一章『四勢力と神鬼級』

6話 現世終の社

 突如本の世界へと転移してしまった青年──『導和どうわ桜音木おとぎ』は、全てを知る謎の少女──『アリス』から元の世界に帰る方法を聞き出すため、出された2つの条件、『アリスの存在を他の者に言わないこと。』と、『かぐや達と共にこの世界から鬼を退治すること。』を完遂することとなった。そして『竹取野たけとりのかぐや』が率いる『絶鬼ぜっき団』に入団して、次の日の朝日が昇った。




 かなり疲れていたのであろう、泥のように眠った桜音木は、まだ少し重い瞼を開けて起床する。まだ慣れない天井を見て、改めて自分の日常が変わったのだなと実感する。

 顔を洗い、服を整え、いつでも動ける状態にした時、自身のお腹がぺこぺこということに気が付く。

(そう言えば童話世界こっちに来てから何も食べてないな。)

まずは腹ごしらえからだな、と桜音木は自室を出る。通路の雰囲気は江戸時代の長屋ようになっており、他の部屋には一般団員達が暮らしている。因みにかぐやや第零期メンバー、各部隊隊長などはもっと豪華な部屋が用意されている。

(そう言えば俺、この基地の構造全然知らないぞ。)

右も左も分からない状態の桜音木。誰かに案内してもらおうかと考えたが、タイミングが悪く通路には自身意外の影が1つもなかった。

(どうしたものか……)

取り敢えずこの場に立っていても始まらないと判断した桜音木は、誰かに会うまでこの長屋フロアを歩いてみることにした。


 長屋フロアは碁盤の目のようになっており、且つ似た景色が続くため、見事に迷子になった桜音木。しかも運も悪く、全く人も出会い始末である。

(ヤバい…このままじゃ安全な基地内で餓死するぞ。)

迷子と自覚した瞬間から、急激に空腹が加速し、少し前からお腹が短い間隔で鳴っている。

命の危機が見え隠れし始めたその時、

「あ、あなたは…昨日治療した…」

と、背後から少しオドオドした声で話し掛けられた。桜音木が振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

「あなたは確か、『ビアンコ』さん…でしたっけ?」

「は、はい。医療部隊隊長『ビアンコ・ポム・ネージュ』と、言います。」

年齢14歳、身長156cm、黒色のミディアムボブの髪に黒の瞳をもち、青と黄を基調し、パフスリーブが特徴的なドレス風のナース服を身に纏い、頭に赤色のリボンを結ぶその少女は、ぎこちない笑みを浮かべながらビアンコと名乗った。

「良かった。誰にも会えないかと思った。」

人に会えたことに安堵する桜音木。すると更に空腹が加速し、グーっと大きめの音が鳴った。

「お、お腹が減っているんです、か?」

「ええ。昨日の闘いの後、すぐ寝てしまったので。」

「そ、それは大変です。食堂、案内します。」

桜音木はビアンコの案内のもと、食堂へと向かうのであった。



 食堂に到着した桜音木とビアンコ。食堂の全体的な雰囲気は居酒屋のようになっており、カウンター席に座室、宴会室に個室まで完備し、一挙に50人以上は収容出来る広さがある。

