3話 童話の者達

 黒髪、琥珀色の瞳をもつ20歳の青年──導和どうわ桜音木おとぎが目を覚ます。

 見知らぬ天井。使い古された言い回しだが、この表現が一番的を得ている。

 上半身を起こし、桜音木は周囲を見渡す。10畳ほどの和室、掛け軸に高価な壺、春夏秋冬が描かれた襖にアンティークなタンス、そして自身は患者服を着せられており、フカフカの布団に寝ていたようだ。周囲にある未来的医療機器を除けば、高級感ある客間という感じだろうか。

(ここは……本当に何処だ?確か俺は国立図書館BOOK EDENで本を探してて、光る本を見つけてから………ダメだ、そこから思い出せない。)

まるでポッカリと穴が空いてしまったかのように、光る本を発見してからの記憶が全く思い出せない桜音木。腕を組んでうーんと悩んでいると、いつの間にか少し開いていた襖の間から、柴犬ほどの大きさをしたなんともモフモフしたい真っ白な犬が、桜音木を驚いた顔をして見ていた。

「あー!起きてるー!」

無邪気な少年みたいな高い声を上げる真っ白な犬。そしてトテトテと桜音木へと走り寄ってきて、桜音木の両膝の上にちょこんと座った。

「い、犬が喋ってる……!」

桜音木は真っ白な犬が突然出現したことに驚いたというよりは、犬が人語を話していることに仰天する。

「なぁなぁ名前は?何処から来たんだ?何で砂浜で倒れてたの?」

間髪いれずにどんどん質問をする真っ白な犬。桜音木は犬が喋るという部分で混乱しているため、質問に回答出来るわけがなかった。

「なぁなぁ!──!」

犬雪いぬゆきさん、何をなさっているのですか。」

真っ白な犬がまた質問攻めをしようとした時、美しい女性の声が、真っ白な犬の名を呼んだ。

「あっ!団長!赤ずきんが運んできた奴起きたよ!」

犬雪と呼ばれた真っ白な犬は、桜音木の膝から降りると、団長と呼ばれた者に小走りで近寄る。桜音木は犬雪を自然と目で追い、そして襖の先に広がる廊下で立っている麗しき少女と目が合った。

「良かった。目が覚めたのですね。」

軽量化し、動きやすさを重視した十二単を身に纏い、グラデーションがかかった緑色のストレートヘアに琥珀色の瞳をもつ少女が、桜音木に近寄って正座をし、ジッと桜音木の顔を観察する。麗しき少女に見詰められる桜音木は、反射的に顔が赤くなり照れ臭くなる。

「顔色も良くなっていますね。あとはしっかりと栄養を取れば大丈夫でしょう。」

ニコッと天使のような笑みを浮かべる少女。

「あの…あなたは?」

桜音木は問いたいことは山ほどある。その中でまず第一に選んだのは、少女の正体についてであった。

「申し訳ございません。まだ名乗っておりませんでしたね。私は『絶鬼ぜっき団団長』──『竹取野たけとりのかぐや』と申します。」

かぐやと名乗った少女が丁寧な自己紹介をする。

(絶鬼団?いや、その前にかぐやだと…!?)

絶鬼団という言葉は知らない。だが、『かぐや』という言葉は知っている。かぐやと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、かの有名な童話─『かぐや姫』であった。そして『かぐや姫』というワードをきっかけに、自身が図書館で発見した光る本の題名が『Worldワールド ofオブ Fairyフェアリー taleテイル』、つまり『御伽噺おとぎばなしの世界』だったことを思い出す。ここで小説家としての想像力が発揮され、飛躍的な考察による極論に辿り着く。

(いや、まさかそんな…!?)

