5話 文字の力

 「導和どうわ桜音木おとぎ…?」

予想外過ぎる援軍に、左肩の傷を右手で押さえ、地面に座り込む桃川ももかわ凛太郎りんたろうが、驚いた顔を作る。

「あの人、戦えるのですか?」

片足を失い、うつ伏せ状態のレッドフードが疑問を抱く。

「分からない。だが、このタイミングで現れたのだ。無策ではないと願いたいが…」

敵味方関係なく、この場の全員の視線を集める桜音木。そんな桜音木の今の心情はこちらである。

(ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ怖いんですけどおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)

何とも正直な感想であった。

(無理無理無理無理無理!!めっっっちゃくちゃ帰りたい!刹那に帰りたい!てか何でこういう時は現れないんだよ!アリスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!)

内心ガクブルの桜音木は、今にも震えそうな足を必死に止め、緊張から内臓が飛び出てくるのではないかと錯覚する吐き気を堪え、とにかく今はドヤ顔で立つしかなかった。



──何故このような事になったのか。それを説明するために少し時間を戻すとしよう。



 司令室の巨大モニターには今、火千がダメージを受ける場面がリアルタイムで流れていた。

「いけない!医療部隊隊長『ビアンコ』へ出動命令を!豆鬼とうき級の蜘蛛型鬼退治の為に第一期メンバー数人でビアンコの援護をお願いします!」

かぐやがオペレーター達に指示を飛ばす。

慌ただしさが増した指令室。その中で何もすることが出来ない桜音木は居た堪れない気持ちになっていた。

(でも俺なんて正真正銘ただの一般人だ。どうすることも……)

桜音木が小さく溜め息をついた時だった。

(やっほー♪さっきぶり♪)

脳内にまたあの少女の声が響いたのであった。

(ア、アリス!?)

突然脳内に直接話しかけれた桜音木は反射的に周囲を見渡す。当然アリスの姿はなかったが、あることに気が付いた。

「皆…止まっている?いや、これは…時間が止まっているのか…!」

そう、先程まで慌ただしかった司令室が静寂に包まれ、この場にいる全員がマネキンのようにピタッと動かなくなっていた。桜音木がこの現象が時間停止だと気付いたのは、オペレーターの一人が机からペンを落としており、そのペンが見事に空中で停止しているのを発見したからである。

(どう?時間が止まった空間の居心地は?)

無邪気な少女の声が桜音木に尋ねる。

「……取り敢えず落ち着きはしないな。」

桜音木が率直な感想を述べると、アリスは「素直〜。」と言ってクスクス笑う。桜音木はアリスの笑い声を聴きながら質問する。

「随分と早い再登場だが、一体次は何の用だ?」

(いや〜結構絶鬼団サイドがピンチなのに、あなたは何もしようしないから、それで良いのかーって思って。)

「……そんなの分かっているさ。でも俺は本当に何の能力もないただの小説家だ。こんな非現実的フィクションみたいな戦いにどう加勢しろって言うんだ。」

自身でも辛いほど理解していることを、端から指摘されると更に辛いものだと感じる桜音木。

(ふっふっふ♪そんな無能な小説家に良いものを授けよう♪)

アリスがテレパシー先でパチンと指を鳴らすと、桜音木の目の前に一冊の魔導書と万年筆が突然出現した。桜音木は咄嗟にその2つを手に取った。

「何だよこれ?」

(魔力を込めた白紙の魔導書と万年筆よ。)

「魔力を込めた…?」

桜音木が表紙に意味深な魔法陣が描かれている魔導書を開くが、中身は本当に白紙であった。万年筆は余計な装飾はなく、黒色で高級感が溢れる外見である。

(それを使えばあらビックリ!あなたも魔法が使えるようになるわ。)

「本当か!どうすればいいんだ?」

(慌てない慌てない。順に説明するから。──魔法の名前は『文字の力レターパワー』。魔導書に書いた文字の意味を実際に起こすことが出来る魔法よ。)

「……?」

桜音木はピンとこない顔をする。

(う〜ん…例えば魔導書に『炎』と書いたとする。そして『どういう炎』なのかを明確にイメージする。球にして放つとか、火炎放射器のように噴射するとかって感じかな。そうすると『使用者がイメージした炎』が発動するってシステム。あと、別に炎や水みたいに『物質がある』ことが絶対条件というわけではなく、物や人を『移動』させたり、『時間』や『生死』のような概念にも干渉することは可能よ。でも、時間や生死みたいな理に干渉することが、デメリットなしに出来るなんて思わないでね。ま。実際どういうデメリットがあるから知らないけど。)

「成程。魔法使用者がどれだけ文字の意味を知っているかの知識力と、明確で正確な想像力が必要な魔法ってわけだな。」

(ふっふ〜♪小説家のあなたにとってうってつけの魔法でしょ?)

