9話 神鬼級の鬼

 故郷を護る民─郷護きょうごの民が暮らす里──『トサルフ』に警鐘が鳴り響く。現在、この里に鬼の群れが迫っているからだ。迫ってくる方角に急いで向かうのは、キチッと整えられた黒髪に琥珀色の瞳をもつ青年─『導和どうわ桜音木おとぎ』と、人獣族の犬雪いぬゆき月猿げつえん雉花きじかの『きび団子小隊』、そして中央に『金』と書かれた赤色の腹掛けに白色の褌という珍妙な格好をし、金太郎の愛称をもつ『金鉞かなえつ豪太郎ごうたろう』である。



 トサルフ内は既にパニック状態となっており、戦闘ない民達は少しでも生存率を上げる為、迫ってくる方角は反対側へ避難している。戦える民達は武器を携え、迎撃の準備をしている。

 桜音木達が迎撃準備中の最前線の場所に到着すると、豪太郎の周囲に民達が集まってきた。

「金太郎さん!鬼の群れが接近中です!」

「武器は何を用意すれば良いでしょうか!」

「避難がまだ完全に済んでいません!」

武器を携えた民達が口々に豪太郎へ報告や相談をすると、

「鎮まれ!!!」

と、豪太郎が叫んだ。それが鶴の一声をなったらしく、周囲に静けさが広がる。

「落ち着け皆の者。まず私が状況を理解していない。まず、鬼の群れの詳細を知りたい。」

豪太郎が訊くと、犬の男獣人が報告を始めた。

「鬼の群れの正体は『猪の鬼』です!目視と気配で数えて約50体!猛スピードでこちらに迫ってきています!」

「熊の次は猪かぁ…」

犬雪がげんなりした顔で呟く。

「猪か……ならばまず、そいつ等の猛進を止めよう。君達は早急に銃や大砲などの遠距離武器、あとは足止めが出来る道具を出来るだけ多く用意しておけ。そして君達にはあくまで最終防衛として動いてもらう。最前線で止めるのは、私とここにいる絶鬼団の者達で食い止める。」

豪太郎の案に、月猿が反対する。

「おいおい!なに勝手に最前線行きを決めてんだよ!拒否権はなしか!」

「そーだ!そーだ!」

犬雪が月猿の反対に便乗する。

「おや?君達は絶鬼団の中でも優秀な者達と把握していたのだが、どうやら勘違いだったか。ならば仕方がない。己の強さに自信がないのであれば、君達も最終防衛を頼むことにしよう。」

