7話 珍妙な格好の漢

 現世終の社の前。小刀を横向きに咥える犬雪いぬゆきと弓を構える雉花きじかのペア、棍を構える月猿げつえんと魔導書と万年筆を構える導和どうわ桜音木おとぎのペアの間に、ヒグマの倍以上の身長があり、頭から2本の鬼の角を生やす巨大鬼熊がおり、空に向けて咆哮をする。そしてギロリと野生の眼光を向けたのは、月猿、桜音木ペアの方であった。鬼熊は鋭い牙を剥き出しにしながら月猿と桜音木に突進してくる。

「[文字の力レターパワー"壁"]!」

桜音木は込み上げてくる恐怖を抑え込みながら、冷静且つ的確に万年筆で魔導書に『壁』と書き、そして想像イメージを巡らせた。すると自分達の前方の地面が隆起し、壁を形成した。鬼熊は突如目の前に出現した壁を回避することが出来ず正面衝突する。顔面から激突したことにより、鬼熊がフラつきながら後退りする。

「やるじゃねぇか!」

月猿は桜音木を褒めながら、棍を投げ槍のように持つと、素早く壁を乗り越えて攻撃を仕掛けた。

「[落雷棍らくらいこん]!」

月猿に握られた棍は雷を纏うと、鬼熊に目掛けて投げられた。鬼熊の背中に直撃すると、周囲に雷鳴を轟かせながら鬼熊に雷を浴びせた。

(体を貫く勢いで投げたが刺さりもしなかった。どんだけ硬い体だ。)

鬼熊の頑丈さに面倒だなと舌打ちしながら、素早く棍を回収して間合いをとる。

「よし!続くぞー!」

次に動いたのは犬雪であった。犬雪が魔力を高めると、咥える小刀に冷気を纏い始めた。その時鬼熊が雷による麻痺状態から完治し、犬雪達の方へ突進してきた。同時に犬雪も鬼熊に向かって走り出す。そして鬼熊からの一撃を華麗に回避した犬雪は、そのまま攻撃に転じる。

「[氷結斬ひょうけつざん]!」

冷気を纏いし小刀で鬼熊の体に一太刀浴びせると、たちまち傷が凍り付いた。

「かった!全然刃が通らないぞ!」

犬雪が鬼熊の固さに驚いていると、ギロッと鬼熊が犬雪に視線を向ける。

「やばっ!?」

犬雪が小刀で防御に転じようとするが、鬼熊の攻撃が一手早そうだ。だがそれよりも早く、雉花が動いていた。

「[穿風矢せんぷうや]!」

誰よりも早く鬼熊の動きを読んでいた雉花が、風で形成された2本の矢を弓で放ち、鬼熊の後ろ両足を貫いた。それによりバランスを崩した鬼熊は俯せに倒れる。

「いくら固い肉体でも、貫通力を高めた一撃は止められないようね。」

雉花が冷静に分析している間に、犬雪が慌てて合流すると、少し遅れて月猿と桜音木も合流し、1人と3匹で鬼熊の動きを警戒する。鬼熊は後ろ両足に空いた傷を意に介することなく立ち上がり、桜音木達を睨み付ける。

「足に風穴空いてるのに立ち上がるのかよ。」

月猿が鬼熊のタフさにチッと舌打ちをしていると、鬼熊が雄叫びを上げた。すると鬼熊の体に変化が生じ、メキメキと骨や筋肉が音を立て、その巨体は更に巨大化したのだ。

「マジかよ!?」

仰天する犬雪の隣で雉花も焦りの顔を見せる。

「はは…冗談キツいぜ…」

月猿も驚きからの苦笑いを浮かべる。

桜音木達が驚く中、巨大化した鬼熊は容赦なく突進してきた。紙一重に回避した桜音木達だが、桜音木だけ孤立した状態となってしまい、加えて足がもつれて転倒してしまった。鬼熊は即座に標的を桜音木に絞り、間髪入れずに右前足を振り上げる。

(死………!)

