10話 兎と狸の因縁

 兎の獣人─兎跳山ととやま火千かちは、桜音木達には一切目もくれず、殺意が満ちる赤色の瞳を真っ直ぐと悪戯狸あくぎりが吹き飛んでいった方向を睨みつけている。

 「君は…絶鬼団のところの兎君か…」

泥の鬼神偶像から解放された郷護きょうごの民の長─金鉞かなえつ豪太郎ごうたろうは、よろよろと上半身を起こし、火千の背中に話しかける。

「豪太郎、悪いがあの狸は俺がもらうぞ。」

背中を向けたまま、火千が応える。

「ああ…それは構わないが…君一人で大丈夫か?奴は今、『あの力』を使っている筈だ。」

「ああ…だろうな。けど関係ねぇ。何が何でもあいつは俺が始末する。」

豪太郎からの助言を聞いているようで全く聞く耳を持っていない火千。もう彼には悪戯狸の事しか見えていないようだ。


 その時、悪戯狸が吹き飛んでいった方向から、泥の銛が高速で飛来してきた。泥の銛は寸分狂うことなく火千の心臓を狙ってきている。しかし、火千が炎を纏ったハイキックで見事に打ち落とした。そしてそのまま泥の銛が飛来してきた方向に地面を蹴る。その凄まじい跳躍力により、たった2回地面を蹴っただけで悪戯狸の所に辿り着き、勢いそのままに飛び蹴りを放った。しかし、悪戯狸が事前に設置していた泥が隆起して壁を形成したことにより、飛び蹴りは防がれてしまった。火千は直ぐに泥の壁を蹴ると、空中で一回転してから地面に着地し、悪戯狸との距離を空ける。

 「たくよぉ…毎度毎度、兎のくせに猪の如く突っ込んできやがってぇ…」

泥の壁が溶け、奥から現れた悪戯狸が呆れた顔でプッと血を吐く。額や体から血は流しているが、まだまだ余裕のある状態である。

「ババアの仇、今日こそ討たせてもらう!」

両手両足に炎を纏わせ、火千が戦闘態勢をとる。

「お前の口からそれを聞くのは何度目だろうねぇ。流石に聞き飽きたなぁ。とっても耳障りだからぁ……死ね。」

悪戯狸は目を見開いて赤く光らせる。

「俺はお前が視界に入ることが目障りだ!」

火千が悪戯狸目掛けて突撃する。悪戯狸はそれに応戦する形で、泥を操るのであった。



 「豪太郎さーん!大丈夫ですかー!」

雉花きじかが上半身は起こせたが、なかなか立ち上がれない豪太郎の元に飛んで近寄る。そして風属性の回復魔法をかけ始める。

「すまないね。想定以上に体に負担をかけていたようだ。」

豪太郎が雉花に礼を言っていると、他の桜音木達も合流をした。

火千と悪戯狸の間には何か因縁でもあるのかい?」

豪太郎が雉花に尋ねると、首を横に振った。

「私達もよく知らないんです。火千さんはあまり自身の過去を話す人ではないので。恐らく事情を知っているのは、第零期の凛太郎りんたろうさんにレッドフードさん、あとはかぐや団長だけです。」

「そうなのか。かなりの憎悪と復讐にかられていたようだが。」

「そうですね…余程の因縁があるみたいです。」

豪太郎と雉花が話している間、桜音木おとぎはジッと火千達がいる方向を見詰めながら、何か考え事をしている。

「ん?桜音木どーした?」

その姿に気が付いた犬雪が尋ねる。

「狸…泥…兎…火千……カチ………そうか、そういう事か。」

独り言を呟きながら、頭の中で様々な情報のピースをはめていく桜音木。そして1つの答えが出来上がる。

「何一人でブツブツ言ってんだ?」

月猿も桜音木に尋ねる。

「あの悪戯狸っていう鬼の正体と、火千との因縁が分かったような気がするんだ。」

「本当ですか?」

雉花が確認するように訊くと、桜音木が説明を始める。

「現実世界での火千のモデルは『かちかち山』という童話に登場する兎なんだ。そんなかちかち山には、『悪戯好きの狸』が登場する。」

「狸…?もしかしてその狸が……」

豪太郎に対し、桜音木は頷いて話を続ける。

「はい。恐らくその狸が悪戯狸のモデルです。作中の狸は老夫婦の畑に悪事を繰り返していると、罠にかかって捕獲されます。しかしお婆さんに『もう悪さはしない。家事を手伝う。』と嘘をつき、罠から解放させたところで撲殺をしてしまうのです。この事をお爺さんから相談された兎が、仇を取るために狸に色々な方法で仕返しを始めます。そして最終的に川に釣りをしようと誘い出し、『泥の船』に乗るように誘導します。そして溶けていく泥の船と共に狸は川に沈んでいき、溺死します。」