「おい、あいつって…」

「もしかして噂になってる異世界から来たっていう…」

「なんだ、意外と普通の見た目じゃん。」

桜音木が食堂に入った瞬間、周囲の団員達が桜音木に視線を向けながらザワザワし始める。

「何でこんなにも俺の存在が知られているんだ。」

桜音木がたった1日で自分の存在が基地内で広まっていることに驚きながらカウンター席に座る。

「き、昨日、火千さんが、色々な所で、『異世界から来た奴が仲間になった。』って、話していましたから。」

桜音木の対面に座るビアンコが、広まった理由を教える。

「ははは…口が軽い人なんですね。」

桜音木が苦笑いしていると、突然周囲のざわめきが止み、かしこまった声で誰かに挨拶を始める。

「あ、あの皆さん…いつも言っていますがそんなに堅苦しく挨拶しなくていいですよ。もっと軽い感じで大丈夫ですから…」

挨拶をされる人物が、少し呆れた顔で周囲の団員達に注意しつつ、桜音木に近寄ってきた。

「おはようございます、桜音木さん。」

グラデーションがかかった緑色のストレートヘアーに琥珀色の瞳をもつ少女─絶鬼団団長『竹取野かぐや』が挨拶をする。

「お、おはよう、ございます団長!」

ビアンコがあたふたしながらペコっと頭を下げる。

「ビアンコさんも畏まらなくていいので、気軽にいきましょう。」

かぐやが微笑みながら告げると、ビアンコはすいませんと謝る。

「で、では私は別の用事がありますので。」

「本当に助かりました。ありがとうございます。」

桜音木が礼を言うと、ビアンコは天使のような笑みを浮かべてから別の所に去った。

「今から朝食ですか?ご一緒よろしいです?」

「ええ、大丈夫ですよ。」

桜音木が頷くと、かぐやは自然な流れで隣に座る。そして店員に2人とも同じ焼き魚定食を頼み、食事を開始する。

「そう言えば桜音木さん、魔導書と万年筆はどうしたんですか?」

かぐやが食事をしながら尋ねる。

「今は自室に置いてあります。あの魔導書、ハードブックなんで持ち運ぶにはちょっと手間ですから。」

「確かにそうですが、魔導書と万年筆なしで魔法は使えるのですか?」

「う〜ん…どうなんでしょうか。」

「試してみましょう。」

かぐやは店員から紙とペンを借り、それを桜音木に渡した。

「確か文字の力レターパワーは文字と使用者の想像力が必要なのですよね?では、その紙に『氷』と書いて氷の塊を出現させてみて下さい。」

「分かりました。」

桜音木はかぐやの指示に従い、食事を一時中断し、受け取ったペンで紙に『氷』と書き、立方体の氷の塊を明確に想像する。しかし、特に何も起こることはなく、変な間が生まれただけであった。

「何も起きませんね。」

かぐやが焼き魚を上品に食べつつ告げる。

「おかしいな。しっかりとイメージしているんですけどね。」

桜音木が首を捻って疑問を抱く。

「つまり、『魔力』は魔導書と万年筆の方にあると考えるのが妥当ですね。」

食事を終え、手を合わせてご馳走様をするかぐや。

「魔力ですか…やはりその概念はあるんですね。」

実際にはアリスの口から聞いている為、存在していることは知っていたが、詳細を知らないのは確かである。

「はい。童話世界こちら側に生きる人は自身の中に魔力を宿しています。その魔力を源にして魔法を発動させているのです。ですので魔力が枯渇してしまうと、当然ながら魔法は一時的に使えなくなります。一度枯渇してしまうと自然回復を待つしか方法はないので、連続で使う際は注意が必要です。一応回復速度を速める薬はあるのですが、過度は使用は心身を破壊しかねるので、極力使用しないことを勧めています。」

「成程。では、魔力というのは目に見えるものなのですか?」

桜音木も食事を終え、少し熱めの緑茶を啜ってから尋ねる。

「いいえ。魔力の存在は魂と同じと考えられています。目には見えないし触れることも出来ない、だけど確かに体の中に存在し、消費も枯渇も回復も感じ取ることが可能な、まだまだ謎多き神秘の力とされています。」

「へぇ〜、じゃあ魔力は人の体の中以外には存在しないってことですか?」

「そう考えるのが一般的です。ですが今から20年前に『人工魔力』というものが開発され、限りなく魔力に近いエネルギーを作り出すことに成功しています。ですので桜音木さんの魔導書と万年筆のように、物に魔力を宿し、魔法を発動させることが出来るようになったのです。それにより、例えば火の魔法しか使えない人でも、水の魔法が使えるようになったり、まだ魔法の扱いが不慣れな子供達に、使い方を簡単に教えられるようになったりと、かなりの恩恵がありました。その中でも一番の恩恵は、『魔失者ましつしゃ』の方々が魔法を使えるようになったことです。」

魔失者ましつしゃ?」

知らない単語を聞き、桜音木が反応する。

「はい、大昔からごく稀に魔力を宿さない者が生まれる時があるのです。原因も未だ不明、宿さない者達の共通点もなし、唐突に発生する為、まだ対処法も確立されていません。この世界では魔力は宿していて当然という考えが常識、その中で常に少数派で魔力を宿さぬ者──つまり非常識に値してしまう者が生まれ続けるとどうなるのか……」

「差別、が生まれたんですね。」

桜音木からの回答にコクっと頷いてから、かぐやは話を続ける。

「大昔の魔力を宿さぬ者達は迫害を受け続け、その時に彼等のことを指し示す蔑称して生まれたのが、魔力を失った者──『魔失者ましつしゃ』でした。そして長い歴史の中で迫害というのはなくなり、現在では魔失者という言葉は蔑称から通称に意味が変わって使われています。」

