第29話:巡る因果のその果ての05


 喫茶店で四方山話をしたり露天商をひやかしたり服屋や手芸屋で服を買ったり市場で買い食いしたりしている内にその日の太陽は沈んだ。


 カオスたちは貴族寮に戻って、使用人の準備していた夕餉を食べる。


「いただきます」


 の掛け声と一拍とともに。


 今日の夕餉は魚介リゾットである。


 さすがにヴァイザー公爵家に仕える使用人……その料理。


 美味しくないはずがなかった。


 芯の程よく残った米は噛みごたえがあり、噛むほど味を引き出してくる。


 海の幸は香り良く、味はなお良くくどくない程度に濃厚だ。


「美味い」


 カオスが言う。


「美味しいですね」


 リリンが言う。


「百点です」


 アイスが言う。


「美味しい……ね……」


 セロリが言う。


「ヴァイザー家の使用人も侮れませんわね」


 カナリヤが言う。


「…………」


 そして全員が一斉に沈黙した。


 カオスはただ黙々とリゾットを食べるのみだったが、リリンとアイスとセロリはジト目でカナリヤを見つめた。


「何ですの?」


 その視線を受けてリゾットを食べる手をカナリヤが止める。


 言葉にしたのは兄以外に遠慮のないアイス。


「何でカナリヤ様まで一緒に夕餉を?」


「今更だがな」


 リゾットを食べながらそんなことをカオスは思う。


 無益だから言葉にはしないが。


「何でって……相部屋なんですから一緒に食事をとるのは必然でしょう?」


「…………」


 アイスは視線をカナリヤからカオスに向ける。


 その全てを汲み取って、


「知らん」


 とカオスは切り捨てた。


 リゾットをはむはむ。


「相部屋というかカナリヤ様が無理矢理詩能で繋げただけな気がしますが……」


「細かいことはいいではないですか。それに食後の紅茶はこちらの使用人が準備することになっていますわ。もう一心同体くらいの気持ちで臨みませんと」


「臨むっていうか望むだけどな」


 カオスの皮肉に、


「そうですわね」


 あっさりとカナリヤ。


 恋する乙女の脳内翻訳は無敵である。


 どうあっても都合の良い解釈をしてしまう。


 それは無敵の武器でもあるし無敵の防具でもある。


「カオス」


「何でがしょ?」


「い、一緒にお風呂に入ります……わよ?」


「何で疑問形?」


 ほんのりと紅潮して言うカナリヤにカオスがツッコむ。


「駄目です」


「駄目ですよ」


「駄目……だと……思うな……」


 かしまし娘が猛反発。


「というかだな……」


 リゾットをもむもむしながらカオスは言う。


「お前ら俺のこと好きすぎるだろ」


 うんざりと。


 乙女心に聡くはあるけれども、それについて幸福論を語ろうという気にはカオスには為れなかった。


「カオス様においては自身を顧みられるのも一つの勉強かと」


「自己認識は人にとっての難行だしな」


「ぶっちゃけカオス兄様は格好良いですし」


「そうか?」


「お兄ちゃん……自覚……ないの……?」


「ないな」


 至極あっさりとカオスは答えた。


「わ、わたくしは……! カオスの詩にこそ惚れたのですわ!」


 ツンデレなカナリヤに、


「では一緒に入浴する意味もありませんね」


 アイスがバッサリと一刀両断。


「それは……!」


「それは?」


「カオスが……そう……カオスが不純異性交遊をしないか見張るためですわ!」


「何にでも言い訳ってあるもんだな」


 ぼんやりとカオス。


「と、とにかく!」


 カナリヤが言い張る。


「わたくしもカオスと入浴しますわ! 他の乙女に手を出させないために!」


「お前になら良いのか?」


「う……!」


 と呻いた後、


「まぁどうしても? カオスがわたくしを求めるというのなら? 熟考してあげてもよろしくてよ?」


 言葉だけなら上から目線だが、生憎と真っ赤になった顔が言葉を裏切っていた。


「なによりヴァイザー家とグリューン家は同じ公爵の家系ですもの。釣り合い自体はとれていますわね?」


「でしたらアイスも公爵の出ですから問題ありませんね」


「あなた方は兄妹でしょう!」


「カオス様……伯爵じゃ駄目?」


「いや、駄目も何も許嫁なんだが……」


「お兄ちゃん……」


「セロリはもうちょっと大きくなったら相手してやるからな」


 軽やかにウィンクするカオスだった。


 乙女の純情渦巻く中で、それでも平然と食がすすむカオスは大物と言って良かったかもしれない。

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