第32話:巡る因果のその果ての08


 宇宙が超高エネルギーを保有する球状の亜空間……その表面に過ぎないことは先述した。


 そしてワープとはこの球状の宇宙の円周をなぞる様に移動するのではなく、出発点と着地点とを直線で繋いで亜空間を移動し超光速を疑似的に実現する技術を指す。


 亜空間を通る時の速度は光速の一兆倍。


 まさに超高速移動……ワープである。


 無論そのままでは不可能だ。


 故に出発点と着地点を決定して存在を量子情報に変更した後、超光速で情報を伝達……着地点にて再構築することで結果としてワープを実現させる。


 こうなるとテセウスの船やスワンプマンの命題に直面することになるが、少なくともカオスとジハードは問題視していない。


 そもそもとしてカオスたちの時代においては人間の意識は唯一性や同一性を持つモノではなく保存および量産の効くモノだ。


 自意識など一山幾ら。


 であるから起点となるワープ前の固有性と終点となるワープ後の再構築性とは全く同一であるならば問題は無いと割り切っている。


 無論それはカオスとジハードだけでなくリリンとアイスとセロリとカナリヤも巻き込まれた形であったが、


「本人たちが望んだんだからしょうがない」


 とカオスは割り切った。


 閑話休題。


 ワープ終了後、ブラックナイトとゴッドブレスは天の川銀河を遠目に俯瞰できる宙域へと来ていた。


 カオスがブラックナイトの機能を通してコクピットに収まっている美少女カルテットに天の川銀河を示してみせる。


 コクピットの周囲モニターに赤いひし形のマークでポイント。


「あれが人類の住む地球を含む星々の群れたる天の川銀河だ」


「は~」


「へ~」


「ほ~」


「は~」


 カルテットはポカンとしていた。


 現実感と世界観が軋轢を起こして乖離するのもしょうがないことではあったのだが。


 ともあれワープは無事完了した。


 ブラックナイトとゴッドブレスのいる宙域は遥か未来においてM1911A1とコードをふられた座標に間違いなく、両機は距離をとって対峙する。


 宙域には惑星や衛星並みの大きさを持つ隕石群が無数に存在したが、カオスやジハードの詩能の前では水に濡れた障子も同然だ。


「さて、一騎打ちをする前に聞きたい」


 問うたのがカオスで、


「なんだ?」


 答えたのがジハード。


「フリーダムユニオンもフェンスネーションも今はまだ存在していない。お前は俺と戦う理由があると言ったがそれはどういった意味だ?」


「そんなものは決まってる。貴様が憎いからだ」


「もしかして剥き出しの特異点に晒したことを怒ってるのか?」


「違う!」


「じゃあ何よ?」


 当然といえば当然の問いに、


「幼馴染の許嫁。ブラコンの妹。虐められっ子の後輩。ツンデレの優等生」


 意味不明な言を発するジハード。


 おそらくはリリンとアイスとセロリとカナリヤのことを言っているであろうことはカオスとて理解できないでもなかったが。


「貴族の生まれ? お顔の印刷が良ろしい? その上未来技術のチート詩能を以てハーレムを作っているだと? これが憎まずにいられるか!」


「えーと……ジハードさん?」


「俺はなぁ……! 俺なんかなぁ……! 平民の出に生まれて顔の印刷も下から数えた方が早く男だらけのむさい軍事学校に入れられてトレーニングと指導といびりとイジメの日々だったんだぞ! 安易に詩能を使うわけにもいかず歩兵として特攻する能力ばかりを鍛えられオーバーヘッドビューで宇宙を俯瞰して自身を慰める毎日だったんだぞ!」


「もしもーし?」


「何で生まれた座標が少し違うだけでお前とこんな格差が出るんだ? 世界は理不尽に満ち満ちている! 俺だって貴族に生まれたかったし格好良く生まれたかったし詩能は同一にしてもハーレムを形成したかったんだよ、このチーレム野郎!」


 オーバーヘッドビュー越しにゴッドブレスはブラックナイトをビシィッと指差した。


「つまり俺はチーレムに対するアンチテーゼ! チーレムを願う恵まれない想いの集合体にして代表者だ! 故にチーレムを形成するお前に決闘を挑む!」


 ちなみに遥か未来でも異世界転生チーレムは王道である。


「いくぞチーレム王。詩の貯蔵は十分か?」


「そんな古典文学の名作から引用するほどか……」


 ともあれ開戦ののろしは挙げられた。


 ゴッドブレスが超高熱ビームを放ってくる。


 それはいともたやすく隕石群を貫通してブラックナイトに襲い掛かる。


 が、既にブラックナイトは障壁を張っていた。


 ビームは斥力に弾かれて雲散霧消する。


「すごい……!」


 戦慄の言葉を吐いたのはリリン。


 惑星級の大きさを持つ隕石を易々と貫通するビームも、それを弾くバリアも、規格外と言っていいだろう。


 少なくとも地上で使えば大変なことになったのはカルテットとて容易に想像しうる。


 しかもこれだけの威力を持ちながら双方ともに一節詠唱である。


 もっともハイスピードトラクトゥスシステムに頼るなら概ねの詩能は一節詠唱も同然なのだが。


「五分だ」


 カオスが言った。


「何?」


 ジハードが訝しがる。


「今から俺の持つ最強の詩能を高速詠唱する。十万三千節に及ぶ詩だ。ハイスピードトラクトゥスシステムを使っても約五分はかかるが詠唱し終えればこっちの勝ちだ」


「十万三千節だと……!」


「俺たちの世界においてもなおブリアレーオリミッターが強力にかかる詩能だからな。だが詠唱時間が即ちその詩能の威力と思ってくれていい。使い方を間違えれば宇宙さえも滅却できる『災厄の詩ジャガーノート』……」


「……っ!」


「つまりまぁお前の命は後五分ってわけだ。俺を殺す……というよりブラックナイトを停止させなければな」


「十分だ!」


「さて、じゃあぼちぼちやるか」


 ちなみにポエティックソルジャーは高速詠唱の他に並列詠唱も可能とする。


 人の脳は一つであるため一度に一つの詩能しか使えないが、意識をポエティックソルジャーに移せば百の詩能を並行分割して扱えるのだ。


 既にブラックナイト、ゴッドブレスともに、その内の五十を防御の詩能に、三十が認識や知覚に宛がわれており、残りの二十が攻撃のための詩能の詠唱となる。

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