11話 若頭

 現世終うつしよおわりやしろから始まり、郷護きょうごの民の里─トサルフで終えた壮絶な1日。無事に絶鬼団本部に帰還した導和どうわ桜音木おとぎは、自分の部屋に戻ると、まずは風呂に入り、体の汚れを洗い流す。そして頂いた『PAMU(パーム)』というブランドのジャージに着替えると、布団を敷いて大の字に寝転んだ。

(はぁぁぁ〜〜……)

桜音木は疲れを流し出すように大きく息を吐く。

(滅茶苦茶疲れた…。それもそうだよな。昨日突然異世界に転移して、そして今日に敵の幹部と対峙…疲労しないわけがないんだ。)

頭の中で昨日今日と起こった出来事をぼーっと振り返っていると、悪戯狸あくぎりが現れた理由を思い出す。

(あの悪戯狸って鬼、俺を連れ去る気だったんだよな。つまりその前の泥猪鬼の群れもトサルフを狙ったのではなく、『俺を狙っての襲撃』の可能性が高い。理由は……『俺が異世界から来た者』だから。これ以外に他の人達との決定的な違いが思い付かないしな。だとしても、俺を連れ去って何をするつもりだったのかは分からない。…………あ〜ダメだ。疲労のせいで頭が回らない。まずは寝よう。)

桜音木はあれこれ考える前に、まずはこの疲労しきった心身を休めることを優先し、眠りについた。




 次の日の早朝。桜音木は目を覚まし、顔を洗ってスッキリさせる。そして昨日のうちに洗濯をしておいたいつも白色シャツに紺色テーラードジャケット、黒色のチノパンのスタイルに着替え、新たに黒色のウエストホルダーを装着し、そこに魔導書と万年筆を収納する。服に関しては、どうやら乾燥機に搭載されている『刹那乾燥』という機能を使うと、ものの数秒で乾いたようだ。

 着替えも終え、次にやるべき事は食事だ。部屋の扉を開け、長屋エリアに出る。そしてまた少し迷いながらも、何とか長屋エリアを後にし、食堂へと到着する。

「お、おはよ…ございます。」

その時背後から、少しオドオドとした女性の声に話し掛けられた。くるっと振り返るとそこには、黒色のミディアムボブの髪に黒色の瞳をもち、青と黄を基調し、パフスリーブが特徴的なドレス風のナース服を身に纏い、頭に赤色のリボンを結ぶ少女──『ビアンコ・ポム・ネージュ』が立っていた。

「ビアンコさん、昨日は有り難うございました。」

桜音木は絶鬼団本部に帰還した後、きび団子小隊や火千と共に医療部隊に治療を受けていた。その時、桜音木の治療担当が、今目の前にいる医療部隊隊長であるビアンコであった。

「い、いえ。わ、私は自身のやるべき事をし、したまでです。──か、体の方は大丈夫そうですね。」

ビアンコはアワアワしながらも、しっかりと桜音木を診断する。

「ビアンコさんのお陰ですっかり元気ですよ。」

桜音木が笑顔で応えると、ビアンコは頬を赤らめて、合わない視線が更に合わなくなった。

「そ、それは良かった。、です。あっ、あと私に敬語はいいですよ。い、医療部隊隊長なんて肩書きはありますが、桜音木さんより、と、年下ですから。」

「……分かった。じゃあお言葉に甘えてタメ口でするよ。」

桜音木はビアンコの意見を尊重し、言葉遣いを変えた。

「で、では私は失礼します。桜音木さんを見かけたので、お体が大丈夫かき、気になっただけですので。」

ビアンコはペコっと頭を下げてから、せかせかと何処かに去っていった。


 食堂で朝食を済ませた桜音木は、その足で松竹梅の絵が描かれた大きな襖の前に移動した。襖に自動的に開き、中に広がるは和風構造の司令室。そこに居たのは、髪先にいくにつれて薄くなるようグラデーションがかかった緑色のストレートヘアに琥珀色の瞳をもち、軽量化と動きやすさを重視した十二単を身に纏う少女──『竹取野たけとりのかぐや』であった。

