第8話 魔力がある者とない者

 アルクは、ホールの隅で資材の仕分けを手伝いながら、考える。先ほどコトカに「魔筆師なの?」とたずねられた言葉が、耳の奥でこだましていた。


(俺は、魔筆師だって胸を張って答えられなかった。そりゃそうだ。実際、工具師だから。コトカの魔筆の状態は、正確に把握できている自信があるんだけど)


 魔筆師でもない人間のたわごとなど、コトカには響かなかったのではないか——。魔筆師だと見栄をはるつもりはないが、そのことが、もどかしい。アルクはコトカの琥珀色の瞳を思い浮かべると、やるせない気持ちになった。

 

 ところで、魔筆に限らず、魔導具をつくる職人には二種類の人間がいる。魔力がある者とない者だ。


 アルクには魔力がない。例えば、魔法使いになるには一定以上の魔力が必要なので、アルクは魔法使いにはなれない。


 だが、魔筆というのは、魔力がない者でも、つくることができる。この世界の魔筆師のうち、魔力がある者はおよそ七割、ない者も三割に上る。


 魔力がある者は、魔筆の効果を自分で試せる利点が大きい。使い手の視点でつくることができる。その反面、魔力があると、自分の魔力が獣毛に影響したり干渉したりするため、微細な加工がやりにくいなど難点もあるのだ。


 名工として知られる魔筆師の多くは、意外にも、魔力がない者が多い。アルクの祖父アルマスも魔力はなかった。


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 作業を終えたアルクが座り込んで水筒の水を飲んでいると、聖堂魔法師団の縦縞模様のローブが目の前に立った。

 魔法使いだ。アイノという女性がアルクに声をかけてきた。


「おい、お前も職人だな」

「はい、そうです」

 アルクは慌てて立ち上がる。


 アイノは十九歳だ。ブラウンの髪を短く切ったショートヘアで、鼻の先が尖っている。彼女の銀色の瞳が、アルクを頭から足元まで無遠慮に見た。


 アイノが言う。

「ふぅん、まだ若いな。職人ギルドには熟練者を寄越せって頼んでおいたのに。お前みたいな小僧が来たのか」


 アルクは内心「貴女も年齢はそれほど変わらないのでは」と思ったが、そんなことはおくびにも出さない。心の中を気取られないよう、視線を下げただけだ。その話しかたや所作を見る限り、アイノは間違いなく貴族だろう。


「ところで、お前は革製品は扱えるのか?」

「いえ、専門外です。わたしは、工具師なので」

「ちっ、使えないな。時間があるから、ブーツや胸あてを調整してもらおうと思ったのに」


「杖なら、見ることはできますよ」

 アルクは少しムキになって、そう答えた。

 魔筆と杖は、実は構造が似ている。杖の方がより単純で、魔筆の軸だけといった趣きだ。


 アイノがベルトに挟んでいる杖は、おそらく黒檀の高級品だろう。彫刻などの装飾を除けば、アルクは「あれくらいなら自分にもつくれる」と思った。


「ハハッ」。アイノは嘲笑った。「お前なんかに大事な杖を任せられるかよ。わたしの杖は王宮の杖師にしか触らせないんだ。まぁ、いいや、命令があるまで休んでおけ」

「……はい」


 アルクは直立不動の視線で、アイノがローブを翻して立ち去るのを見ていた。


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 ウルマス館長はまだホールに戻って来ない。


 コトカはホールを見渡し、思索する。

「さて、この後は、どうしたものかな」


 魔導書「厄災の書」は、どこに消えたのか——。


 手がかりは全くない。

 大図書館の館内は、既に昨日からひと通り聖堂魔法師団らが探索済みという。それでも見つからなかったのだ。もはや、見つからない前提で考えたほうがよい。


「ウルマス館長には、何としても、代わりになる調伏の魔導書を探してもらおう。それはそれとして。念のため、面倒だけど、わたしが新しい魔導書をつくるしかないかなぁ。面倒だけど……」


 コトカはそう考えた。

 名高い厄災の書の代わりになるほどの調伏の魔導書が、簡単につくれるとは思っていない。それは、何人もの写本師が時間をかけて取り組むべきものだ。


 今回はひとまず、数週間でも急場がしのげれば、それでいい。

 それなら、コトカが記憶している呪文を組み合わせるだけで、何とかなるかもしれない。


 幸い、ここは大図書館だ。写本室があるだろうし、紙などの材料にもことかかないはずだ。二級写本師のサナにも手伝ってもらえば、数日で仕上がるだろう。


 台座はいったん職人らに撤去してもらい、新たな設置場所を準備する。魔導書というのは、土に近い場所に置いた方が大地の地脈とつながって効果を発揮しやすい。だから、今よりも下層に設置してもらえば良い。


「外国人のわたしに出来るのは、そこまでだ」とコトカは結論づける。


 あとは当事者であるカレフ王国の王宮が、この先どうするかを考えれば良いのだ。


 いずれにせよ、コトカはしばらくタリアに滞在して、成り行きを見守ることになりそうだ。

「その間に、アルクとまた話す機会があるかも。うん、きっとあるよね」


 コトカはアルクから、もっといろいろ話を聞いてみたいと思っていた。あの若さでなぜ、あれほどまでに魔筆への造詣が深いのか——。アルクと話すことを考えると、コトカは面倒な作業にも少しは張り合いが出るように思えた。

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