豪太郎がどこか煽るような口振りで告げると、

「んだとコラァ!上等じゃねぇか!猪程度、十匹でも百匹でも食い止めてやんよ!」

月猿はまんまと乗せられ、最前線行きを承諾する。

「そーだ!そーぉぉ…………あれ?」

犬雪は反射的にまた月猿に便乗するが、何か口車に乗せられたように感じて一瞬疑問を抱くが、特に深く考えることはなくその場の雰囲気で最前線行きを承諾した形となった。

残る雉花は、元々豪太郎の案に賛成しようとしていたので、同じ部隊の2匹がまんまと豪太郎に乗せられている姿を見て、呆れた溜め息をついていた。

「俺も最前線ですか?」

桜音木が自分を指差しながら尋ねる。

「ああ。話を聞くに、君の魔法はかなり汎用性が高いからな、是非とも手を貸して欲しい。なに、私がいるから命の保証はしよう。」

豪太郎に後押しされ、桜音木は少し悩んだ後、頷いて承諾した。

「よし、そうと決まれば早速向かおう。」

豪太郎を先頭に、桜音木達は猪鬼の群れへと真正面から向かうのであった。




 桜音木達が拠点にしたのは、周囲の見通しが良い平原であった。前方からはまだまだ距離はあるが、猪鬼の群れが砂埃と立て、地響きを鳴らしながら迫ってくる。

「さて、どうやって止めたものか。」

豪太郎が仁王立ちで衝撃なことを口にする。

「考えてなかったのかよ!」

月猿が瞬時にツッコミをいれる。

「君達も連れてきた理由として、知恵を借りたいというものあったのだ。」

豪太郎はガッハッハ!と余裕のある笑いを見せてた後、尋ねる。

「時に人獣トリオよ。君達の魔法は何かね?」

「俺は『氷』!」

犬雪が元気よく答える。

「はぁ…俺は『雷』だ。」

月猿は呆れながらも答える。

「私は『風』です。」

雉花も答える。

「ふむ、なかなか足止めが出来そうな魔法だな。」

豪太郎からの質問に、3匹の人獣は一斉に首を横に振った。

「そうか、それは困ったな。ならば私が力ずくで抑えるしかないか…?」

豪太郎が力に物言わす作戦を立てた時、1人冷静に作戦を考えていた桜音木が口を開いた。

「いくら鬼と言っても、野生の猪には違いないんですよね?なら、一斉に怯ませることが可能かもしれません。」

「ほう、その方法とは?」

豪太郎が尋ねる。

「『音』です。大きな音は野生の獣を退けるのに効果的ですから。」

「成程、音か。だが相手はかなりの数且つ地響きを鳴らし続けている。適当に大きな音を立てたところで奴等に聴こえるのか?」

「それに関しては、考えがあります。」

そう言って桜音木は魔導書と万年筆を構えた。



 遂に猪鬼の群れが目視で確認できる所まで迫ってきた。軽自動車並みの大きさの体、巨大な2本の牙、そして鬼をということを示す2本の鬼の角、猛進してくるその姿は災害の如く。

 そんな群れに対し、豪太郎は1人、堂々たる仁王立ちをしている。その少し後ろに待機するのは、魔導書と万年筆を構える桜音木と、きび団子小隊の3匹である。

「では豪太郎さん!お願います!」

桜音木は合図と共に、万年筆で魔導書に『とどろく』と書いた。すると豪太郎の口元に小さな魔法陣が展開され、中央には小さく『轟』の文字が書かれている。

 豪太郎は大きく息を吸い込むと、胸部が不自然なくらい膨れ上がっていく。

「鬼の熊を倒した時もそうだったけど、凄い筋肉の膨らみだな…」

人知を超えた姿に変貌していく豪太郎を見ながら桜音木が苦笑いする。

「あれが豪太郎さんの魔法─『筋肉増大ビルドアップ』です。自身の筋肉を自在に強化することができ、今は恐らく胸筋と肺自体を強化しています。」

雉花が桜音木の隣で解説をする。

「肺も強化出来るのか?」

「はい。内臓にだって筋肉が付いてますから。」

「ほんと、何でもありだな魔法って…」

桜音木が改めて魔法という何でもありの概念に感心していると、豪太郎が息を吸い込み終えた。その胸筋は破裂寸前の風船のようになっている。

 そして少しの間があった後、豪太郎が猛獣の如く凄まじい叫び声を上げた。その声が桜音木が展開させた魔法陣によって拡張され、更に広範囲へ叫び声が広がる。桜音木達はその騒音さから反射的に耳を塞ぎ、その場に塞ぎ込むことしか出来なかった。

 衝撃波のようになった豪太郎の叫び声は猪鬼の群れの先頭に届き、一斉に怯んだ。それにより後方の猪鬼が怯んだ先頭の猪鬼にぶつかって転倒する。この玉突き事故が群れ全体で発生し、見事猪鬼の群れの猛進を停止させた。