「あら、お早う御座います桜音木さん。お体の方は大丈夫ですか?」

桜音木に気が付いたかぐやがくるっと振り返り、挨拶と桜音木の体を気遣う。

「お陰様で。凛太郎達はいないのですか?」

「桃太郎さんはいつもの朝の鍛錬です。火千さんは昨日の戦いもありますし、お昼過ぎまで寝ているでしょう。赤ずきんさんは現在定期メンテナンスに行っていますよ。」

「そうですか。」

たわいもない話をしながら、桜音木はかぐやの隣に立つと、2人で探鳥さぐりどりが映す外の様子を巨大モニターで眺める。

 その時、1人の女性オペレーターが司令室中に聞こえる声を上げた。

「『黄昏の浜辺』にて交戦中の部隊から救援要請です!」

「──!現状報告を。」

先程までの和やかな雰囲気から一変、ピリッと張り詰めた空気が司令室を支配する。かぐやも瞬時に団長の顔になる。

「部隊の人数は5人!豆鬼とうき級の群れと交戦中に、悪鬼級が3体乱入!そこで2人が負傷し、現在は防戦一方とのことです!」

「近くに救援に向かえる部隊は?」

「一番近い部隊で約20分掛かります!──そして今新たな情報が入りました!また1人負傷者が追加!その者は重症とのことです!」

「──!戦況を知りたいので最も近い探鳥さぐりどりを向かわせ、モニター映像を黄昏の浜辺にして下さい。」

かぐやが次なる指示を飛ばすと、巨大モニターに交戦中の浜辺が映し出された。ドーム状のバリアを展開させ、中から銃で応戦する2人の団員。負傷した2人も何とか応戦しているが、倒れるまで時間の問題だろう。そして最後の1人は仰向けに倒れ、右手で力なく押えている脇腹からはドクドクと血を流している。

「聴こえますか!今からそちらに救援を送ります!もう少しだけ耐えて下さい!」

かぐやが応戦中の団員達に通信を入れる。

「だ、団長!もうバリアが破壊されます!今すぐ救援は出来ないのですか!」

応戦中の団員の1人が震えた声で叫ぶ。

「……っ!本部から救援を向かわせた場合、現場に到着するのにどれくらい掛かりますか?」

かぐやがオペレーターに訊くと、

「準備等全て込みで約5分です!」

と、オペレーターから返答がきた。

(今のバリアの状況を見るに……間に合わない。どうする……)

かぐやが頭をフル回転させて打開策を考えると、桜音木が話しかけてきた。

「あの、もしかして間に合わない状況ですか?」

桜音木は素人なり状況を推測し、かぐやと同じ結果に辿り着いていた。

「そうですね。ですが、現状最速で救援出来る方法は……」

かぐやが返答しながら桜音木の方に視線を向けると、桜音木はウエストホルダーから魔導書と万年筆を取り出して、既に何かを書いていた。

「では、俺が行ってきます。」

桜音木が発した言葉の意図をかぐやが理解する前に、文字の力レターパワーによって魔導書に書かれた『うつる』の魔法が発動された。それにより桜音木はその場から一瞬にして消え、次の瞬間にはモニターに映る黄昏の浜辺と呼ばれる場所に出現していた。

「お、桜音木さん!?何をやっているのですか!」

まさかの行動に動揺しながら、かぐやがすぐに通信する。が、桜音木の耳には通信機が付いていなかったことに気付き、大きく溜め息をついた。



 黄昏の浜辺。特徴的なものがあるわけでもなく、広くも狭くもない。加えて海が特別に綺麗というわけでもない。ただ、周囲に視界を妨げるものがない為、水平線まで真っ直ぐ綺麗に海を眺めることができ、そして何より、この浜辺から拝める黄昏が絶景ということで有名な浜辺である。

 だが今の黄昏の浜辺では、そんな絶景を楽しめる余裕はない。浜辺に展開されたドーム状のバリア。その中には5人の団員。そして団員達を殺すべく、バリアを攻撃し続けているのは、巨大蟹に巨大ヤドカリなどの甲殻類の鬼の群れ。階級は豆鬼とうき級ではあるが、数の暴力で攻撃をしている。

 そして少し離れたところに、巨大ウツボ型の鬼が3体、どういう原理かは不明だが、フワフワと空中に低空飛行しており、蟹鬼やヤドカリ鬼に奴等にしか分からない言語で命令を出している

(あのウツボみたいな鬼が報告にあった悪鬼級の鬼3体か。違う鬼に命令を出せるってことは、知力はそこそこあると考えた方がいいな。………なら、まずは戦力を増やす!)