自身が考え付いた極論ではあるが、まさかそんな筈はないと否定する。

「あの、大丈夫ですか?」

突然考え込む桜音木を、心配した顔で見詰めるかぐや。

「えっ!?あっ、ごめんない。」

ハッと我に返る桜音木が咄嗟に謝罪をする。それでも尚戸惑いの顔から戻らない桜音木を見て、かぐやは少し思考を巡らせた。そして幾つかの情報を元に、1つの仮説を立てると、

「犬雪さん。」

背後で自分の尻尾を追いかけてクルクル回っている真っ白な犬─犬雪に声をかける。

「なーに団長?」

犬雪は回転を止め、純粋無垢な視線をかぐやに向ける。

「第零期の3名に、10分後に大広間へ集合するように伝言を頼めますか?」

「分かった!」

犬雪は即承諾すると、元気よく走り出して部屋を後にした。

部屋に2人っきりになると、かぐやが桜音木に話しかける。

「あの、あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「えっ!?ああ…導和どうわ桜音木おとぎです。」

無意識にまた考え込んでいた桜音木が、急な質問に少し驚きながらも回答する。

「桜音木さんですね。──では桜音木さん、1つ質問させて下さい。あなたはのです?」

ドクン!と、桜音木は心臓が大きく脈打つのを感じる。そして鼓動がどんどん速くなる。何故か。それはかぐやからの質問に対し、先程辿り着いた極論を回答として使用出来てしまうからであった。

「その質問、少し変ではないですか。ここは普通と尋ねると思いますが。」

桜音木はハハッと笑ってみせて、かぐやが質問方法を間違ってしまったという可能性に賭ける。

「いえ、私の中の仮説が正しいのであれば、この質問で間違いないと思います。」

しかし、かぐやによってキッパリと否定をされた。賭けに敗北したことと、真っ直ぐに見詰めてくるかぐやの目を見て、桜音木は自身の極論と、かぐやの仮説の内容が同じだろうと判断した。

「……どうしてかぐやさんは、その仮説を思い付いたのですか?」

桜音木がかぐやに仮説を立てるまでの過程について尋ねる。

「幾つかの情報からかなり飛躍した考えをした結果ですね。まずは『犬雪さんに対する反応』でした。先程までの犬雪さんに質問攻めを受けていた時、突然の質問攻めに驚いているというよりは、『犬が人語を話すということに驚いている』ように感じたのです。今更犬雪さん達のような『人獣じんじゅう』が人語を話すことに驚く方なんて、国中探してもいないほど普遍的なことですから。」

凄い観察力と推理力だなと桜音木が心の中で思う中、かぐやは話を続ける。

「次に『私の自己紹介を聞いた時の反応』です。自己紹介を聞いた時、桜音木さんは『私の名前』に対して一番反応を示しました。その反応がまるで『別のかぐや』ならば知っているかのようでした。しかし私が知る限りでは、この国で『竹取野かぐや』という人物は私以外いない筈です。なので桜音木さんの知る『かぐやという人物』は、『別の世界のかぐや』と推測しました。」

「別の世界って…本当に飛躍的な考えですね。俺が知るかぐやが、『あなたの名前を勝手に名乗る全くの別人』と考える方が自然ではないですか。」

「そうですね。ですが私がそう考えたことにも理由があるのです。それが最後の『あなたが発見された場所』です。桜音木さんはとある有名な廃墟のやしろで気を失って倒れていたのです。その社には1つの伝説が残っていまして、それは『別世界に通じる扉が存在する』というものです。」

「……だから俺が『この世界』ではない『別の世界』から来た、という仮説を立てたのですか?」

「あくまで私が見て聞いて得た情報から、飛躍的な推測をして立てた仮説ですけどね。──ですが、ここまで話している時の桜音木さんの反応を見るに、どうやらこの仮説、的を得ているように伺えますが。」