桜音木の中で直感が告げる。自分は死ぬんだ、と。

きび団子小隊が必死に助けに来ようとしているのが、恐らく間に合わない。

桜音木の思考は既に死の恐怖によって停止し、鬼熊を見上げることしか出来なかった。

完全なる詰み。死を受け入れるしかない状況。


──その時だった。


安らぎの森方面から1つの影が猛烈な速さで現れ、鬼熊に強烈なタックルを喰らわせたのであった。鬼熊はその巨体を宙に浮かせ、軽く放物線を描いて地面に倒れた。

「無事か、青年?」

影の正体──屈強な大男が仁王立ちで桜音木を見下ろしながら心配をしてきた。

「あ、あなたは………?」

桜音木は涙目で屈強な大男を見上げながら尋ねる。だが、大男の服装をよく観察すると、とても既視感があり、何故か名前まで当てることが出来そうであった。

「『金鉞かなえつ豪太郎ごうたろう』。それが私の名だ。君は見かけない顔だな。他所の土地から来たのか?」

年齢38歳、身長195cm、黒の瞳に黒の髪をもち、厳つい顔付きに鍛え上げられた屈強な肉体、正におとこを体現した外見とは裏腹に、身に纏うは中央に『金』と書かれた赤色の腹掛けに白色の褌と、何とも珍妙な格好であった。

(き、『金太郎』だーー!)

桜音木は思わず心の中で叫んでしまった。そう、この屈強な男の服装はどこをどう見ても有名な童話の一角─『金太郎』に登場する金太郎にそっくりなのである。

「どうした?いきなり鳩が豆鉄砲を食らったような顔になって。」

豪太郎に問われたことにより、桜音木は驚きが顔に出てしまっていたことに気付き、ハッと我に返ると、慌てて首を横に振り、何でもないです!と答えた。

「豪太郎ー!助かったぞー!」

豪太郎と桜音木の元に、犬雪が礼を言いながら駆け寄ってきた。月猿と雉花も犬雪の少し後ろを付いてきている。

「君達は絶鬼団のところの人獣トリオ。──ということは、君は絶鬼団の新団員か。」

豪太郎が納得していると、鬼熊がようやく豪太郎からの強烈タックルのダメージから回復して立ち上がった。

「話は後のようだ。君達は下がっていろ。」

豪太郎はスッと前衛に出ると、桜音木達に指示をする。桜音木達は素直に従い、豪太郎から距離をとる。同時に、鬼熊が豪太郎に向けて咆哮をした後、鋭い牙を剥き出しにしながら突進してきた。しかし豪太郎は一切動じることなく、足を開き少し腰を下げ、拳を握ると同時に後方に引く。そしてグッと力を込めた瞬間、腕の筋肉が割れる寸前の風船の如く膨れ上がったのだ。その姿は完全に常人の域を超えていた。そしてこの時、鬼熊は既に豪太郎に向けて右前足を振り上げていた。

「この拳、神の一撃の如く──[神拳しんけん]!!!」

豪太郎が正拳突きのように、常人離れした腕による拳を鬼熊の腹部に直撃させた。すると、周囲にまるで巨大な爆弾が爆発したかのような強烈な衝撃波が発生した。そして数秒遅れ、とてつもない爆風も発生し、桜音木達は抗う間もなく安らぎの森方面へ吹き飛んでしまった。

 衝撃波と爆風、2回の災害級の出来事が終えた後に残ったのは静寂であった。その静寂の中心にいるのは、仁王立ちする豪太郎のみであった。鬼熊の姿は一切の痕跡も残さず消滅していた。