「なんか今の話だけだと、絶対子供にして良い話じゃねぇだろ。」

月猿が率直な感想を告げながら苦笑いする。

「『泥の船』沈没による溺死……成程、だから悪戯狸の魔法の名はあのようになっているのか。」

雉花の回復魔法により復活した豪太郎が、立ち上がりながら納得する。

「どういうことですか?」

桜音木が尋ねる。

「『憎悪の泥ヘイトリッドマッド』。奴が使う魔法の名だ。なぜそのような名前なのか疑問を抱いていたが、今の話を聞いて納得したよ。」

「そうですね。そして今の魔法の名前を聞いて、ますます悪戯狸のモデルがかちかち山の狸だと断定出来そうです。」

「もしもそれが事実なのであれば、もしかして火千さんと悪戯狸の因縁って、『お婆様を悪戯狸が殺した事』になるのでしょうか?」

雉花が桜音木に尋ねる。

「うん。その仮説が一番可能性として高い。──まぁ今は二人の因縁を探ったところで、俺達は見守るしかないけど。」

「!よーし!ぶっ飛ばせ火千ー!」

恐らく先程までの会話を理解出来てない犬雪が、一生懸命声を張り上げて応援するのであった。



 火千vs悪戯狸。憎悪の泥ヘイトリッドマッドの力で火千に猛攻を仕掛ける悪戯狸だが、素早く回避する火千をなかなか捉えることが出来ない。火千は攻撃の僅かな隙を逃さず、確実に攻撃を喰らわす。

「あーもう…!鬱陶しいぃなぁ!」

自身の攻撃は回避され、相手からは的確にダメージを与えられる。この現状が悪戯狸のイライラを加速させる。そしてイライラから、早く相手を潰したいという感情が芽生え、攻撃が徐々に隙の大きい大技へと変わっていく。

 そうなると火千の思う壺。どれだけ喰らってしまった時のダメージが増えようと、喰らわなければ問題はない。むしろ隙が大きくなる為、こちら側からの攻撃がより喰らわせることが出来るのだ。

(……これ以上は危険か……)

ここで悪戯狸の本能が、これ以上は危険だと発信を始める。それにより悪戯狸が一時攻撃の手を止めると、瞳の赤く光る現象がなくなり、見開き状態から糸目状態へ戻った。

「ハァ…ハァ…どうやらタイムリミットのようだな…」

いくら優勢であっても、一度でも判断を間違えると致命傷を受ける戦闘の為、神経を尖らせ続けていた火千もかなり疲労している。

「ハァ…ハァ…豪太郎筋肉野郎との前戦がなければなぁ…」

「ハッ、言い訳かよ。まぁ俺はお前がどんな状態であっても、殺せるならそれで構わない!」

火千は両足に炎を纏わせ、止めを刺すべく動き出す。だがその瞬間、悪戯狸の目がまた見開き、赤く光り始めた。すると、火千の目の前に悪戯狸を象った泥の偶像が地面から出現した。意表を突かれた火千は泥の悪戯狸偶像による正拳突きを避けれず、腹部に直撃して吹き飛んでしまう。何とか空中で体勢を立て直した為に着地には成功したが、ダメージが大きく片膝をついて動けなくなってしまった。

