8話 郷を護る民

 安らぎの森を抜けると、自然の中に人の手が加えられた街道が先へ先へと伸びていた。そこを歩くのは、導和どうわ桜音木おとぎに、きび団子小隊の犬雪いぬゆき月猿げつえん雉花きじか、そして、厳つい顔付きに鍛え上げられた屈強な肉体の上から、中央に『金』と書かれた赤色の腹掛けに白色の褌と、珍妙な服装を身に纏うおとこ金鉞かなえつ豪太郎ごうたろうであった。

「では豪太郎さんは、見張り役の人が発見した安らぎの森方面での騒ぎに気付き、その調査の為に社に来られたんですか?」

桜音木は少し前を歩く豪太郎の背中に訊く。

「ああそうだ。騒ぎの音と気配を頼りに森を進んでいると、君達の元に辿り着いたということだ。」

豪太郎が横顔を見せながら答える。

おさ、自らですか?」

「その時たまたま、私の手が空いていたに過ぎない。──さ、話している間に見えてきたぞ。」

桜音木達が歩く先には、3メートル以上はある先端が尖った丸太の柵が見えてきた。その柵はぐるりと広大な里を取り囲むように設置されていた。

「あそこが郷護きょうごの民が住む里─『トサルフ』だ。」

「あの、そもそも『郷護の民』というのは?」

話の中で当然のように使われている単語─郷護の民。しかし異世界から来た桜音木はその意味を当然知るはずがない。

「む?絶鬼団の方でてっきり説明されていると思っていたがまだだったか。ならば君の話を聞く前にその辺りの話をしよう。」

豪太郎が告げながら、丸太の柵に作成された門の前に立つ。すると柵の内側に設置してある見張り台で見張りをしていた男が豪太郎の存在に気付くと、少し声を張って尋ねる。

「金太郎さん!そいつ等は絶鬼団のところ人獣達ですよね!」

「気にするな!私の客人達だ!開けてくれ!」

豪太郎が答えると、見張りの男は下にいる者達に門を開けるように促す。すると門が重い音を鳴らしながら観音開き式で開いた。

トサルフの中は木製の住居が多く建ち並び、田畑では農作物がすくすく育っている。他にも金属を叩く音が鳴り響く鍛冶屋、煙突から湯気をもくもく出す銭湯など様々な店も建っており、見た目は自然豊かな田舎の光景だが、建築物の数やヒトの多さは都市に匹敵するものがあった。

 「この里には、人類以外の種族も暮らしているんですね。」

桜音木が前を歩く豪太郎について行きながら周囲で暮らす者達に視線を向ける。そこには鍛冶屋で武器を作る『ドワーフ族』の光景や、獣の姿と能力を持つヒト─『獣人族』と、ヒトの言語や知能を得た獣─『人獣族』の子供達が、空き地で無邪気にはしゃいでいる光景などが目に入ってきた。

「そうだな。ここには人類を合わせて主に『ドワーフ族』、『獣人族』、『人獣族』の四種族が暮らしている。」

豪太郎が背を向けたまま答える。

「他の種族は受け入れていないんですか?」

桜音木が訊く。

「いや、我が里はどんな種族でも歓迎している。だが、今の四種族が多い理由を話すには、この里の歴史が絡んでくる。後でその辺りも話そうではないか。──さて、私の家に着いたぞ。」

桜音木達が案内されたのは、風情ある一軒の屋敷であった。そして最初に目についたのは、玄関の壁に貼られた『金鉞部屋』と達筆な字で書かれている看板であった。

「さ、遠慮せず入りたまえ。」

豪太郎に案内され、桜音木ときび団子小隊は屋敷の中へと入っていった。



屋敷の中は純和風となっており、使用人の女性達がせかせかと働いている。部屋の数は子供が探検したくなるくらいあり、置かれている家具や装飾品は全て高価なもので、『長』という肩書きに恥じない屋敷である。

 目移りする物は沢山あるが、やはり一番気になるものは、中庭に設置してある立派な土俵であった。桜音木ときび団子小隊は、そんな立派な土俵が見える和室に案内されると、既に使用人が座布団を敷いていた。1枚の座布団の後ろに3枚の座布団の配置、1枚の方に桜音木が正座で座り、3枚の方にきび団子小隊が座った。そして桜音木の前に、桜音木達のより豪華な座布団が敷かれ、そこに豪太郎が胡座をかく。

「玄関の看板を見た時に察しましたが、相撲部屋をされているんですね。」

桜音木が中庭の土俵に視線を向けながら告げる。

「ああ。今日はたまたま休日で門下生達はいないが、その方が都合が良かったな。今から君が話す内容は、あまり広めて良いものではないだろ?」

「確かに……」

「では早速聞かせてもらおうか。君という存在について。」

豪太郎が興味津々の目で桜音木を見る。桜音木はかぐや達に説明した時のように、上手くアリスについては触れずに、自身が現実世界から来たこと、ここが童話の世界だということ、所持している魔導書と万年筆のこと、自身の魔法のこと、そして豪太郎が自身の世界の金太郎というキャラクターだということを説明した。