かぐやがクスッと笑って見せると、桜音木は大きな溜め息をして、この自身の極論を事実として認めるしかないのかと腹を括った。

「はぁ…そうです。どうやら俺は、俺が『生きていた世界』から『かぐやさん達が生きる世界』に来たみたいです。」

桜音木の考えた極論、かぐやが考えた仮説、共にその内容は『桜音木は別世界から来た』というものだった。

「そうでしたか。では、困惑の顔が晴れないのは当然ですね。」

かぐやは桜音木に対する疑問が晴れたところでスッと立ち上がる。

「恐らく聞きたいことは山のようにあると思います。それはこちらも同じですので、話し合いは第零期の皆さんと共にしましょう。」

ここで1人の男性団員が桜音木が着ていた服の洗濯が終えたと持ってきた。

「丁度良いタイミングですね。では着替えが終えましたら廊下に出てきて下さい。そこから会議室にご案内します。」

そう告げたかぐやは立ち上がり、模範的なお辞儀をしてから部屋を後にした。

(……別世界、か。ファンタジー小説みたいな設定をまさか実体験する日が来るなんて…)

まだまだ実感が湧かない桜音木だが、取り敢えず今はいつもの白色シャツに紺色テーラードジャケット、黒色のチノパンのカジュアルな服装に着替え直す。そして廊下に出て、美しい立ち姿を披露するかぐやと合流する。

「では、会議室へとご案内します。」

かぐやに連れられ、桜音木は和風の渡り廊下を歩いていく。

(ここ、建物内だよな…?)

左右に広がる美しい庭園に、暖かな陽の光が降り注ぐ。しかしよく目を凝らして見れば、太陽も草木も小川も全て人工物だと分かる。桜音木はそんな見事に作られたにより、自分がいる所が建物の中なのか外なのかよく分からなくなるのであった。

「さっ、到着しましたよ。」

かぐやが竹林が描かれた襖を開くと、30畳ほどの大きさの大広間が広がっていた。上座となっている所は一段高くなっており、恐らく組織トップが座るであろう高級な座布団が敷かれている。そして段差の前には、とある3人が横一列に座って待機していた。その者達は背後で襖が開いた音を聞くと、一斉にかぐやと桜音木の方に振り向いた。

「おっ、やっと来たっすか。待ちくたびれたっすよ。」

片膝を立てて座り、黄緑色と薄茶色を基調としたパーカーとミディアムパンツを身に纏う少年が、わざとらしいあくびをする。

「あなたがここに到着したのはつい先程です。待機時間は48秒です。」

座布団の上で体育座りをする赤いパーカーが特徴の少女が真顔で訂正する。

「マジレスは勘弁…」

パーカーの少年が苦笑いをする。そしてもう1人、白色と桃色を基調とした袴を着用する青年は、無言でジッとかぐや達を見ていた。

「お待たせしました皆様。」

かぐやは3人に一礼すると、上座に敷かれている高級な座布団へ向かう。そして待機していた3人と向かい合うように座布団の上で正座する。桜音木もかぐやの隣で正座をする。

「まずは皆さんに彼を紹介します。彼は別世界から来た導和桜音木さんです。」

かぐやの突拍子もない紹介に、下座の3人はポカンとした顔になる。

「ふふっ、予想通りの反応ですね。」

かぐやは3人の反応が面白く、クスクスと笑う。

「あの、紹介された身ではありますが、もう少し段階を踏んで紹介した方が…」

桜音木が苦笑いしながら提案すると、

「分かっています。少し皆さんがどんな反応をするか気になっただけです。」

かぐやは無垢な子供のような笑みでクスクスと一通り笑った後、コホンとわざと咳払いをして一区切りをつける。そして先程の桜音木との会話を3人に要約して伝えた。それでも尚、下座の3人はまだ納得は出来ていない様子であった。