「ふぅ…やはり大声を出すのは気持ちがいいな。」

豪太郎は満足した顔でワッハッハ!と笑う。

「うぅ…頭がクラクラする〜…」

犬雪が体をフラつかせながら豪太郎に近寄る。続けて月猿と雉花も、少し体調を崩しながら合流する。

「う…予想以上の騒音でしたが、上手くいきましたね…」

頭痛により少し顔を曇らす桜音木が合流し、前方で怯んで動けない猪鬼の群れに視線を向ける。

「ふむ、君を連れて正解だったな。これは君の手柄だ。」

豪太郎がポンと桜音木の肩に手を置いて賞賛する。桜音木は褒められたことが純粋に嬉しくなり、ヘヘッと少し照れ臭そうに笑ってみせた。

「さて、上手く止まったのはいいが、ここからが本番だぜ。」

月猿は棍を構えながら準備運動をする。その両隣で犬雪は小刀を横に咥え、雉花は弓を準備する。

「ああ。手早く倒していくぞ。奴等が再び起き上がる前に。」

豪太郎も改めて気を張り、ゴキゴキと指を鳴らす。桜音木も少しでも役に立とうと、魔導書と万年筆を構える。


──そして、猪鬼の群れ退治が開始される。───かと思われた。


 次の瞬間、猪鬼達の体が一斉に『泥』へと変化し、地面に溶け始めたのだ。

 あまりにも予想外の出来事に、桜音木達は動けずにいた。

 そして十秒もかからず、大量にいた猪鬼達は全て泥となり、一面に巨大な泥溜りを残してその姿を消滅させた。桜音木達は呆然としたまま、しばらく誰も喋らない状態が続いた。

「………え?な、何が…起きたんですか?」

暫く続いた沈黙を破ったのは、まだ困惑している桜音木であった。

「……信じられないが、先程までいた猪鬼どもは皆、『泥で作られた偽物』だったようだな。」

豪太郎も頭の中で状況整理が終わり、現状の結論を告げる。

 その時だった。一面に広がった泥溜まりがボコボコと沸騰した水の如く動き始めたのだ。桜音木達は一斉に泥から距離をとり、警戒態勢となる。

 泥溜まりは更に激しく動き始め、なんと巨大な船へと形を変貌を遂げた。

「………船?」

桜音木は豪太郎達に意図を聞こうとした時、異変に気付いた。豪太郎達が皆、かなりの緊張状態になっていることに。

「ど、どうしたの──!」

桜音木が慌てて問いかけようとした時、限りなく一般人の桜音木でさえ感じるほどのプレッシャーにより、ゾクッと背筋が凍りついた。

 甲板の扉が開き、船内からとある動物が1匹現れた。体長約140cm、大きな編み笠を被り、手には酒が入った瓢箪型の徳利、大きなお腹と他人を嘲笑っていそうな糸目が特徴で、額には鬼の証である2本の鬼の角が生えている。


 その正体は──『狸』。


『信楽焼たぬき』を思い浮かべると、最も外見に似ているだろう。そんな狸は船首へと移動し、桜音木達を見下ろしてきた。

「あ〜…耳が潰れるかと思ったぞこの野郎。」

狂気を帯びた大きな目で、狸はキッと豪太郎を睨んだ。

「まさか『幹部』が直々に現れるとはな…何用だ『悪戯狸あくぎり』!」

豪太郎が狸の名を叫びながら拳を構える。

「五月蝿い。お前の声は当分聞きたくねぇよ、郷護の民引き籠もりの長が。」

悪戯狸は耳を指でほじる動作をし、露骨に嫌な顔を浮かべる。

「あ、あいつは……?」

この場で唯一正体を知らない桜音木が呟きながら周囲の豪太郎達に視線を向ける。緊張から体を震わせている雉花が答えた。

「あいつは鬼達の幹部である『悪戯狸あくぎり』です。階級は神鬼じんき級…あの階級と渡り合える者は、現状豪太郎さんだけです…」

鬼の階級は、下から豆鬼とうき級、悪鬼あっき級、狂鬼きょうき級、神鬼じんき級となり、最上級の神鬼級に値する鬼は、鬼のボスとなるとある鬼と、その幹部達だけである。そして今、桜音木達を見下ろす悪戯狸という狸は、その神鬼級の一角であった。

「そ、そんな奴が何でいきなり…!」

目の前にいる鬼の脅威を理解した桜音木が、怯えた表情で悪戯狸を見上げる。

「『彼の方』のご指示でなぁ……お前さんを連れてこいだとさ。」

悪戯狸がスッと桜音木を指差す。

「お、俺!?」

予想外の指名に、桜音木が仰天する。

「てなわけで、さっさと捕まりなぁ!」

次の瞬間、悪戯狸が乗る泥船の側面に泥の大砲が生え、一発の泥の砲弾が放たれた。泥の砲弾は飛行中に網状となり、桜音木に迫る。

 桜音木の反応ではこの泥の網を避けることは出来ない。このままでは成す術なく捕まってしまう。その時、誰よりも悪戯狸の動きに反応していた犬雪が、桜音木に向かって突進をして、無理矢理桜音木をその場から動かした。その結果、犬雪が代わりに泥の網に捕らえられてしまった。