「まぁ、確かにな。でも、何でこれをいきなり俺に?」

(だって今、鬼側の一方的な戦いでつまらないんだもん。で、こういうつまらない状況を壊す一番の方法が、互いに予想外の展開を起こすこと。だからあなたに、そのになってもらおうってわけ。)

「はぁ…あくまで自分の退屈しのぎってことか。」

(そうういうこと♪──てなわけで、早速退屈を壊しに行きましょう♪)

「待て待て。説明を聞いただけで魔法はまだ扱えないぞ。」

(それもそっか。ん〜でも時間停止もそろそろ限界だからなぁ〜…じゃあ一回だけ使ってみよう。そしたら何となく使い方は分かると思うわ。)

「使うって言っても、いきなり炎や水を出すわけにはいかないだろ。」

(じゃあ私が思い付いたのにしよう。魔導書のどこのページでもいいから、万年筆で『移』って書いて。)

「……?ああ。」

桜音木は意図は理解していないが、取り敢えずアリスの指示通り、万年筆で白紙のページに『移』の文字を書く。

(それで、そうだなぁ〜…モニターに映っている遠い場所だけど、大きめの木の影に自分がいるイメージをして。)

「……?おう。」

桜音木はモニターの方に視線を向け、モニターに映る凛太郎達の戦闘風景の中から、平均より太く大きい木を発見する。

「あの木の後ろに、俺がいる……」

桜音木が目を閉じ、明確なイメージを作る。その瞬間、魔導書に書かれた『移』の文字が光り出した。

(良い想像力ね♪──じゃあ改めて、退屈を壊してきてね♪)

アリスはテレパシー先でしてやったりの笑みを浮かべた。

 そして桜音木が目を開けると、目の前に広がる光景が、先程までモニターで見ていた凛太郎達が戦闘する森の中であった。

「なっ!?どうなって…!──そうかっ…!!」

桜音木は気付いてしまった。アリスの口車にまんまと乗ってしまい、自分の位置が木の影にことに。

(あははは♪こんなに綺麗にいくとは思わなかったよ♪)

思惑通り事が運んだことによって機嫌が良いアリスの声がまた聴こえてきた。

「やりやがったこの野郎!」

(怒らない怒らない♪でもお陰で文字の力レターパワーの力を体験出来たでしょ?──さ、あとはぶっつけ本番よ。)

「おい!まさか時間停止を解除する気か!」

(時間停止はかなり魔力を消耗しちゃうから、流石にもう限界。でも大丈夫、ちょこっとくらいはアドバイスしてあげるから。さ、頑張ってね♪)

アリスがテレパシー先でパチンと指を指を鳴らすと、止まっていた時間が動き始めた。

 桜音木がまだ覚悟が決められない間に、凛太郎の強烈な突き攻撃からレッドフードのエネルギー弾が炸裂する。そして絡新婦が真の姿を見せ、凛太郎とレッドフードがダメージを受けてしまう。

 その光景を目の当たりした桜音木は、遂に覚悟を決め、凛太郎達の前に姿を現した。

 「待て絡新婦!お前の目的は俺だろ!」



──これが桜音木が戦場に現れるまでの経緯である。



 (アリスー!頼む応答してくれー!)