「さて、互いに聞きたいことが沢山あると思いますが、まずは桜音木さんにこの世界の事や我々の事を説明していきましょう。」

かぐやが今からの話題を決定する。

「では手始めに我々がどういう集まりなのかを教えましょう。我々は世界に蔓延る『鬼』を根絶する団体─『絶鬼団ぜっきだん』を結成しています。」

「鬼?」

桜音木がこの言葉に疑問を抱く。

「はい。人類でも動物でもない、悪が具現化した固有生物です。詳しい話は後で致しましょう。──次は我々の自己紹介ですかね。先程私はしましたので、今回集まっていただきました絶鬼団結成時のメンバーである『第零期だいぜろき』の3人にしてもらいましょう。」

そう言ってかぐやが最初に指名したのは、白色と桃色を基調とした袴を着用する青年であった。

「俺は『桃川ももかわ凛太郎りんたろう』だ。」

年齢25歳、身長185cm、ポニーテールのように束ねる黒髪と桃色の瞳をもつ青年は、凛太郎と名乗っただけで終了した。すると、凛太郎の隣に座る少年が口を開いた。

「おいおい凛太郎それだけかよ。自己紹介ってのはこうやんだ。」

少年はそう言うと立ち上がり、親指を立てて自分に向けると、意気揚々な声で自己紹介を始める。

「俺様の名前は『兎跳山ととやま火千かち』!誇り高い『獣人』だ!好きな食い物は人参!好きな事は飛び跳ねる事!よろしくな!」

年齢18歳、身長165cm、白色短髪に赤色の瞳をもち、黄緑色と薄茶色を基調としたパーカーとミディアムパンツを身に纏う少年は火千と名乗り、現在はキメ顔をしている。

「よぉし決まった!じゃあ次はレッフーな!」

満足感に浸る火千が座りながら隣にいる赤色の頭巾を被る少女を指名する。

「……その呼び名をするのはあなただけです、跳兎山火千。」

表情には出てないが、呆れた雰囲気を出す少女が自己紹介を始める。

「『chordコード nameネームRedレッド Hoodフード』です。鬼退治兵器として作られた超高性能アンドロイドです。他の者達からは『赤ずきん』の愛称で呼ばれています。」

外見年齢12歳、身長150cm 、金髪のウルフテールに水色の瞳をもち、赤色基調のディアンドルに身に纏い、赤いパーカーを被る少女がレッドフードと名乗った。

「これで零期メンバーの紹介が終えましたが…大丈夫ですか?」

かぐやが隣で正座する桜音木の唖然とした顔を見ながら尋ねる。

「えっ!?……あぁ、話は全部聞いていました。ただ聞き馴染みのある名前があり、理解に時間がかかっているだけです。」

「聞き馴染みのある名前…ですか。それは私の時と同じで、オトギさんの世界に別の零期メンバー3人が存在している、と解釈してもよろしいですか?」

かぐやの質問に対し、桜音木は首を縦に動かした後、口を開く。

「だけど…全員実在はしていません。架空の人物です。」

桜音木の一言に、かぐや達4人が反応を見せる。

「どういうことだ?」

凛太郎が代表で尋ねる。

「皆さんは俺がいた世界では『童話』に登場するキャラクターなんです。」

「童話──児童が読む、または大人が幼年児童に読み聞かせる子ども向けの民話、伝説、神話、ぐう話、創作された物語等のことですね。我々がそんな童話に現れる人物とは理解不能です。」

アンドロイドらしく保存された知識データを述べた後、レッドフードが桜音木の発言に否定的な態度をとる。

「頭ごなしに否定するのは良くないですよ。桜音木さん、詳しくお願いしますか?」

かぐやが告げると、桜音木はコクッと頷いてから話し始める。

「まずはかぐやさんなのですが、『かぐや姫』という童話に登場する『かぐや姫』ですね。竹取翁たけとりのおきなと呼ばれる老人が光る竹の中から赤ん坊を見つけ、かぐやと命名して育てていると、実は月の住人と告げられ、月に帰るという物語です。」