桜音木は己を奮い立たせ、震える手足を無理矢理止めると、魔導書に万年筆で『いやし』の文字を書く。そして明確なイメージをすることにより、5人の団員の傷が回復した。突然の出来事に目を丸くして驚く団員達。重症だった団員も立ち上がり、戦力が一気に復活した。

「蟹やヤドカリの鬼はお任せします!」

桜音木が5人の団員に向けて叫ぶと、黄昏の浜辺にいる鬼も含めて全員が桜音木の存在を認知し、一斉に視線を桜音木に集めた。5人の団員は桜音木が回復してくれたと察すると、武器を構え、次々に鬼達を倒していく。桜音木はその中を掻い潜り、悪鬼級のウツボ鬼達の前に立ち塞がる。

「鬼であろうと魚は魚だろ?イレギュラーでなければこの属性が効く筈だ![文字の力レターパワー"雷"]!」

桜音木が持つ魔導書に書かれた『かみなり』の文字が光り、魔法が発動する。すると3体の巨大ウツボ鬼の頭上に雷雲が出現し、そして激しい雷鳴と閃光と同時に、雷がウツボ鬼に直撃した。3体のウツボ鬼はビリビリと感電し、地面に落ちて痙攣する。

(頼む…そのまま倒れてくれ…!)

桜音木が心の中で願う。だが、その願いは10秒も経過しないうちに儚く散り、ウツボ鬼達は復活し、鋭い牙を剥き出しにして桜音木を威嚇する。

「魚は魚でも、やっぱり鬼なのか…!」

鬼の生命力を軽視していた桜音木。慌てて次の攻撃に移ろうとするが、恐怖により手が震え、なかなか文字が書けない。ウツボ鬼達は桜音木の震えが止まるまで待ってくれるわけもなく、1体のウツボ鬼が噛み付いてきた。


──「[ソニックレーザー]。」


 その時、水平線の彼方から一本の青白い光線が音速で飛来した。音速のため誰も目視出来ておらず、そもそも青白い光線が飛来してきたことすら誰一人認識出来ていない。そんなことをお構いなしに、青白い光線は桜音木に噛み付く寸前だったウツボ鬼の脳を貫き、一発で仕留めた。

「えっ…?」

桜音木視点からすると、突然目の前のウツボ鬼が地面に倒れ、そのまま動かなくなるという摩訶不思議な状態となっている。そして桜音木が困惑している間に、残り2体も同じように脳を音速の光線に撃ち抜かれ、何も出来ず倒された。

「な、何が起きて……」

桜音木が周囲をキョロキョロしていると、水平線から両足をジェットエンジンに換装させた少女が、こちらに向かって飛んできていた。

「[パーティクルソード]。」

少女は両手を粒子で形成された剣に換装させ、同時に両足をジェットエンジンから綺麗な足に戻す。そして勢いそのままに黄昏の浜辺に着陸し、ズザザザザと滑りながら甲殻類型鬼の群れに突っ込み、瞬く間に全ての鬼を切り裂いた。

「殲滅を確認。戦闘モード解除。」

金髪のウルフテールに水色の瞳をもち、赤色基調のディアンドルに身に纏い、赤いパーカーを被る少女は独り言を呟きながら、両手を粒子の剣から元の綺麗な手に戻す。

「助かった。有難う『レッドフード』。」

桜音木は助けてくれた少女──超高性能アンドロイド『code name:Redレッド Hoodフード』、愛称『赤ずきん』に礼を言う。

「メンテナンスが終了し、テスト飛行中に落雷を発見したので駆け付けたまでです。──さて、あなた方はが来る前に早く撤退をお願いします。」

レッドフードが5人の団員に撤退命令を下す。団員達は素直に従い、いそいそとその場から撤退していく。

「導和桜音木、あなたも撤退を──」

レッドフードが桜音木にも撤退を促そうとした時、

「おーおーおー!誰の許可を得て俺等ので鬼退治してんだコラァ!」

怒りが籠もった巻き舌声が遮り、とある男が姿を現した。

「まさかあなたが直々に現れるとは思いませんでした。」

一切表情には出ていないが、台詞からして現在レッドフードと桜音木の前にいる男の出現は、驚きに値するようだ。

「あぁ?よく見たら絶鬼団とこの赤ずきんじゃねぇか。隣の奴は…新顔だな。まぁ赤ずきんと一緒にいるってことは、絶鬼団の新人ってとこか。」

男がギロッと桜音木を睨み付ける。

「レ、レッドフード、あの人は誰なんだ?」

桜音木はとある男の睨みに怯えながら、レッドフードに小声で尋ねる。

「彼は『竜宮りゅうぐう組若頭』、『浦島うらしま海太郎かいたろう』です。」

「う、浦島!?」

予想外過ぎる名前を耳にして、思わず大きな声が出た桜音木であった。

 そう今、桜音木達の前にいる男は、身長175cm、年齢25歳。ポニーテールのように結われた金髪に群青ぐんじょう色の瞳をもち、青色基調のド派手な和柄の着物を身に纏い、足には脚絆きゃはんを履き、腰には腰蓑こしみのと巾着を着用している──



──名は『浦島うらしま海太郎かいたろう』である。

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