「現実世界に童話世界……そして金太郎か……」

豪太郎が新情報の数々を頭の中で1つ1つ理解と整理をしていく。

「これでこちら側からの情報は話しました。内容に嘘もありません。」

嘘はないが話していない事はあるんだけどな、と桜音木は心の中で呟く。

「ふむ……取り敢えず今の話は私の中で留めて置く。他の者達に話したところで混乱を招くだけだしな。」

「そうしてくれると有り難いです。正直、自分自身もまだまだ分からないことだらけですから、下手に広められるとただ困るだけですから。」

桜音木が小さく溜め息をつく。

「ははは、ならば尚更広めまい。──さて、次はそちらがこちら側が情報を訊く番だ。何から訊きたい?」

「そうですね…まずはあなた方『郷護きょうごの民』とは一体どういう集団なのか知りたいです。」

「結論から言うと、郷護の民とは『故郷を護る民』という意味だ。」

「故郷を…護る?」

桜音木は意味が理解出来ず首を傾げる。

「故郷とは『土地』のことを指している。つまり我々は、『ヒトが生きるための土地を護る』ことを最優先にしている民だ。」

「土地を護る…ですか。」

「そうだ。我々はあくまで故郷土地を護るために鬼退治を行なっている。退治の際も、撃退で済むのであれば撃退を終わらすこともある。そして極論にはなるが、故郷土地さえ護ることが出来れば鬼がこの世から全滅しなくても構わないと考えている。そういう思考を持った者達が集まり、誕生したのが郷護の民ということだ。」

今の話を聞き、桜音木はピンと閃く。

「成程、だから絶鬼団とあまり良い関係ではないのですね。鬼の根絶という『攻めの思考』を掲げる絶鬼団、土地の守護という『守りの思考』を掲げる郷護の民、互いに相手の思考を理解は出来る。だが、手段が違うため、手を取り合うことは出来ない。そういう関係ですか。」

「頭の回転が速くて助かる。君の言う通りだ。1日でも早く鬼をこの世から根絶させたい絶鬼団の思考も理解出来る。だが、まずはヒトがしっかりと生きるための土地を護らねば、生活も鬼退治もまともに出来なくなる。」

豪太郎の次に口を開いたのは、桜音木の真後ろに座る月猿であった。

「で、俺達絶鬼団側の反論としては、土地を護ることも大事だが、それではいつまでも鬼に怯える日々が続いてしまう。加えて1日でも早く鬼を根絶すれば、安心して生きられる土地がかなり増える。って感じだな。」

「はは…この感じだと手を取り合う日はまだまだ先だろうな…」

2つの意見に挟まれた中立の桜音木は、両者の譲らない思考に信念すら感じ、苦笑いした。

「とりあえずこれで郷護の民については話し終えた。他に訊きたい事はあるか?」

豪太郎が次の質問を促す。

「そうですね…この里には、人類、ドワーフ、獣人、人獣の四種族が主に暮らしていると仰っていましたが、その理由を訊きたいです。」

桜音木が次の質問をする。

「そうだな。これは一度言ったことだが、それの理由にはこの里の歴史が絡んでくる。人類が暮らしているのは、この里を作ったのが人類だからだ。そして他の三種族が集まってきた理由は、過去の歴史で『故郷を奪われた種族』だからだ。」

「……どういうことですか?」

「ドワーフ族、獣人族、人獣族は過去に不条理な迫害を受けているのだ。獣人族は『獣の血が混じりし出来損ないの人』として、どの村や町からも忌み嫌われていた。加えて人類より身体能力が高いことから、奴隷としても虐げられていた。人獣族はその高い知能から獣人族と同じように奴隷にされたり、見世物にされていた。そして最後のドワーフ族は、種族して確立された月日はまだ浅い方で、それまでは『成長しない人類』として扱われていた。」

「成長しない…というのは、体が成長しないってことですか?」

桜音木からの問いに、豪太郎が頷く。

「そうだ。この世界には『小人族』という種族もいるのだが、ドワーフ族は小人族よりは当然成長する。だが、大人であっても人類の平均身長以下で止まってしまう。故に、ドワーフ族がまだ人類としてカテゴリーされていた頃は、成長しない血として見下されていた。よって、獣人族も人獣族も、そしてドワーフ族も、いくら隠れて生きようが、いずれは別種族に見つかり、故郷を奪われ、見下され、迫害を受けるという時期があった。その時、このトサルフを作り上げた人類が、故郷を失った獣人や人獣、ドワーフ達を里に招き入れることを決めたのだ。里の中ではどの種族は分け隔てなく平等に笑って暮らせる生活が誕生した。その噂は瞬く間に広がり、いつしかトサルフには、自然と今の四種族が主に集まるようになった。そしてこれもまた自然と、この里に暮らす者達は、もう二度と故郷を奪われたくないという思考が働き、『土地を護る』という行為が優先的になっているのだ。」

長い説明が終え、室内に沈黙が少し流れた。そして沈黙を途切らせたは、頭の中で整理が終了した桜音木であった。

「有難う御座います。お陰で郷護の民についてかなり知れました。可能であればまだ訊いても構いませんか?」

「ああ。答えられる事であれば───」


──その時。


 突如、桜音木の背後で座っていたきび団子小隊が一斉にピクッ!と反応し、同じ方向に視線を向けた。同時に、女性の使用人が慌ただしく現れた。

「金太郎様!見張り展望台の者から伝達!鬼の群れがこのトサルフに接近中とのことです!」

「何だと!?」

豪太郎が立ち上がると、一気に緊張感が増した和室にいる他の者達も立ち上がる。

「ああ、その情報は確かだぜ。あっち側からやべぇ気配がどんどん迫ってきている…!」

月猿がスッと迫ってきている方向を指差す。

「直ちに迎撃に向かう!君達も手を貸してくれ!」

豪太郎の言葉に桜音木達は大きく頷くのであった。

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