第25話:巡る因果のその果ての01


 春も深まるある日の出来事。


 その日は雨だった。


 相も変わらずカオスは講義には出ず、かといって雨であるため原っぱにて昼寝をするわけにもいかず、共有図書館で暇をつぶしていた。


 リリンとアイスとセロリは講義に出ている。


 ちなみにセロリはアイスから「アイスショット」と呼ばれる氷の散弾を放つ詩能を教えてもらい、バスターレーザーの詩能との比較もあってブリアレーオリミッターを気にせず二節の詠唱でソレを可ならしめ一気に優等生の地位を確立させたらしかった。


 もっともカオスが口を酸っぱくして、


「超越感を持つな」


 と言い含めているため増長とは縁の無いセロリではあったが。


 ともあれ虐めっ子が一転して優等生。


 それだけで安心するのはカオスの優しさ……というより劣等生としての羨望と言った方がいいだろう。


 少なくともカオス自身はそれを認めていたし、そのためにこそセロリに強力な詩能を与えたのだが。


 閑話休題。


「…………」


 カオスはボーっと娯楽小説を読んで時間を潰していた。


 サボりではあるが、今更とも言える。


 新米の図書委員は不審げな視線をカオスに向けていたのだが、慣れた者には慣れたモノであった。


 勉強せずに優等生。


 少なくとも知識教養においては学年一位であることを誰もが知っている。


 そして詩能教養が下から数えて学年一位であることも。


 そもそもにして詩人であるかさえ疑わしいカオスの身分ではあったが、カオスの詩能は場合によっては太陽系ごと消滅させうる規模であるため安易に使えないのも事実。


「詩人は詩能を使う」


 のは常識だが、


「なら使ってみせろ」


 という挑発に乗るわけにはいかなかった。


 結局のところ、


「貴族だからしょうがない」


 の一言で片づけられる。


 ヴァイザー公爵。


 その嫡男。


 それは王族さえも無視できない貴族の名にして財閥の名でもある。


 持ちうる金地金は王族さえ超えると言われている一族だ。


 であるため貴族そのものには価値を置いていないカオスではあるが、


「こりゃ便利」


 と貴族の権利を最大限行使しているのだった。


 王立ポエム学院は数こそ平民が多いものの、実質的には貴族のための学院だ。


 貴族が戦場で安全に戦うために詩能を習得させる。


 下衆の極みだが否定できない事実でもある。


 そのため詩能は貴族にとっての嗜みとも言える。


 少なくとも領地において統治するには威力が一番わかりやすく簡便だ。


 貴族は詩能という特別な力を持っているから貴族たりえ、平民から税を徴収する権利を持つ……とこういうわけだ。


 無論カオスは、


「馬鹿げた理論だ」


 と思っているが、人類の初期段階において人位階層が出来上がり強固な権力差別が起こりうることは言われなくともインプット済みである。


 ちなみにカオスの転生前の記憶においては、そもそも量子指向性アクチュエータが人類全体から貧困を救い、ブレインユビキタスネットワークが教養教育を人類に滞りなく伝え、何もせずとも生きていける環境が用意されていたため貴族も王族も存在していない。


 政治家や国が存在するのは人類の宿命であり、よって戦争もなくなっていなかったのは人類の宿業であったが。


 いつの世も人は利権と矜持によって戦争を起こす。


 問題は、


「それに巻き込まれる無力な大衆だわな」


 とカオスは結論付けていた。


 事実カオスとて未来世界では必要のない傭兵稼業をやっていたし、他者に対して偉そうに平和主義を唱える資格なぞ持ってはいない。


 だからといって平民にばかり特攻させて指揮権という名の安全圏にて戦争をゲームと化している貴族を認めるのも不本意ではあるのだが、


「世の中生まれた環境によって勝ち負けが決まる」


 と考えれば気持ちも少しは楽になる。


 そんなわけで娯楽小説を読みながら雨の音に旋律を感じいるカオスなのだった。


 縁の王国と武の帝国との戦争は小競り合いを繰り返しているが、カオス自身にしてみれば他人事だ。


 それより音に音階を覚えるカオスにしてみれば、


「ルン」


 と雨音を楽しむことこそ第一義。


 カオスは面倒事を極端に嫌う。


 そして娯楽を何より好む。


 それは昼寝であったり食事であったりセロリへの詩能の指導であったりする。


「人生万事暇潰し」


 それがカオスの立場だ。


 雨音が断続的に響く。


 それは自然のオーケストラ。


 カオスは共有図書館のソファに寝っ転がったまま足でリズムをとっていた。


 手は娯楽小説をめくる手を止めない。


 文章。


 音楽。


 双方を楽しむ娯楽者がカオスの現在の実態だ。


 ふと思い立ってカオスはリズムをとりながら、詩をノートに書き込み始めた。


 雨音に音楽性を求めるカオスの癖だ。


 優しい自然の恵みと言ってもいいだろう。


 すくなくとも講義に出るより(カオスにとっては)よほど有意義な時間である。


 カリカリと羽ペンで歌詞を綴る。


 それは時として詩人としての能力でもあるが、此度に関しては全く違う。


「何しちゃったって恋しちゃったって私は私のままだから……」


 そんな詩を綴る。


 ペンは軽やかにノートに歌詞を綴り続けた。


 もっとも、


「駄目だぁ~」


 文章力が無いため没になるのもいつものことなのだが。


 ノートの一ページを破ってくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。


「この雨音を歌にするならば……」


 深刻に考えるカオス。


 ある種生産性の無い行為にふけるという意味でカオスは立派な貴族だった。

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