「成程…例え別世界でも、同じ種族が集まれば差別っていうのは生まれてしまうんですね。」

「そうですね。それにこちらの世界では人間だけなく、火千さんのような獣人や、犬雪さんのような人獣、まだお会いしていないと思いますが、人魚やエルフ、妖精など、多種多様な種族が生きているので、もしかしたら桜音木さんの現実世界より差別というものはかなり深刻なものかもしれません。」

ここで2人の間に沈黙が流れ、重い空気が包み込み始めた。それを察したかぐやはすぐさま両手でパンと音を鳴らして空気に区切りを作った。

「少し空気が重くなってしまいましたね。とにかく、魔力についてご理解出来たかと思います。──では、そろそろ私はこれで。」

そう言ってかぐやはカウンター席から下りる。そして桜音木に背を向けて立ち去ろうとした時、あっ、と何かを言い忘れていた顔をしてから桜音木の方に振り向いた。

「因みにですが、桜音木さんは既に魔失者と会っていますよ。」

「そうですか?」

「ふふっ、ビックリしますよ?なんせ絡新婦に最後の一撃を入れた桃太郎さんですから。」

「えっ…!?えぇぇぇぇぇぇぇ!!」

昨日自身も少しだけ参戦した絡新婦との激闘。その戦いで桃太郎こと『桃川凛太郎』は、人間離れした動きで絡新婦に対抗していた。最終的には桜音木から強化を受け、更に人間を辞めた動きをしていたのが、全て魔法なしで、己の肉体のみでしていたなんて、仰天する以外有り得なかった。

「ふふ、やっぱり驚きましたね。桃太郎さんを見ていると、いつも人には無限の可能性があるんだなって思わされます。」

その言葉を最後に、かぐやは他の団員達から畏まった挨拶をされながらも、食堂を去っていった。桜音木は少しの間仰天したまま固まっていたが、ハッと我に返って自身も食堂を後にした。


 飢え問題を解決した桜音木は、現在日本庭園風の中庭に設置されている木のベンチに腰掛け、新たに発生した問題に頭を悩ましていた。

(さて、俺は一体何をしたらいいんだ?)

新たな問題、それは今からの行動である。周囲の団員達の行動を観察するに、体を鍛える者、勉学に励む者、趣味に没頭する者、鬼を狩りに行く者、武器を開発する者など、基本的には自由行動らしい。だが入団して2日目の桜音木に自由行動を与えてもやる事がない。

(さっきのタイミングでかぐや団長から何をしたらいいか訊いておくべきだったな〜)

後悔からの溜め息をついていると、何やら周囲の女性団員達が誰かを見て、ときめきと恥じらいを合わしたようなリアクションをしていた。気になった桜音木が女性団員達と同じ方向に視線を向けると、そこにはポニーテールのように束ねた長い黒髪に桃色の瞳をもち、白色と桃色を基調とした袴の上半身をはだけさせている『桃川ももかわ凛太郎りんたろう』がいた。

「ん?桜音木か。そんな所で何をしている?」

桜音木に気が付いた凛太郎が上半身裸のまま桜音木に近寄ると、周囲の女性団員の一部が何故かキャー!と興奮していた。

「そういう凛太郎は何をしている……いや、その汗からして何かをしてきた後って感じだな。」

凛太郎の上半身からは汗が流れており、何かしら運動をしてきた後と考察する桜音木。

「朝の鍛錬をしてきたところだ。」

凛太郎の体は細マッチョに分類させるもので、無駄も偏りもない完璧な筋肉は、一種の芸術的なものを感じられる。

「鍛錬か…俺も今後に備えて体を鍛えた方がいい…よな?」

桜音木は自身の腕の筋肉を見てから凛太郎に訊く。

「そうだな。お前の体はどこを見ても貧弱だ。どういう生き方をすればそれほど筋肉が落ちるのだ。」

凛太郎の一切配慮なしのド直球回答に、ズーンと落ち込む桜音木であった。

「いやまぁ、自分でも筋肉はないなとは思っていたけど、そこまで言わなくても……」

自覚があるが故に、凛太郎の言葉がより心に刺さった。

「で、お前は何をしている?」

「何をしていいか分からないからここにいるんだ。入団させてもらった身で言うのもなんだが、絶鬼団にはOJT研修的なものはないのか。」

「おーじぇい……?何を言っているか理解出来ぬが、何もすることがないなら、『現世終うつしよおわりやしろ』に行ってみてはどうだ?お前がこの世界に来た時に倒れていた場所だ。もしかしたら現実世界に帰る方法があるかもしれない。」