「オキナ…!その作品にはオキナパパが登場するのですか!?」

かぐやが大きく目を見開き、ズイッと桜音木に近寄る。

「えっ…!?」

突如かぐやの顔が間近に迫った桜音木は、瞳を大きく開けて驚きを顔に表す。かぐやは桜音木の反応を見て、ハッと我に返ると、すいませんと謝りながら元の位置に戻る。

「私は赤ん坊の時、本当の親に竹林に捨てられていたようです。そんな私を見つけ、我が子のように育ててくれたのが、『竹取野たけとりの愛姫名おきな』なのです。血は繋がっていませんが、本当の親を知らぬ私にとって愛姫名は実の父同然でした。ですが10年前、私達が住んでいた村が鬼達の襲撃を受けたのです。私はたまたま別の村に遊びに出掛けていた為、このように今も生きていますが、愛姫名パパはその時、他の村の人達と共に亡くなったのです。」

話すかぐやの顔がどんどんと暗くなっていく。そのことに自身も気が付くと、少々無理矢理ではあるが、先程までの顔へと戻す。

「すいません。突然このような暗い話をしてしまいまして。──コホン…今の桜音木さんの話、まだこちらから話していなかった私のパパが登場したところから、我々と童話キャラ達はかなり関係があると考えても良さそうですね。」

かぐやは話題が脱線しかけたので、自身で主題へと修正する。するとその時、火千が口を開いた。

「じゃあ次は俺な!一体どんな童話のキャラなんだ?」

わざとらしさが少し見え隠れする明るい声で訊いてくる火千。だがその声のお陰で少々重くなったこの空気が一気に軽く感じるようになった。これが彼なりの気遣いなのだろうと桜音木は思いつつ、火千の質問に対して回答を始める。

「跳兎山さんはまず質問したいのですが、さっき自己紹介で人参と飛び跳ねる事が好きなと言っていましたよね?」

「おう!鍛錬がてらに広い場所で飛び跳ねた後、人参パーティと洒落込んだ時は至高の一時よ!」

火千はニヒヒと笑う。

「そこから安直な推理をしたのですが…跳兎山さんって『兎の獣人』ですか?」

「おお!よく分かったな!その通りさ!見せてやるよ!」

そう言って火千は立ち上がると、グッと少し力を込める動作をする。すると全身白い毛に覆われ、人間の耳がなくなると、頭上からピョコンと可愛らしい兎の耳が出現し、二足歩行人型兎が完成した。

「なっ?この通りだ。──で、俺が兎の獣人だと分かった今、俺が何の童話のキャラか特定できたのか?」

兎耳をぴょこぴょこ動かす火千が尋ねる。

「はい。兎という点と、跳兎山さんの名前─『カチ』。これを2回連続で言うと『カチカチ』という擬音のようになる点から、『かちかち山』という童話に登場する『兎』ですね。老夫婦に悪戯をする狸を、兎が色々な方法で懲らしめ、最後には観念した狸も一緒に全員が仲良く暮らし始めるという話です。」

「狸、だと?」

火千がピクッと反応しながら元の人間の姿へと戻る。

「狸がどうかしたんですか?」

事情を知らない桜音木が尋ねると、火千は露骨に不機嫌な顔を浮かべながら片膝を立てて座り直し、

「ああ。ちょっと狸という存在とは深〜い因縁があってだなぁ…。ちょっと反射的に変な態度とっちまったな、気分悪くしてたらすまん。」

意味深な言葉を告げた後、両手を合わせてからペコッと頭を下げて謝る。

「とりあえず今は狸の存在を一旦置いておいて、次はレッフーについて話を続けようぜ。」

火千は謝罪した後、話題の対象をレッドフードに変える。桜音木は狸の件が気になるが、今は話の腰を折る場面ではないと判断し、レッドフードについて話し始める。

「レッドフードさんは『赤ずきん』という童話に登場する『赤ずきん』です。赤ずきんは母に頼まれ、祖母にお菓子と葡萄酒を届けることとなる。その道中で狼が現れ、花も摘んでいったらどうだ、と寄り道を提案する。赤ずきんが寄り道している間に狼は祖母を飲み込み、後に来た赤ずきんも飲み込んでしまう。しかし狼が寝れている間に通りかかった猟師に腹を切ったことにより、飲み込まれた2人は生還。代わりに腹の中に石を入れられた狼は、バランスを崩して川に落下した。みたいな物語です。」

