2話 運命を変えた一冊

 『BOOKブック EDENエデン』。世界中の本が集まったまさしく『本の楽園』と呼ぶに相応しい国立図書館。施設の大きさは大型デパート級で、小説は勿論、辞典に図鑑、絵本から官能小説と、全てのジャンルを網羅している。本の数は全て読破しようものならば、何百年とかかると言われているほど保管されている。9時〜21時間で開館、入場料無料で年中無休という、読書家には夢のような空間である。

 そんな世界に誇れる図書館に、ある青年が常連として通っていた。

年齢20歳、身長177cm、キチッと整えられた黒髪に琥珀色の瞳をもち、白色シャツに紺色テーラードジャケット、黒色のチノパンと、カジュアルにまとめた服装を着こなす青年─『導和どうわ桜音木おとぎ』は、窓際の席に座り、机に読み終えた数十冊の本を積み、現在最後の本を熟読している。厚さは辞書並みで、一般人であれば1日使ってようやく読破出来るかもしれない。比べて彼は速読術、読解力、そして豊富な知識を持っているため、辞書レベルの厚さの本であろうと、数時間あれば読破することが出来るのだ。

 そして能力を最大限に活かして本を読み切った桜音木は、うーんと伸びをする。そしてチラッと壁に掛けられている時計に視線を向ける。2本の針は13時を指し示していた。

(……まだ読み足りないし、昼飯はいいか。)

桜音木は食事よりも読書を優先すると、読み終えた本を元の棚に戻すと、次に読む本を探し始める。

 桜音木は小説家として活動しており、一般社員ほどの収入は得れている。父親は大手出版社の編集長、母親は大手企業社長の秘書をしているため、家族全員が一度に集まることはほぼない。故に桜音木も自由気ままに時間を使用し、擬似独り暮らしを満喫している。

(そういえばこの図書館の最奥ってちゃんと見たことないな。)

桜音木はこの図書館に通い始めて10年は経つが、それでもまだまだ見れていないエリアは当然ある。そして今回興味をもったのはBOOK EDEN図書館の最奥であった。

 これほど大型の施設となると、やはり奥に行けば行くほど人影はなくなっていき、本棚に置かれているジャンルも人を選ぶマニアックなものになっていく。桜音木は立ち止まることはしないが、本棚全体を一通り見るように歩き、数十分かけて最奥へと到着した。

(ここが1番奥か。ジャンルは………特になし。ただ全部古い書籍だな。)

桜音木は年季の入った本の中から、何か面白そうなものはないか捜索する。

その時だった。とある一冊の本が突如ぽわっとで淡く紫色に光ったのである。それを視界の端で見えた桜音木は、反射的にその方向に顔を向ける。しかし、そこには何も起きていない光景が広がっていた。少し気になった桜音木であるが、気のせいかと思い、また本の物色を再開する。

 すると、また一冊の本が淡く紫色に光ったのである。今度は視界の端でその光を目撃した桜音木は、バッ!と顔を向ける。

(な、なんだ…!?)

桜音木がはっきりと視界の真ん中で捉えていても、本は淡く光り続ける。

 桜音木は恐怖を覚えながらも、恐る恐る本へと近付く。そして桜音木が手に取ると、本は淡く光ることを止めた。

(これは………?)

淡く紫色に光った本の正体は、童話に登場するキャラクター達が1つの世界に集結し、物語を描く小説──名を『Worldワールド ofオブ Fairyフェアリー taleテイル』であった。

(凄い…各童話の世界観やキャラクターの個性を違和感なく混じり合わせ、しっかり物語になっている。よっぽど著者は童話が好きだったんだな。)

辞典ほどの大きさと厚みがある本を器用に片手で持ちながら、パラパラとページを捲っていく桜音木。不気味に光っていたことをすっかり忘れ、完全に読書モードへと突入している。

 しかし、すぐに我に返らされた。そう、またWorldワールド ofオブ Fairyフェアリー taleテイルが淡く紫色に光り始めたのである。同時にページが勝手に捲り始め、書かれていた文章もまるで意思を抱いたかのようにページ内を動いている。

 己が手に持つ本が起こす怪奇な現象に、ただ困惑する桜音木。そんな桜音木の脳内に直接文字が浮かび上がる。


──悲劇への筋書きを修正しろ!