「成程、確かにそれはありだな。でもこの基地の外には鬼がいるんだろ?戦闘のせの字も出来ない奴が1人で出て行って大丈夫なのか?」

「鬼どもは常にその辺を闊歩しているわけではない故、地上に出たところで簡単に出会すことはない。──だが、全く知らぬ土地に単独で向かうということの方が危険か……ならば優秀な護衛を付けよう。」

「優秀な護衛?」

「ああ。俺は今から用事があったな、代わりの者達を護衛に付ける。」

「者達?複数人も付けてくれるのか?」

「あいつ等は三位一体みたいな存在だからな。タケハエルの入口前で待機するように伝えておくから、準備が出来たら合流してくれ。入口の場所は分かるか?」

因みにタケハエルとは、指定した位置へ瞬時に移動が出来る装置─『瞬間転移装置タケハエル』のことである。

「昨日の戦闘の帰りに利用したから分かる。」

「そうか。ならばよく調べてくるのだな。そして、せいぜい死なないことだ。」

凛太郎が少し口角を上げながら、冗談か本気か分からない忠告を言い残して去っていった。凛太郎の忠告に苦笑いした後、桜音木は自室に魔導書と万年筆を取りに戻り、片手に魔導書を持った状態でタケハエルの入口前に到着した。そこにはとある3匹の動物達が待機していた。

「おーいこっちこっちー!」

桜音木をモフモフの尻尾を振りながら呼ぶのは、体の側面に鞘に納めた小刀を装着し、柴犬ほどの大きさの真っ白な人獣族の犬─『犬雪いぬゆき』であった。右隣には、銀色基調の派手な服を身に纏い、服と同様派手な装飾がされた棍を持つ人獣族の猿─『月猿げつえん』、左隣には、背中に弓を背負い、小人が着ていそうな緑色の服を身に纏う人獣族の雌の雉─『雉花きじか』がいた。

「えっと確か、犬雪だっけ?」

桜音木が真っ白モフモフの犬を見下ろしながら訊く。

「おお!覚えていてくれていたか!嬉しいぞ!」

犬雪は更に尻尾を振って喜びを全身で表現する。

「両隣の方々はお初だな。」

桜音木が月猿と雉花を交互に見る。

「月猿だ。」

月猿が大きくあくびをする。

「こら!シャキッとしなさい!──ごめんなさい桜音木さん、私の名前は雉花です。私達は3匹で『きび団子小隊』という小隊を組んでいまして、普段は凛太郎さんのお供をしています。本日はあなたを現世終の社に案内及び護衛の任務を受け、ここに参りました。」

雉花がキチッとした態度で説明をする。

「なぁなぁ早く行こうぜー!」

まるで大好きな玩具を前にした犬が如く、犬雪がはしゃぐ。

「そうだな、よろしく頼む。」

桜音木はきび団子小隊とタケハエルに乗り込むと、目的地である現世終の社に転移ワープした。




 現世終の社周辺に広がる森。動物もあまり住み着いていない為、森の中には草木がなびく音や小川が流れる音などの自然の音が響き渡っている。通称『安らぎの森』と呼ばれているこの森の中で、木々がなく平原となっている区域に、巨大な竹─タケハエルが何の前触れもなく地面から生えてきた。そして外壁に機械的な扉が出現し、左右にスライドして開くと、中から桜音木ときび団子小隊が下りてきた。タケハエルは桜音木達が下りたことを認識すると、一切の痕跡を残さずに地面へと潜っていった。

「あっちだぜ!あっち!」

犬雪がルンルン気分で社の方へ歩いていく。

「何であいつあんなにテンション高いんだ?散歩と間違えてないか。」

月猿は犬雪のテンションに付いていけず、大きな溜め息をついてから後に続く。

「犬雪は『外を出る』という行為自体が好きだからね…良くも悪くも単純で分かりやすい性格だわ。──さ、私達も行きましょう桜音木さん。」

雉花が桜音木の顔くらいの高さまで飛びながら先導する。桜音木は愉快な人獣達と共に、安らぎの森を歩き始めた。


 安らぎの森を歩き始めて数分、目的地である現世終の社に到着した。一般的な一軒家ほどの大きさの本殿は、長年手入れがされていないことが一目瞭然で分かるほど荒れ果てていた。鳥居はしっかりと立っているが、よく観察すればひびが入っていて、強い衝撃を与えたら無惨にも崩壊しそうだ。手水舎ちょうずやも設置されているが、中の水はすっかり干上がっている。

