで間違いないですね?」

「は、はい………」

何で名前を知っているのか疑問が生まれたが、訊ける状況下ではなかった。

「我々の組長が貴方様をお呼びです。同行願いますか?」

亀助がニコッと朗らかに微笑む。

「あぁ?この新顔がなんだってんだ?」

そこに海太郎が割って入り、亀助に同行させる理由を尋ねる。

「事情は私も存じておりません。ただ組長が導和様をお連れしろとのご命令なので、私はそれに従うのみです。」

「成程な…おい、桜音木とか言ったな。死にたくなかったら俺達と来い。」

「死に…!?」

『死』という単語が飛び出してきた為、桜音木はこれは従うしかないのかと腹を括った。

「待って下さい。私も護衛という形で同行します。あなた方の本部に導和桜音木1人で向かわすわけにはいきませんので。」

レッドフードが自分も付いていくと告げる。

「畏まりました。では早速戻りましょう、我々竜宮組本部がある町─『オウシャン』へ。」



 青い空!白い雲!透き通る海!熱い砂浜!そんな使い古されたキャッチコピーがお似合いのビーチには、多くの観光客が水着ではしゃいでおり、ビーチに建設さている海の家は観光客の数に応じて繁盛しているようだ。

 ビーチ付近には繁華街とホテル街が広がり、オウシャンに訪れた観光客達を日々取り合っている。繁華街ホテル街から更に内陸に入ると、オウシャン在住の住人達の住宅街が広がっている。そんな住宅街から少し離れた土地にあるのが、竜宮組と名乗る組織の本部であった。

青色や水色など、海に因んだ配色で彩られた外見が首里城に似た建物。その前に伸びる長い石畳の上を、亀助を先頭に桜音木達は歩いていた。

「お帰りなさいませ!亀助さん!若頭!」

首里城が如く見た目の竜宮組本部の前に到着すると、見張りをしている黒スーツの男達が足を開き、腰を下ろして頭を下げた。

「この者達は組長の客人です。」

亀助が見張りの男達に桜音木達を紹介すると、男達は「へい!」と同時に返答する。

「ではお二人共、中をご案内します。」

亀助の案内のまま、桜音木とレッドフードは本部の中に入っていくのであった。



 本部内は外見に似て城のような構造になっており、桜音木とレッドフードが案内された部屋は謁見の間であった。100人くらいは一度に入りそうな広い部屋に少しの階段があり、上った先には豪華に装飾された椅子が置かれている。そこには1人の女性が足を組み、威厳のある雰囲気を漂わせて座っていた。


「導和桜音木様をお連れしました。」

亀助が深々と頭を下げる。

「うむ、ご苦労であった亀助。」

女性は美しい声で亀助を労った後、視線を桜音木に向ける。

「よくぞ参られた。よ。」

「なっ…!?」

驚く桜音木を尻目に、女性は話を進める。

「妾の名は『竜宮箱りゅうぐうばこ乙姫おとひめ』。竜宮組の組長じゃ。」

身長174cm、年齢30歳、青色の瞳をもち、美しい長い白髪を飛仙髻ひせんけいに結い、青色と薄紫色を基調とした高貴な漢服かんぷくを身に纏う。光の加減によって僅かに虹色に光る被帛ひはくが幻想的な雰囲気を作り出していた。

「お、乙姫…!?」

異世界転移を見抜かれた事に困惑する桜音木に対し、また新たな困惑が降り掛かるのであった。

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