「この…野郎……限界がきた振りをしやがったな……!」

キッ!と睨みつける火千に対し、悪戯狸はまた瞳を元に戻しながらニヤリと笑った。

「へっへっへっ…油断したなぁ。でもこれ以上続けるのは本当にヤバいんでねぇ、あの方には申し訳ないがぁ…撤退させてもらうよ。」

悪戯狸は最後に火千を睨み付けた後、泥の中に沈んでいき、そのまま姿を消した。




 火千と悪戯狸の激闘が終えたことを確認した桜音木達が、仰向けになって倒れる火千の元に駆け寄る。そして雉花はすぐに火千の回復魔法をかける。

「悪い、仕留め損ねた。」

火千が悪戯狸を倒せなかったことを謝る。

「いや、奴を撤退させただけ充分だ。本当に助かったよ。」

豪太郎が首を横に振ってから礼を言う。

「てかよ、何で火千はここに来たんだ?」

月猿が火千がこの場に現れた理由を尋ねる。

「この周辺を飛んでいた探鳥さぐりどりが悪戯狸出現を報告したんだ。それを聞いた俺は一瞬ですっ飛んで来た。そしたら、偶然お前達がいたって感じだ。──と、もう大丈夫だ雉花、ありがとな。」

火千は指の腹で雉花の小さい頭を撫でながら礼を言い、アクロバットに立ち上がる。雉花は撫でられるなんて思いも寄らず、少し驚きながらも、エヘヘと照れ臭そうに小さく喜んでみせる。

「てか、お前達こそ何でこんな事に巻き込まれているんだ?」

「えっと……」

桜音木が代表で、ここまでの経緯いきさつを火千に説明する。

「ふーん…こういうのはあれだな、厄日ってやつだな。」

桜音木達のここまでの出来事を聞いた火千がケラケラ笑う。

「笑い事じゃないよ…」

桜音木が溜め息をつく。

「さて、ひと段落したところで一度トサルフに戻らないか?まだ桜音木君に現世終うつしよおわりやしろを修復してもらったお礼もしていないしな。」

豪太郎の提案に他のメンバーも同意すると、全員で一度郷護きょうごの民の里─トサルフに戻ることにした。




 トサルフに戻ると、里の民達が桜音木達を出迎えた。豪太郎が先程までの出来事を説明すると、民達は厳戒態勢を解き、武器などを片付け始めた。

 豪太郎は1人のドワーフを呼び、何やら頼み事をした。頼みを受けたドワーフは桜音木に近寄ると、素早く採寸をして自身の鍛冶屋に戻っていった。そして10分と掛からず、ドワーフが何を持って戻ってきた。

「さぁ受け取れ坊主。オーダーメイドの『ウエストホルダー』だ。」

ドワーフに言われるがまま、桜音木はドワーフから黒色のウエストホルダーを受け取った。そこには何かを収納できる大きなポケットが付いており、中には細長い物を収納できるポケットもある。

「えっと、これは?」

桜音木が尋ねると、豪太郎が説明する。

「礼の品だ。君、ずっとその魔導書と万年筆を手に持っているだろ。流石に今後そのままではなにかと不便だと思ってな。そのウエストホルダーはその魔導書と万年筆を入れる為のものだ。」

「わぁ…!有難う御座います!」

桜音木は喜びながら早速ウエストホルダーを装着して、ポケットに魔導書と万年筆を入れた。

「凄い。寸分の狂いなしてピッタリ入った。ウエストホルダーも俺に完璧に合っている。」

「あったりめぇよ。ドワーフ族の腕を舐めるじゃねぇぞ。そして坊主、そのポケットの裏に付いてる紐を引っ張ってみな。」

ドワーフに言われた通り、桜音木はポケットの裏に付いていた紐を少し引っ張る。すると魔導書と万年筆が固定されたような感触があった。

「その状態なら、いくら激しい動きをしようと落ちないようになった。取り外したい時は本とペンを上に引っ張ってみな。それで外れってから。あと、そのウエストホルダーには『鋼糸こうし』っつう特殊な糸を一緒に編み込んである。それによってちょっとやそっとじゃ千切れないようになってるからよ。そんじゃ、精々ボロボロになるまで使ってくれや。その方が道具達も報われってからな。」

ドワーフは一通り説明を終えると、鍛冶屋と戻っていった。桜音木は去っていくドワーフの背中に礼を言いながら頭を下げるのであった。

「さてと、今日は色々起こり過ぎたってぇの。さっさと帰って寝たいぜ。」

月猿が欠伸をしながら伸びをする。

「そうだな。──犬雪、月猿、雉花、今日は護衛有難う。」

桜音木はきび団子小隊の3匹に礼を言うと、3匹は各々個性に合った返事をする。

「そんじゃあま、帰るとしますか。」

火千の言葉を合図に、絶鬼団の面々は豪太郎に見送られて自分達の本部へと帰還するのであった。

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