「凄いな、見事な荒れっぷりだ。」

鳥居を潜り、本殿を前にして率直な感想を口にする桜音木。

「なぁなぁ!俺は何をしたらいいんだ?」

テンション上げ上げの犬雪が雉花を見上げる。

「犬雪は桜音木さんに関する何か手掛かりがないか探してくれない?」

雉花が指示を出すと、犬雪は分かった!と無邪気な返事をしてから社の敷地内の捜索を始めた。

「月猿もサボろうとしないで探してくれない?」

雉花が隅でサボろうとしていた月猿にも指示を出すと、少し気怠そうにしながらも、へいへいと軽い返事をして捜索を始めた。態度とは裏腹に、案外こういう事に乗ってくれるんだな、と心の中で思う桜音木であった。

「では、私達は本殿内を捜索しましょうか。」

雉花の提案に乗り、桜音木は雉花と共に本殿へと入っていく。本殿の中も案の定荒れており、床には穴が、天井には蜘蛛の巣が、そして空気中には埃が舞っている。

「けほ…!中も凄い荒れっぷりだな。」

桜音木は咳き込んだ後、反射的に手で口を押さえる。

「うう〜…羽毛に埃がこびり付く…」

雉花は大きな溜め息をつき、テンションを露骨に下げる。

「ん?あれは……」

桜音木が真っ先に目に入ったのは、本殿の一番奥に祀られていた、長い髪にエプロンドレスを着た少女の銅像であった。少女の顔は彫られておらず、のっぺらぼう状態となっているが、雰囲気からして可愛げな少女なのだと予測出来る。桜音木は少女の銅像に近付き、ジッと見詰めながら考え込む。そして1つの仮説に辿り着く。

「ここはロリコンが集いし社だった?」

「真剣な顔して何を言っているんですか。」

桜音木の隣にいる雉花が真顔でツッコミを入れた後、話を続ける。

「この少女は、この社が現世終うつしよおわりと呼ばれる由縁となったと伝説に登場する少女です。」

「伝説?」

桜音木が雉花の方に視線を向けると、雉花が昔話を始めた。

「大昔、現世終の社が建っているこの土地には小さな池があったらしいです。この自然豊かな森の中にある為、底が見えるほど透き通っていたとのことです。そんな池に、ある日1人の商人が足を滑らせ落ちてしまったんです。商人は溺れしまい、どんどんと底へ沈んでいく。商人が死を悟ったその時、突如強い光に包まれたのです。反射的に目を瞑った商人が次に目を開けると、目の前にはなんと花畑が広がっていたのです。いつの間にか池の水もなくなり、自身は花畑に立っている。商人は直感でこう思ったそうです──天国だと。そして商人が呆然と天国が如く幻想的な光景を眺めていると、目の前に1人の少女が現れたのです。そう、その銅像の少女です。少女は商人に悪戯っ子な笑みを浮かべながら近寄ると、商人の額をツンと突いたのです。すると瞬く間に幻想的な光景は消え去り、商人はいつの間にか池から上がっており、近くの地面の上で目が覚めたそうです。」

「成程な。で、その池が何らかの影響でなくなり、その跡地に建ったのがこの社ってことか。」

「はい。これも大昔の話なのですが、この地域で猛暑が1ヶ月も続くという異常気象があったらしいです。猛暑が続くと乾きに悩まされ、最も欲するものが水となりました。そして目を付けられたのがここにあった池でした。人々が一心不乱に池の水を汲み続けたのと、日照りによる蒸発が合わさり、異常気象が収まった頃には、池の水は干上がってしまったようです。ですが先程の伝説が残る池の為、人々はそのままにしておくのは罰が当たるのではと考え、急遽池の跡地を埋め、この社を建て、伝説に登場した少女を祀ることにしたのです。そして社に名前を付ける時、ここの池は天国のような異世界に通じる─つまりそれは、と捉えても差し支えないと解釈され、『現世終うつしよおわりの社』と名付けられたのです。」