虚勢を張りながら頭の中で必死にアリスを呼ぶ桜音木。しかし、一向にアリスの声が聴こえてこない。

「貴様ガ異次元カラ訪レシ者カ!貴様ヲ『アノ方』ニ捧ゲレバ更ニ力ヲオ与エ下サル!」

絡新婦は桜音木に向けて口から糸を吐く。桜音木は迫る糸の存在には気付いたが、恐怖からか足が全く言うことを聞いてくれず、その場に立ち尽くした状態である。

「バカ野郎!避けろ!」

その時、桜音木の真横から何者かがタックルのように突っ込んできて、桜音木を無理矢理その場から移動させ、糸を回避させた。

「たく…!ヒーローみたいに颯爽と現れたのに、すぐに捕まりかけるなっつの!」

桜音木を移動させた者──獣人化している『兎跳山ととやま火千かち』が怒りを見せる。

「あ、ありがとう。──というか、その血の量…!」

桜音木は火千の脹脛から流れる血がかなりの量ということに気が付く。

「ああ?獣人はこの程度の血が流れてても大丈夫だ。それより戦えないならさっさと逃げろ。」

『違う!俺は皆を助けにきたんだ!』なんて言い返せたら格好良いかもしれない場面だが、現実は火千の言う通り、素直に逃げた方が良いのではないかと、頭の中にそんな思考が過ぎる桜音木。だが同時に、1つの妙案が浮かんできた。

「そうだよ…!戦えないのなら戦ってもらえばいいんだ!」

「……?いきなり何言ってんだ?」

火千から疑問に対して返答はせず、桜音木は魔導書に万年筆で『癒』という文字を書き、即座に想像力を高める。すると『癒』の文字が光り出し、同時に火千の脹脛の傷がみるみる塞がれ、一瞬にして治ったのであった。

「マジかよ…!」

火千が突然自分の身に起きた摩訶不思議な出来事に傷は驚いている中、桜音木は次なる文字を書いていた。その文字は『強』。桜音木が火千の力が強化されるイメージをすると、火千の内なる力がどんどんと湧いてきたのだ。

「火千さん!後は頼みます!」

桜音木から送られた一言。その一言の意味を直感的に理解した火千は、

「任せろ!」

と、ニッと片方の口角を上げて地面を蹴った。その速さは常人には目で追えないレベルで、桜音木の視点からすると、火千がワープしたかのような感覚であった。そして桜音木が視界からの情報を脳で理解した頃には、絡新婦の顔面に火千の高速飛び膝蹴りが入っていた。

 まともに飛び膝蹴りを喰らった絡新婦は大きく後方へ吹き飛ぶが、倒れる寸前で無理矢理体勢を立て直した。

「オノレ兎人間風情ガ…!」

相当頭にきたらしく、絡新婦は標的を火千に変更し、蜘蛛の足で連続攻撃を仕掛けてきた。火千は絡新婦からの攻撃をヒラリヒラリと躱しながら、僅かな隙を突いてカウンターの一撃を入れ続ける。

(今のうち…!)

桜音木はコソコソと移動を始め、凛太郎とレッドフードに合流する。

「桜音木、魔法が使えたのか?」

凛太郎が不思議なものを見る目で桜音木を見詰める。

「話は後です!凛太郎さんも頼みます!」

桜音木は先程と同じ手順で凛太郎の傷を癒し、力を増幅させた。

「これは…!」

凛太郎はみるみる湧いてくる力に驚きを見せる。

「後はこれですね。」

桜音木が凛太郎に差し出したのは、絡新婦が変身した際に何処かに捨てていた凛太郎の刀であった。

「何でお前が……いや、有難い。」

当然抱く疑問。なぜ桜音木が刀を所持しているのか。だが、今するべきことはこの疑問を解決することではない。この戻ってきた刀で、絡新婦を斬る。そう判断した凛太郎は桜音木に礼を言いながら刀を受け取った。刀を渡す桜音木が持つ魔導書では、『よせる』の文字が光っていた。