「狼…別世界の童話にまで私に執着してくるのですねあの機械獣野郎は。」

顔にも声にも感情を乗せていないが、淡々と毒舌を吐くレッドフード。

「……これはさっきの狸の件と同じ展開ですか?」

何かを察した桜音木が先手で尋ねる。

「因縁と言いますか、あの機械獣野郎も私と同じ鬼退治兵器として生み出されたのくせに、鬼側に寝返った不届きな獣です。」

隙あれば毒舌を吐くレッドフード。桜音木はよほど嫌われているのだろうなと苦笑いするであった。

「獣機械野郎については今はどうでもいいです。最後の桃川凛太郎についてお願いします。」

レッドフードが話題のメインを凛太郎に変更する。桜音木もコクっと頷くと、凛太郎について話し始める。

「また1つ質問から入らせてもらいたいんですけど、桃川さんって『桃太郎』と呼ばれたりしてませんか?」

「ん?確かかぐや団長が凛太郎のことをそんな呼び名で呼んでたな。」

火千が言うと、かぐやが肯定するように頷く。

「幼い頃からそう呼んでいましたので、今更呼び方を変えるのはちょっと違和感がありまして。桃川凛太郎…」

かぐやが少し笑みをこぼす。

「その呼び名がどう関係するんだ?」

凛太郎が尋ねる。桜音木は凛太郎とかぐやが幼馴染みという新情報が気になるが、今は凛太郎についての話を続ける。

「凛太郎は『桃太郎』という童話に登場するキャラです。桃から生まれた少年─桃太郎は、村に悪さをする鬼を退治するべく、犬、猿、雉の3匹の家来を連れて鬼ヶ島に向かう。そして鬼達を懲らしめると、観念した鬼から宝物を貰い、桃太郎を育てたお爺さんとお婆さんと共に幸せに暮らす。という話です。」

「ほう、鬼か。」

凛太郎が反応する。いや、他のかぐや達も同じように反応している。

「はい。先程この世界には鬼が蔓延っていると聞きました。なので思ったのですが、仮にこちらの世界を創り出す主軸の物語があるのであれば、それは『桃太郎』なのではないか、と。───と、これで皆さんが俺の世界では童話のキャラクターという話の詳細は終わりなんですが…流石に信じられないですよね?」

桜音木が苦笑いしながら尋ねる。

「そうですね…今、この場で全てを信じるのは正直難しいです。ですが、桜音木さんが虚偽を述べているようには感じませんでした。ので、前向きに理解はさせて頂きます。」

かぐやが真剣な顔で告げた後、レッドフードがまるで小学校の授業で答えが分かった生徒のようにスッと手を上げた。

「どうされました赤ずきんさん?」

かぐやが訊く。

「疑問。我々の世界と、導和桜音木の世界の関係性はどういうことになってるんですか?平行世界なのですか?それとも導和桜音木の世界の中に我々の世界が存在しているのですか?もしくはその逆なのですか?」

「……確かにそうですね。──桜音木さんはこちらの世界にどのように来たかは覚えていますか?その方法によって少しは分かるかもしれません。」

かぐやが桜音木に訊く。

「俺はこの世界に来る前に図書館で本を探していました。すると光る本を発見して、それを手に取ってから覚えていないんです。でも光っていた本の名前は覚えています。名前は『Worldワールド of(オブ) Fairy(フェアリー) tale(テイル)』という本でした。」

Worldワールド ofオブ Fairyフェアリー taleテイル…『御伽噺おとぎばなしの世界』か。その本を手に取った瞬間にこちらの世界に来た。客観的に聞くとまるで本の世界に入ってきたみたいだな。」