「犬っころ!!」

月猿が助ける為に駆け寄るがあと一歩及ばず、犬雪は地面から更に出現した泥によって包まれてしまい地面に吸い込まれてしまった。そして次に出現した場所は、悪戯狸の足下であった。

「ちっ、犬風情が…」

悪戯狸は邪魔されたことにチッと舌打ちをすると、泥の銛を形成し、犬雪が中にいる泥の塊に向けて突き刺そうする。その瞬間だけ、悪戯狸の視線と意識は犬雪に向けられた。

 その瞬間を、豪太郎は逃さなかった。悟られないよう両足に魔法─筋肉増大ビルドアップをかけており、悪戯狸が自分から意識を逸らした瞬間、魔法によって強化された両足による跳躍力で、悪戯狸の目の前まで跳び上がった。

 悪戯狸は突如目の前に現れた豪太郎プレッシャーに反応し、最速で反撃を行おうとした。

 だが、時すでに遅し。筋肉増大ビルドアップによって強化された腕による強烈なストレートパンチが、悪戯狸の頬にメリメリとめり込んだ。そして目にも留まらぬ速さで悪戯狸は地面を抉りながら吹き飛んでいった。それにより泥船は操る者の力を失ったのか、みるみるとその形を崩壊させていき、ものの数秒でただの泥へと戻り、地面へ吸収された。同時に犬雪も解放されており、月猿と雉花がすぐに駆け寄よって安否の確認をする。少し遅れて桜音木が合流した頃には、豪太郎は悪戯狸への追撃のために動いており、地面をたった一蹴りで、仰向けに倒れる悪戯狸との距離を詰めていた。

 そして再度強烈な一撃を喰らわすため、豪太郎が拳を構える。しかし、豪太郎の拳が悪戯狸を捉える先に、地面から生えてきた泥の腕によるアッパーが豪太郎の顎に直撃した。豪太郎は放物線を描くように吹っ飛ぶが、空中で体勢を立て直して着地する。

「この筋肉野郎……今回テメェと絡む気はねぇんだよ。」

ゴキゴキと首を鳴らしながら立ち上がる悪戯狸。かなりの一撃だった筈だが、あまりダメージは受けていないようだ。

「敵側の幹部が単独で目の前にいるのだ。こんな絶好な瞬間、見逃すわけがないだろ!」

豪太郎は全身に筋肉増大ビルドアップをかけ、怒涛の連続攻撃を仕掛ける。悪戯狸は豪太郎の攻撃を防御しつつ、僅かな隙を突いて反撃を行う。豪太郎も悪戯狸からの反撃を防御しながら攻撃の手を緩めない。

 豪太郎と悪戯狸の攻防は素人の目から見ると何が起きているのかさっぱり理解出来ないほどで、桜音木は遠目から事の成り行きを見守ることしか出来ない状態となっていた。

「ゲホッ…!ゲホッ!」

泥から解放された犬雪は気を失っており、先程まで雉花に回復魔法をかけられていた。そして今まさに目を覚まし、口から泥を吐いた。

「犬雪!大丈夫!?」

雉花が心配した顔で声をかけると、

「うえぇ…口の中に泥が入ってる…気持ち悪い…」

犬雪は周囲の焦りとは裏腹に、能天気な事を口にする。その言葉と犬雪に別状はないと判断した桜音木達は、少し気が抜けて軽い笑みを浮かべた。そして全員で遠くで激闘を繰り広げる豪太郎と悪戯狸を眺める。

「……こういう時、援護したほうがいいのか?」

戦闘初心者の桜音木がきび団子小隊に尋ねると、月猿が代表で答える。

「止めとけ。あそこまでの戦いになると、俺達はただ邪魔になるだけだ。」

「でも、強化系の魔法や回復魔法くらいは……」

「だから止めとけって。いいか、下手に援護すると悪戯狸が阻止する為にこっちに攻撃を仕掛けてくる。そうなると豪太郎は俺達を守りながら戦うことになる。戦闘において、ほど難しいものはない。」