「反撃開始だ。」

刀を構えた凛太郎が地面を蹴ると、一瞬にして絡新婦の目の前まで到達した。そして挨拶代わりに、火千を攻撃しようとしていた蜘蛛の足を斬り落とした。

「いくぞ凛太郎!」

「ああ!一気に畳み掛けるぞ!」

火千と凛太郎は見事なコンビネーションで絡新婦に攻撃を喰らわしていき、ジワジワと絡新婦を追い詰めていく。

「じゃあ最後にレッドフードさんを……」

桜音木が最後に右足を失っているレッドフードを治そうとするが、それをレッドフードが止めた。

「私に処置は無用です。私の足は魔法で治せるものではありませんから。」

「そうものなんですか?」

「はい。例え繋げることが出来たとしても、それはあくまで繋がっただけ。内部の細かな調整もしないと動かすことは不可能です。」

「でも、レッドフードさんにも戦ってもらった方がより勝率が……」

「大丈夫です。どういう魔法をかけたのか知りませんが、あれほど強化された桃川凛太郎と兎飛山火千であれば勝敗は既に決しています。」

「……分かりました。」

桜音木はレッドフードの言葉を信じ、いつの間にかなり絡新婦を追い詰めていた2人を見守ることにした。

「そろそろ決めるぞ火千!」

「ああ!最後の一撃は任せたぞ!」

そう叫んで火千が先手で走り出し、高く跳び上がると同時に縦に回転を始める。

「[回兎落脚かいとらっきゃく]!!」

高速縦回転から繰り出させた踵落としは絡新婦の脳天に直撃し、絡新婦は大きく怯んだ。火千が絡新婦を踏み台にして再度空中に高く跳び上がると同時に、待機していた凛太郎が動き出す。一気に絡新婦との距離を詰めると、両手で柄を握り、大きく刀を振り上げた。

「[一桃両断いっとうりょうだん]!!!」

上から下に振り下ろされた渾身の一撃が、絡新婦の体を縦に真っ二つにした。

「アァ…アカ……」

真っ二つとなった絡新婦は最後に誰かの名前ような単語を呟く。そして両目から外見とは裏腹に、綺麗な涙を流しながら、その体を消滅させた。

「………よっっっっしゃーーー!勝ったーーー!」

獣人化から戻った火千は、両手の拳を空に突き上げて勝利を大いに喜ぶ。凛太郎は刀を鞘に納め、大きく息を吐きながら天を仰ぎ、無言で勝利に浸る。

「すげぇ…化け物だ…」

桜音木は強化をした身であるが、火千と凛太郎が想像以上の力を発揮したため、勝利への喜びの感情よりも、2人に対する唖然の感情がまさった。

「皆さん、聴こえますか?」

その時、小型通信機からかぐやの声が聴こえてきた。当然ながら通信機を装着していない桜音木には何も聴こえていない。

「こちら凛太郎。対象の鬼の退治は終えた。まさかの人物の援護によってな。」

凛太郎は報告をしつつ、視線を桜音木に向ける。同時にレッドフードと火千も桜音木に視線を向けている。突然3人から視線を向けられた桜音木は、少し戸惑っている。

「はい。私も今回ばかりはまだ混乱はしています。なんせつい数秒前まで後ろにいた者がそちらにいますから。──とにかく詳しい話は後にしてもらいましょう。ビアンコさんに其方に向かって頂いていますので、応急処置を受けた後、タケハエルによる帰還をお願います。」

凛太郎達はかぐやの指示に同意した後、医療部隊隊長であるビアンコという者の到着を4人で待つことにした。




 待機して数分後、ビアンコという医療部隊隊長が合流し、凛太郎、火千、桜音木の3人は簡単な応急処置をしてもらい、レッドフードは、彼女を作り出した博士にしか修理が出来ないということで、凛太郎がおんぶをしていくこととなった。

 そしてタケハエルによって無事に絶鬼団本部に帰還した凛太郎達は、かぐやを加え、再び話し合いをしていた大広間に集まっていた。

 「つまりまとめると、突如目の前に現れたその魔導書と万年筆を手に取ると、魔法の使用方法が頭の中に流れて込んできた。そして試しに使ってみたら、戦場の方へワープした。ということですか?」