凛太郎が冷静な分析をする。

「桃太郎さんの分析が正しいのであれば、先程までの私達が桜音木さんの世界では童話のキャラクターになっているという事にも納得がいきますね。」

かぐやが凛太郎の分析に補足を入れる。

「結論。我々の世界は導和桜音木の世界の中に存在する『本の世界』、ということですか。」

レッドフードが結論づける。

「おいおいそれが本当なら、桜音木の世界がで、俺達の世界がってことか?いきなりそんな事言われても実感なんて湧かないぞ。」

火千が白い髪をガシガシしながら困惑する表情を作る。

「現状、その可能性が一番高いです。ですが、まだ結論づけることは早いです。もしかしたらその本が並行世界へと通ずる扉の役目を果たしていた可能性もあります。」

かぐやが新たな推測を展開しつつ続ける。

「あと、少し話は逸れますが、そろそろ呼称をつけた方が議論もしやすいと思いますので、世界についての話をする際、桜音木さんの世界を『現実世界』、我々の世界を『童話世界』と呼ぶ事にしましょう。」

かぐやの提案に、他の者達は賛成する。

「では、議論の続きを──」

かぐやが世界についての議論を再開しようとした時だった。突如基地内に警報が鳴り響く。

「鬼の出現を確認!かぐや団長!至急司令室へお願いします!」

会議室にオペレーターである女性の声が流れる。

「分かりました!今すぐ向かいますので出現した鬼の分析を急いで下さい!」

かぐやは瞬時に耳に小型通信機を装着すると、素早く指示をする。

「皆さん!話は一旦中止です!司令室へ行きます!」

かぐやは素早く立ち上がると、司令室へと走り出す。凛太郎達もかぐやの後を追うように司令室へ向かった。




 司令室に到着すると、オペレーター達が高性能パソコンを使用して情報を集めていた。

「お待たせしました!敵の階級と出現場所の報告をお願いします!」

かぐやがオペレーター達に尋ねる。

「出現場所は『現世終うつしよおわりやしろ』付近です!階級は…『狂鬼きょうき級』です!」

1人のオペレーターが報告した瞬間、かぐやと第零期のメンバー達に緊張が走った。

「マジかよ…こりゃあ俺達で行くしかねぇだろ。」

火千が屈伸などをして準備運動を始める。

「団長、ご命令を。」

凛太郎が最終判断をかぐやに委ねる。

「………桃太郎さん、火千さん、赤ずきんさんの3名は直ちに現世終の社へ向かい、鬼退治をお願いします!」

かぐやの命令と同時に、凛太郎達は「了解!」と返事をして現場へと向かった。

「あ、あの…俺はどうすれば?」

突然の出来事にオロオロするしかない桜音木がかぐやに尋ねる。

「桜音木さんは私と共にこのまま司令室に居て下さい。ここからは絶鬼団我々の仕事です。」

かぐやは桜音木を宥めるように笑みを見せながらを指示をした後、また真剣な表情に戻り、巨大モニターの方へ向いた。桜音木はかぐやの指示に従い、かぐやの少し後ろで待機をする。

 その時だった。

(やっほー、私の声、聴こえているかな?)

突如桜音木の耳に少女の声が聴こえてきたのだ。ビクッと体を反応させた後、キョロキョロと周囲を見渡す桜音木。しかし周囲は出現した鬼の対処に釘付けの為、誰も桜音木に話しかけていない。

(あはは、どうやらちゃんと聴こえているようね。遠隔であなたの脳に直接話しかけているから、どれだけ探しても見つけられないわよ。)

楽しそうな声で話しかけてくる謎の少女。

(だ、誰だ!?)

桜音木が頭の中で少女に尋ねる。

(私の名前は『アリス』。あなた今暇でしょ?少しお喋りしましょう。)

アリスと名乗った少女は、遠隔先でニコッと微笑むのであった。

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