「足枷になる、ということか。」

「情けないことですが…そういうことです。」

桜音木の言葉に対し、雉花が自分達の力不足に落ち込みながら告げる。

「よし!ならもう応援するしかない!頼んだぞー!豪太郎ー!」

元気を取り戻した犬雪が、代表でエールを送るのであった。


 桜音木達が見守るその先で、豪太郎と悪戯狸の激闘は尚も続く。しかし、徐々にではあるが戦況が変わりつつあり、豪太郎が優勢になり始めていた。

(ん〜…やっぱ肉弾戦は分が悪いかぁ……ん〜…疲れるから使いたくなかったが、負けるのは癪だしなぁ……使うか。)

何やら覚悟を決めた悪戯狸は、糸目をカッ!と見開いた。すると瞳が赤く光り、突如豪太郎の足元が泥へと変化したのだ。それにより豪太郎は足を取られ、そのまま身動きが出来なくなってしまった。その瞬間に悪戯狸は距離を空け、泥を使用した大技に転じる。

「[泥鬼神どろきしん]。」

悪戯狸が瓢箪型の徳利に入った酒を地面に注ぐと、瞬く間に周囲の地面が泥と化した。そして泥は隆起すると形を変化させ、5メートルは越える上半身のみの巨大鬼神偶像となった。悪戯狸が泥の鬼神偶像の肩に乗って命令を下すと、泥の鬼神偶像はグッと拳を握り締め、大きく腕を振り上げると、身動きが出来ない豪太郎を拳で叩き潰した。

 豪太郎は魔法による強化された筋肉によって何とか致命傷は免れたが、大ダメージには違いなく、地面に俯せに倒れたまま、なかなか起き上がることが出来ない。泥の鬼神偶像は動けない豪太郎を片手で掴んで拘束すると、力を込めて握り潰そうとする。豪太郎は筋肉増大ビルドアップを最大にかけ、何とか潰されないようにするが、拳による叩きつけのダメージが響き、徐々に魔法の力が弱くなっている。

 「おいおいおい…!流石にやべぇぞあれは…!」

月猿が豪太郎の危機を察し、慌てて棍を構えて救出へ動き出す。他のメンバーも月猿に続いて救出へ向かうが、全員突如地面から出現した泥の触手によって捕縛されてしまった。

「お前達の動きを警戒していないとでも思ったかぁ?|残念だったなぁ。そこで己の無力さを嘆きながら、豪太郎こいつが潰される様を眺めていろ。」

悪戯狸は見開いた赤く光る目を桜音木達に向け、ニヤッと嘲笑った後、泥の鬼神偶像に止めを刺す命令を下す。桜音木達が喉が潰れるほどの大声で必死に止めるよう叫ぶが、悪戯狸が聞く耳を持つわけがなかった。


─その時だった。


  桜音木達のから少しの離れた場所に、突如巨大な竹が地面から生えてきたのだ。

「あれは……『タケハエル』!?」

雉花が出現した竹の正体に仰天する。タケハエルとは、絶鬼団が使用している指定した場所に瞬時に転移が出来る瞬間転移装置のことである。

 そんなタケハエルの側面に機械的な扉が出現し、開くと同時に1つの影が飛び出してきた。影はとてつもない速さで桜音木達の所に合流すると、そのまま悪戯狸に直行する。

「あぁぁーー!!くぅぅぅーー!!ぎぃぃぃーー!!りぃぃぃーー!!!!!!」

怨念籠る叫び声と共に、炎を纏った脚で超高速の飛び蹴りを悪戯狸の頬に直撃させた。全く防御が間に合わなかった悪戯狸は瞬く間に吹き飛び、まさかの目視で確認出来ないほど飛んでいってしまった。操る者がいなくなったことにより、泥の鬼神偶像と桜音木達を捕縛する泥の触手はデロデロと溶けていき、豪太郎を含む桜音木達全員が解放された。

「か、か、か…!『火千かち』ぃぃぃぃぃ!!!!」

犬雪が嬉し泣きしながら、影の正体の名を叫ぶ。

悪戯狸あいつは…俺が殺す!」

 殺意に満ちた赤色の瞳、もふもふした白く長い耳は殺気によってピクピクと動き、黄緑色と薄茶色を基調としたパーカーとミディアムパンツを身に纏うのは兎の獣人──



──『兎跳山ととやま火千かち』であった。

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