一段高くなっている上座に座る桜音木が、アリスの存在を隠しながら魔法の件についての説明をし、桜音木の隣に座るかぐやがその話を要約する。

「なんかすっげぇ都合が良いように感じるんだが、なんか隠してないか?」

下座で胡座をかく火千が、疑念が籠った視線を桜音木に向ける。

「隠し事をしたところでメリットがないので、それはないです。」

心の中で謝罪しながら、桜音木は嘘の否定をする。

「そもそも導和桜音木という存在自体、我々にとってまだ謎多き人物だ。そこに謎が1つ増えたとしても、現状はあまり変わりないのではないか?」

正座をする凛太郎が意見を述べる。

「……それもそうですね。むしろ桜音木さんが魔法を使えるようなり、新たな戦力が加わったと前向きに考えた方が良さそうです。」

かぐやが凛太郎の意見に同意する。

「謎多き人物を安易に味方として加えるのは良いのですか?」

片足を失っているため、足を伸ばして両腕で支える形で座るレッドフードが質問する。

「今回の一件で私は信頼しても良いと考えています。もしも敵になるようでしたら、その時は容赦なく殺しましょう。」

物騒すぎる提案を笑顔でするかぐや。桜音木は背筋を凍らせながら苦笑いをするしかなかった。

「最終的な判断は団長であるかぐやだ。かぐやが味方と判断するならば、俺達はそれに従う。」

凛太郎が最終決定をかぐやに委ねる。

「私としては是非とも共に闘って頂きたいです。ですが子供が友達を遊びに誘うのとは訳が違います。命を懸けた世界に身を投じることとなります。なので嫌だというならば、私はその意志を尊重します。」

かぐやがジッと桜音木の方を見詰めて返答を待つ。第零期の3人も同じように桜音木からの返答を待っている。

桜音木の中で既に答えは決まっている。ここで戦わないと答えた場合、アリスと交わした2つ目の条件、『かぐや達と共にこの世界から鬼を退治すること』に反するからである。

「こんな俺で良ければ、一緒に戦わせて下さい。」

桜音木が覚悟を決めた顔で返答する。

「……分かりました。では、今この瞬間をもって、導和桜音木の絶鬼団入団を歓迎します。」

かぐやが笑顔で正式に桜音木の入団を許可する。

「よっしゃ!仲間になるなら今からよろしくな!」

火千は元気よく立ち上がると、桜音木の隣に座り直して笑顔で肩を組んできた。

「は、はい。お願いします。」

桜音木が火千の勢いに少し押されながら返事をする。

「おいおい、もう俺たちは仲間だ。そんなよそよそしい言葉遣いじゃなくていいぜ。」

要するに、敬語ではなくていいと告げる火千。

「……!ああ!よろしくな!」

桜音木は改めて笑顔で返事をするのであった。



 絶鬼団に晴れて入団した桜音木は、かぐやに空き部屋を案内された。7畳ほどの和室で、布団に小さい冷蔵庫、足が短い机に座布団が用意されており、洗面所、トイレ、風呂が完備されており、男一人暮らすには充分な部屋である。

桜音木は風呂で汗を流すと、布団を敷いて大の字で寝転んだ。

(はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜……!色々と起こり過ぎの1日だった。)

突然異世界に来て、童話のキャラクター達に出会い、魔法が使えるようになり、鬼を共に退治する。生涯これ以上怒涛な1日は訪れることはないだろう。そんな事を桜音木が考えていると、

(お疲れー♪大活躍だったね♪)

桜音木の脳内にアリスの声が響いた。

「アリスか!?何がアドバイスはするだ!戦闘中全くしてくれなかったじゃないか!」

寝転んだまま、桜音木が怒りを表す。

(ごめんごめん。思った以上に時間停止で魔力を使っちゃってテレパシーすら送れなくなったの。でも私なしで活躍出来たんだから良かったじゃん。それに、鬼退治は今日で終わりじゃなくて、今日から始まるんだから、初陣で上手くいったのは自信がついたんじゃない?)

「……確かにそうだけど。」

(だったら結果オーライね。)

何だか丸め込まれたように感じるが、結果的に勝利しているため、桜音木もこれ以上怒ることを止めた。

(さて、じゃあ明日からも続く鬼退治、しっかりと頑張ってね♪そして私を退屈させないで♪)

「結局根本的なところはそこなんだな。」

(当たり前でしょ。私は退屈しのぎのためにこの世界を掻き回しているの。だから改めて言っておくけど、私は決して誰の味方でもないから。私がする事は全て自分のためにしているだけ。そこんところ、忘れないでね♪──じゃ、また気が向いたら話しかけに来るね♪)

その言葉を最後に、桜音木の脳内からアリスの声はいなくなった。

(そっか…鬼退治、今日で終わりじゃなくて今日から始まったんだよな…。──でも、今の俺にある選択肢はこれしかない。やるしかないんだ。)

桜音木はまだ見慣れない天井を仰ぎながら、今日から始まった命を懸けた日常に身を投じることに、改めて覚悟を決めるのであった。

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