「こらー!豪太郎ー!」

静寂を消したのは、安らぎの森から戻ってきた犬雪の怒りが籠った声であった。

「おお、吹き飛んでいったのは気配で分かっていたが無事であったか。」

豪太郎が自身の足元でキャンキャンと吠える犬雪を見下ろしながら笑う。

「笑い事じゃないぜ全く…俺達が丈夫じゃなかったらあんたが俺達を殺していたかもしれなかったんだぞ。」

後から現れた月猿が、どこかでぶつけたであろう頭を摩りながらため息をつく。

「あの…俺は限りなく一般人だからすごい痛いんですけど…」

雉花と共に現れた桜音木は、全身の痛みに顔を歪ませている。隣にいる雉花は風属性の回復魔法をかけていた。

「新人団員君、鍛え方がなってないぞ。」

豪太郎が少し呆れる。

「いやあの、俺前日まで本当にただの一般人だったので…」

桜音木が告げると、

「そうなのか。それはすまないことをしたな。まぁ無事であって良かった。」

豪太郎が平謝りをしてから笑う。桜音木が苦笑いしていると、

「あーーーー!!」

犬雪がとある方向を向きながら叫んだ。桜音木達は犬雪に視線を向けてから、犬雪と同じ方向を向く。そこには無残にも倒壊した現世終うつしよおわりの社の姿があった。

「あーあ、やっちまったな。現世終の社は重要文化遺産なのに。」

月猿が白い目で豪太郎を見上げる。

「む…これは……どうしたものか…」

豪太郎も予想外だったらしく、困り顔で解決案を考える。

「部品さえ周囲に飛び散ってなければ、もしかしたら修復出来るかもしれない。」

そう告げたのは、雉花の回復魔法によって復活した桜音木であった。

「君は建築の心得があるのか?」

豪太郎が桜音木に尋ねる。

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、俺の魔法であれば出来るかもってことです。」

「ほう、ならば早速試そうではないか。その方が私も助かる。」

「分かりました。」

桜音木は頷いた後、倒壊した社に近付き、状況を観察し始める。そして一通り観察が終えると、少し社との距離を空け、魔導書と万年筆を構えた。

「[文字の力レターパワー"復"]。」

桜音木は万年筆で魔導書に『復』の一文字を書いた。すると、倒壊した社の真下に魔法陣が出現し、まるで時間が遡っているかのように、みるみる修復されていく。そしてものの数十秒で、現世終の社は何事もなかったように元に戻ったであった。

「よし、うまくいった。」

桜音木が満足げな顔で振り向くと、豪太郎が驚いた顔で桜音木のことを見詰めていた。

「君は一体、何者だ?」

豪太郎が疑念の籠った問いをする。

「えっ、あ〜…何と言いますか…」

きび団子小隊の接し方からするに、豪太郎は味方であることは理解できる。だが、今ここで『他の世界から来た者』と話したら、少々ややこしくなることが明白の為、どう返答しようか迷っていると、

「あいつ、異世界から来たんだよ。」

犬雪があっさり答えたのだ。

「こら犬雪!そういう重要な情報は簡単に教えちゃダメって何回も言ってるでしょ!」

雉花が子供を躾するような口調で犬雪に怒る。犬雪はショボンとした顔でごめんないと呟いた。

「今の話は本当かね、青年?」

豪太郎が尋ねると、桜音木はアハハ…と苦笑いをして肯定するしかなかった。

「それは興味深い話だ。是非とも詳しく聞きたいものだが……青年よ、時間はあるか?」

これは話さなきゃいけない流れだなと察した桜音木は、ありますと答えて頷いた。

「よし青年、社を修復してくれた礼も兼ねて、『トサルフ』に招待しよう。」

「トサルフ?」

「私が暮らしている里の名だ。そういえば青年、名は?」

「導和桜音木です。」

「桜音木か、良い名だな。改めて私も名乗ろう。私は『郷護きょうごの民』と呼ばれる民達の長、金鉞かなえつ豪太郎ごうたろうだ。皆からは愛称で──」

「金太郎、と呼ばれているんじゃないですか?」

豪太郎の話を割るように、桜音木は豪太郎の愛称を当てにいった。

「………これは君の話を聞くのがますます楽しみになった。」

見事に当てられた豪太郎は、ニヤリと笑みを浮かべ、桜音木の存在に対してより興味を示した。

「君達はどうする?察するに桜音木の護衛をしていたのだろうが、一緒にくるかい?」

豪太郎がきび団子小隊に尋ねる。

「トサルフかぁ…」

月猿が嫌そうな表情を浮かべる。

「俺、あんまりあそこ好きじゃないなぁ…」

犬雪もどこか。

「こら!桜音木さんの護衛は凛太郎さんからの頼みでしょ!しっかり遂行しないとダメでしょ!」

2匹を叱る雉花であるが、その表情はどこか曇っており、護衛遂行の使命感と、もう1つの感情が葛藤しているようだ。

「もしかして、あなた達…キョウゴの民でしたっけ?その民と絶鬼団って敵対関係ですか?」

桜音木が3匹の態度から予測し、豪太郎に対して警戒の視線を向ける。

「敵対しているわけではない。ただ、掲げている思考が合わないだけだ。だから安心したまえ。里に来たとしても襲撃に遭ったりなどはしない。少し煙たがれるくらいだ。」

豪太郎が心配することはないと告げるので、桜音木は少し警戒心を残しながらも、トサルフに向かうことを改めて承諾する。

「さて、改めて訊くが、君達も来るか?それとも基地に戻るか?」

豪太郎が再度きび団子小隊に尋ねると、月猿が代表で答える。

「いや、俺達も行くぜ。護衛は桃のアニキからの頼まれ事だしな。」

「そうか。ならば早速向かうとしよう。」

こうして豪太郎の案内の元、桜音木達は郷護きょうごの民と呼ばれる者達が暮らす里─トサルフへ向かうのであった。

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