──死なせるな!

──全ては二本の線に掛かっている!


(これは……誰かからの伝言…なのか…?)

桜音木は困惑の中でも必死に思考を巡らす。Worldワールド ofオブ Fairyフェアリー taleテイルはそんな桜音木を差し置いて、独りでにページを捲り、終盤近くでピタリと止まった。そして次の瞬間、開かれたページに書かれた文字達が一斉に飛び出したのだ。

(今度はなんだ…!?)

桜音木は自身を中心に竜巻が如く回る文字達に翻弄されるが、とにかく思考を止めないことを優先した。

(落ち着け…!今この状況を打破する方法は…!この頭の中に浮かび上がった文字に従うことだ!)

桜音木は藁にもすがる気持ちで、脳内に居座り続ける文字に従うことを決めた。

(取り敢えず文字の意味を理解しろ。まずは『悲劇への筋書き』……つまり、『悲しき展開に向かうターニングポイント』があるってことだろう。そして悲劇の内容が次の文字の『死なせるな!』──『誰かの死』ってことだろうな。要約すると、『誰かが死亡したことにより、悲劇が始まる。』と、いったところか。そんな筋書きを修正する方法が、最後の文字──『二本の線』。二本の線…二本の線………そうか、文章を修正する時の二本の線──『二重線』か。)

ここで桜音木は、自身の周囲を回る文字達を注意深く観察する。

(……成程、一文字一文字バラバラに飛んでいるのではなく、熟語は繋がったままで飛んでいるのか。)

例えると、『小説』という熟語は、『小』と『説』の単語となって飛んでいるのではなく、熟語の『小説』のまま桜音木の周囲を飛んでいるということである。

(この飛んでいる文字の中で、『死』に直結するものを二重線で修正しろってことか。)

脳内に浮かんだ文字の解読が終えた桜音木は、目的の文字を隈なく探す。

そして発見した1つの熟語。それは『全滅』であった。

(これだ!)

桜音木は指をピースの形にすると、人差し指と中指で『全滅』の文字の上からなぞるように横向きで二重線を引いた。

 次の瞬間、全滅の文字はボロボロと崩れ始め、そしてものの数秒でその形を塵と化して消滅した。すると他の文字達は一斉に本の中に戻り、全滅と書かれた部分に空白を作りつつ、元の状態に戻った。

(終わった…のか?)

目の前で起きていた怪奇現象が全て終わり、静寂となった空間で立ち尽くす桜音木。まだまだ整理が追いついていないが、まずは訪れたこの平和な時間に安堵する。

 しかし、平和な時間は10秒も経たず崩れ去る。Worldワールド ofオブ Fairyフェアリー taleテイルから突如眩い光が放たれ、瞬く間に桜音木を包み込んだ。そして光に包まれたと同時に、桜音木の頭の中に全く覚えのない記憶が激流の入り込んできたのだ。

(これは…!)

頭が割れそうになるくらい容赦なく入り込んできた記憶から真相を知った桜音木は、フッと鼻で笑い、片方の口角を上げる。

「たく、無茶な賭けをするな。だが、この賭けはしっかりと勝ったぜ。後は任せるぞ、───」

誰かに語りかけている途中で光は更に強くなる。それにより桜音木は意識が遠のき、そのまま気を失ってしまった。







 ここは廃墟となったやしろ。この社にはとある1つの伝説が残っているようだ。桜音木はそんな神秘的な社の前で気を失って仰向けに倒れていた。そこに赤い赤頭巾を被る少女が近付いてきた。少女は桜音木の顔を覗き込むと、眼球を操作し、スキャンモードを実施する。

「呼吸、心拍数共に正常。外傷、状態異常もなく、命に別状はないと断定。しかし、この場に放置するのは危険と判断し、この者を本部へと運ぶことにする。」

淡々と告げた少女は桜音木をいとも簡単に肩に担ぐと、両足をジェットエンジンに換装させて本部と呼ぶ場所へ飛び去るのであった。

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