第24話:ノーブレスオブリージュ10


「ほう。ここが……」


 山賊の生き残りに案内されたのは山奥にひっそりとたたずむ廃城。


 元は縁の王国のとある子爵の別荘とのことだが、今は山賊の依り代と化している、とカオスたちは聞いていたし実際その通りだ。


 多少文明に取り残された感はあるが、造りそのものは立派なため、


「山賊のプライドに適う屋敷ってところか」


 と益体もないことをカオスは思う。


 生き残りの山賊は言った。


「なあ? ここまで案内したろ? 俺は見逃してくれるんだよな?」


 当たり前だが怯えていた。


「無理もない」


 とカオスは自認する。


 元より強力な詩人にはそういった恐畏怖の視線を向けられて当然という空気はある。


 ましてアイスとカナリヤは冷気と熱気という対照的な詩能で次々に山賊の仲間たちを消失させたほどの威力を見せている。


「次が自分の番ではない」


 と断ずるほど山賊が心安んずるのは不可能と言っていい。


 が、カオスはそんな山賊の肩をポンポンと叩いた。


「大丈夫だ。約束は果たす。後は好きにしろよ。出来れば文明に適応して今度は社会的生産的な職につけ。な?」


「言われなくとも山賊なんてもうこりごりだ」


「消しておかなくていいんですの?」


 カナリヤがエメラルドグリーンの瞳で生き残りを睨み付ける。


「これから本部を直撃するんだ。一人で山賊もあるまいよ」


 これはカオスの言が正しい。


 元より山賊稼業は集団的な行為なのだ。


 そして継続して続けていくのはかなり不可能な代物でもある。


 何故か?


 まずは獲物が釣れるまで……つまりこの場合はワシュタ山道に獲物が通るまで日がな一日待っていなければならないという根気のいる作業から始まる。


 当然交代制だ。


 一人で釣れるかもわからない獲物を狙うのは……不可能とは言わないが限りなく近似値を算出するに不足は無い。


 次は換金。


 結局のところ食料や嗜好品……つまり消耗品でもない限り換金や物々交換をして何かと入用のものを揃えなくてはならない。


 村や町に近い場所に位置取る必要があり、そうなればなるほど派遣される制裁組織が見つけやすい場所ともなる。


 次は交通物流の停止。


「山賊が出る」


 というだけで商人も貴族も平民でさえ近辺一帯に近づかなくなる。


 そうなると物流が止まり市場も干上がるが、それは同時に山賊が飢えることにも繋がるのだ。


 山賊たちの縄張りに誰も近づかなくなるから獲物を狩る機会も少なくなり山賊としても困窮するのは当たり前。


 以上、山賊が長続きしない焼き畑農業のような職業である理由だ。


「だから一人ぐらい見逃しても問題無いさ」


 とカオスは気楽に言うのだった。


 解放された山賊の生き残りは必死になってカオスたちから走って逃げた。


「山の中でリングワンデルングにならなければいいが」


 とカオスは心配したが、仮にそんな結末になったとしても所詮は他人事だ。


「さて」


 と閑話休題。


「山賊の本拠地を目の前にしてるんだが……どうするかアイデア募集」


「焼き討ち」


 これはカナリヤ。


 少なくともカナリヤの詩能は屋敷を焼いて余りあるほどの熱量を生み出せる。


 山賊が根城にしている屋敷はレンガ造りのために焼きにくくはあるだろうが熱量そのものに変化があるわけではない。


 少なくとも中の山賊たちを蒸し焼きにすることくらいは出来るだろう。


 要するに正面突破なのだが、


「却下です」


 とアイスが破却した。


「何故?」


「ここはカオス兄様に働いてもらいましょう」


「は? 俺?」


 ポカンとカオス。


「言っとくが俺が詩能を使うと次の瞬間に人類史が終焉してもおかしくないぞ?」


「久しぶりにカオス兄様のブラックナイトを見せてください」


「なるほど。リリンも賛成です。カオス様のブラックナイトなら支障ありませんね」


「ブラックナイトで本拠地丸ごと踏みつぶせばそれで山賊は壊滅でしょう」


「そらそうだが……」


 やる気なし詩人としては、


「億劫だ」


 というのが本音だった。


「ブラックナイトでカオス兄様の力の一端をカナリヤ様に見せつけてやってください」


「そっちが本音か」


「当然です」


「ま、可愛い妹の頼みなら別に構わんがな」


 そしてパチンと指を鳴らすとカオスは詩を詠った。


「ブラックナイト。オン」


 ほとんど一節詠唱に近い二節詠唱。


 単にイメージを優先しているためであるからしょうがないと云えばない。


 カオスの詩に対する反応は過激かつ強烈かつ劇的だった。


 巨大な金属の塊が人型を取り、精緻な回路が構成される。


 それはまるで漆黒の騎士をイメージした金属の像だった。


 ただし大きさが有り得ない。


 全長五百メートルという現文明における高層建築さえ追いつかない巨大さなのである。


 なおそれが二本の足で立っており、自重を気にしていない辺りにその漆黒の騎士の超常感が透けて見える。


「これは……っ!」


 カナリヤにすれば当然の驚愕。


 ちなみにリリンとアイスはブラックナイトを見るのは初めてではない。


「なんですのこれは!」


 激昂するカナリヤに、


「ロボットって言っても通じんか……。複雑技巧な自動人形……オートマトンの類と考えてもらえればいい」


 まったく説明になっていない説明で会話を終わらせるカオス。


 ちなみに正確には「ポエティックソルジャー」と呼ばれるカオスの転生前の文明における詩能を効率よくかつ究極的に扱うための兵器なのだが、そんなことを言ったところでカナリヤ……どころかリリンとアイスも理解は出来ないだろう。


 だから説明を諦めた……というのがカオス側の事情である。


 ブラックナイトは片膝をつくと、手をカオスに差しのべた。


「ほら乗るぞ」


 カオスがブラックナイトの巨大な手に乗る。


 リリンとアイスもそれに倣う。


 一人躊躇しているカナリヤだったが、


「別に乗らなくてもいいがその場合の命の保証はしないぞ」


 というカオスの温情暖まる説得を受けておっかなびっくりにブラックナイトの手に乗る。


 そしてブラックナイトは胸のコクピットのハッチにカオスたちを導き搭乗させる。


 中はSF作品に出てくる人型ロボットのコクピットさながらの様を呈していた。


「さて、周囲モニターオン。それからシナプスクラック」


 カオスはブラックナイトに命令する。


 次の瞬間、コクピットには周囲の風景が映し出され、カオスはブレインマシンインタフェースの餌食となって脳信号をブラックナイトにクラックされ、ブラックナイトの意識を我が物とするのだった。


「何が始まりますの?」


 困惑することしきりなカナリヤに、


「別に大したことはしない。大質量で押し潰すだけだ」


 機能言語で会話を成立させるカオス。


 そしてブラックナイトは一歩だけ歩いた。


 その掲げられた足の先には山賊の根城が。


 ブラックナイトの足という大質量が山賊の根城を根本から踏み潰し、ワシュタ山に強度の地震を起こした。


 精一杯加減してこれである。


 アイスが赤い瞳をカナリヤに向ける。


「これがカオス兄様の御力です。カオス兄様が安易に詩能を使わないのにはそれなりの理由と云うものがあるのはこれで理解できたと思いますが……」


「いや、単に面倒なだけなんだが」


 言葉にせず心中ツッコむカオスだった。


 ともあれ山賊は壊滅し、カオスは進級に足る単位を確保するのであった。

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