「成程。そんな伝説がある廃墟の社の前で倒れていたら、かぐや団長が俺を異世界から来たなんて推測するか。」

桜音木は初めてかぐやと話をした時のことを思い出し、あの時のかぐやの推測に納得する。

「あれ?でもあの時、『別世界に通じる扉が存在する』という伝説があるってかぐや団長は言っていたような……」

桜音木の疑問について、雉花が答える。

「伝説というのは伝承されるにつれて尾ひれが付いていくものです。『扉』という存在はその尾ひれの1つですね。真相はこの通りです。」

雉花が本殿の中をぐるりと見渡す。当然、扉のようなものの存在は全く見当たらない。

「さて、これで昔話は終わりです。私達も本殿の中を調べてみましょう。」

雉花の言葉に桜音木に頷き、1人と1匹は捜索を開始する。桜音木はどこを調べようか辺りを見渡すが、特に目立った物がない為、再度少女の銅像を調べる。よく観察すればするほど、全く知らない筈なのに、何故か前々から知っているような感覚が湧いてきたのだ。その原因を考えていると、様々な情報がジグゾーパズルのピースの如く組み合わさり、1つの答えが閃いた。

(まさかこの少女って…!)

──その時。

「雉花!桜音木!大変だ!」

本殿の出入口から真剣な顔をした犬雪が叫んだのだ。

「どうしたの犬雪?」

雉花が尋ねると、屋根からひらりと降りてきた月猿が、こちらも真剣な顔で答えた。

「犬っころが鬼の匂いを感知した。こっちに近付いてくる。」

その言葉を聞いた瞬間、雉花と桜音木に緊張が走り、即座に本殿から出て犬雪達と合流する。

「犬雪、鬼のタイプは分かる?」

雉花が尋ねると、犬雪は自身の鼻を空に向けてスンスンと嗅ぎ始める。

「匂いからして獣型だ。迷いなくこっちに迫ってくるよ。」

犬雪が匂いから迫る鬼を獣型と判断する。その時、何かを感じ取ったらしく、きび団子小隊の3匹の毛が同時に立つ。

「くるぞ!」

月猿の一言から数秒後、安らぎの森からヒグマの倍はある身長の巨大熊が現れたのだ。巨大熊は正に鬼の形相のまま桜音木達に突進してきて、丸太如く太い右前足を振り下ろしてきた。桜音木達は紙一重で攻撃を回避すると、巨大熊を間に挟んで犬雪と雉花、月猿と桜音木のペアで分かれる形となった。

「な、なななな何だこの熊!?こいつも鬼だって言うのか!」

恐怖が全身に回り、足をガクガクと震わす桜音木が叫ぶ。

「ああ、ちゃんと頭に二本の鬼の角が生えてる。まごうことない鬼である証拠だ。」

棍を構える月猿が漂わす雰囲気は、先程までの気だるそうな感じから一変し、真剣そのものとなっていた。対にいる犬雪は小刀を横向きに咥え、雉花は弓を構えており、こちらも臨戦態勢となっていた。間にいる鬼熊はきび団子小隊が武器を構えたことにより、警戒状態となり、こちら側の動きを伺っている。

「桜音木、あんたの魔法を見たことねぇんだが、前衛は出来るのか?」

鬼熊に視線を向けた状態で月猿が尋ねる。

「いや、悪いけどそれは無理だ。」

桜音木の魔法─文字の力レターパワーは、万年筆で魔導書に文字を書き、その文字の意味をどういう風に具現化、そして発動させるのかを想像してやっと魔法として発動が可能。故にお世辞にも前衛を行える魔法ではない。

「そうか。なら俺と犬っころが前衛をするから、お前は上手く雉花と合流して後衛を任せ……てもいいんだな?」

月猿は桜音木を自然と戦力の1つしてカウントしていたが、本当に桜音木が闘えるのかどうかが未知数ということに気付き、疑問として桜音木に訊く。桜音木は内心不安しかないが、ここで自分だけ逃げるのは違うと自身に言い聞かせ、恐怖からなる足の震えを叩くことによって無理矢理止めると、

「大丈夫だ。」

と、覚悟を決めた顔で答えた。

「へっ、分かりやすい見栄を張りやがって。だけど、そういうの嫌いじゃねぇぜ。」

月猿は桜音木の覚悟を信じると、

「よっしゃあ!いくぞきび団子小隊!」

と、全員を鼓舞する言葉を叫んだ。犬雪、雉花、そして桜音木がその鼓舞に乗り、各々が返事をしたと同時、鬼熊も天に向けて威嚇に値する咆哮をした。

そしてここから、『桜音木withきび団子小隊vs鬼熊』の戦闘の幕が開かれるのであった。

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